第五章:思い出の旨味と青い空②
いつもの高校、みんなが俺の起こした騒ぎに熱中する中……俺は歳下の少女に押し倒されてキスされている。
拒否したら悲しませるかと思って、されるがままに受け入れてしまう。
シロハの熱が移るようなキスが繰り返される。
「……ん、あぅぅ」
艶かしい声がシロハの口から漏れ出て、荒くなった息が俺の唇や頬を撫でていく。
親愛を表すようなキスではなく、情欲を埋めるかのような接吻。自分がそれに興奮していることに気がついて……城戸やキイロへの申し訳なさが増してくる。
「っ……シロハ。少し、落ち着け」
「落ち着いてます。落ち着いて……。先輩は、こういうことをしたら、潔く責任を取るだろうと思って、してます」
それはより最悪だろ……。まるでマーキングをするようなキスがもう一度される。
口の中にシロハの舌の感触が残って……。俺の腰の上に乗っていたシロハが、もぞりと動いて俺を見る。
「先輩も、嫌じゃないみたいでよかったです」
「本能では喜んでても理性が困ることもあるんだよ。……あぁ、全然頭が働かない」
冷静ぶろうとしても、冷静ではいられていない。シロハはそれを見て嬉しそうに俺の唇を指先で撫でる。
征服したものを慈しむような蠱惑的な笑み。
「……シロハ、ダメだろ。こういうのは。俺も怒るぞ」
「怒ってないです」
「…………まあ、そりゃ……そうなんだけど」
俺はシロハを拒絶出来ない。
いや、シロハに限らず……人を拒絶することが出来ない。
……母が死んだのだ。映画を撮り終えて「生きる理由がなくなったので死にます」と書き残して。
俺は母が生きる理由にはなれなかった。
母が死んだ。罪悪感。
多くの人が泣いた。罪悪感。
父が誹謗に苦しんだ。罪悪感。
父を置いて逃げた。罪悪感。
「……先輩が、嫌でも拒絶出来ないことを分かって、こうしてます。私のはじめてを押し付けて、無理矢理、手に入れようとしてます」
シロハの自分の悪辣さを隠そうともしない言葉を、救いのように感じるのはおかしいのだろうか。
「先輩は、きっと、僕を必要としてないです。一年、ずっと、僕に連絡しなかったです」
「……ああ」
「先輩は一年の間に、前よりも明るくなりました。僕と一緒にいたときよりも楽しそうにしてます。それはきっと、あの城戸先輩が先輩に必要な人だったからです」
シロハは自分を否定するような言葉を続けていく。
俺もそう思う。……城戸は、俺にとって大切で、大切で……いなくなることを考えられないぐらいに好きだ。
「でも、僕には先輩が必要なんです」
城戸が好きだ。
けれど、けれども「必要」という言葉は、舌の根に染み込むような味がするのだ。
肉を食った時に感じるような舌根の幸福感。
思わず嚥下した、シロハと俺のものが混じった唾液は味もないのに、もっと喉が欲しがるように感じた。
「……学校、リコールで馬鹿みたいに盛り上がってる。グループチャットは乱立してるし、なんかSNSでバズってるし、文化祭は俺に責任がある、失敗出来ない。……キイロを部活に誘った責任もある。城戸も、親父の再婚を後押ししたのは俺だ、幸せな家族を作らないとダメで……」
つらつら、つらつらと言い訳のような言葉を並べる。
「……俺が、好き勝手にすれば……みんな不幸になる。……キイロは俺が好きだから部活に入るわけで」
「私なんて先輩がいるからこの学校に来ましたよ」
「……マジか」
責任が……責任が多い。
誰も彼もに良い顔したせいで収集がつかない。
シロハは俺を押し倒した姿勢のまま、その唇を動かす。
「……先輩の理想は叶いません。全員を幸せになんて出来ません」
「……分かってるよ」
シロハはまた俺の唇にキスをする。
俺はそれを拒絶することが出来ずに受け入れて、しまう。
「……あの、シロハ。度々キスするのやめてくれ、全然頭働かなくなるし、興奮して判断がおかしくなる」
「私……僕も、おかしくなってるのでお互い様です」
「……いや、それはおかしくないか?」
俺は感情を優先出来ない。
常に頭の中にはリスクとリターンがあって、傷つく人の顔がある。
「…………」
「…………」
沈黙。カチリコチリと時計の秒針の音が鳴る。
「ファーストキスを奪っておいて、なかったことにするつもりですか?」
「いや、奪われたのは俺の方で……というか、いなかったからよかったものの、俺に彼女とかいたら……」
「先輩に彼女なんているわけないじゃないですか」
「さっきモテモテってシロハが言っただろ……」
「先輩はどんなにモテても彼女をつくれません。傷つける可能性を感じて、告白なんて出来ないし、告白されそうになったらのらりくらりと躱そうとします」
……身に覚えのある指摘に思わず目を逸らす。
「どうせ……あの義理の姉の人といい感じだけど、家庭のこともあるから告白とか出来ないし、恋人を作って親の心配をなくそうとするけど、そういう目的で彼女を作ったら相手に申し訳ないとか思っていたんでしょう。
「言い当て方が正確すぎるんだよ……」
「その癖、自分のことを好きな女の子に囲まれていることにも罪悪感を抱いているんでしょう」
「俺のこと詳しすぎる」
「そして先輩は、あの義理の姉の人と九重さんと私では、私には一番好意がないです」
「……そんなことは」
俺は否定しようとするも、シロハの手が俺の口を塞ぐ。
「……でも、私が、僕が、一番先輩を好きです」
俺は手を動かしてシロハを押しのかすこともせずにされるがままだ。
「先輩の理想は叶いません。落とし所なんて見つかりません。……だから、だから、結婚しましょう」
「…………結婚?」
「あ、ま、間違えました。交際です」
とんでもない間違い方を……気持ちが先走りすぎだろう。
「先輩。もう諦めてください。どうせ僕と交際することになるんですから」
「ええ……いや、別に全く嫌ではないけど……」
「嫌とか嬉しいとかではないです。……先輩は押し倒されて無理矢理キスされても抵抗出来ないです」
「そりゃ……怪我とかさせたくないしな」
「私が毎日、教室や家に押しかけて、まるっきりストーカーみたいなことをしても、先輩は誰かに相談したり出来ないです。警察沙汰なんてもっての他で」
そりゃそうだけど……。
「つまり、僕には無限回の試行回数があるんです。無限回繰り返せばいつかは成功します。さっさと結婚しましょう」
「いや、結婚は無理だろ……年齢的に」
「今は婚約で構わないです」
あまりこう……「好き好き」と好意を示されて、キスを繰り返されるとその場の勢いに負けてしまいそうになる。
「……今すぐに答えを出すのは無理だから、文化祭が終わった後じゃダメか?」
「ダメです。……と、言いたいところではありますけど……その代わり、条件があります」
「告白を待ってもらうのに条件付けられることってあるんだ……」
俺が思わずそう口にするとシロハはふたつ指を立てる。
「ひとつ目は、文化祭が終わったら婚約してください」
「婚約の約束ってなんだ。婚約約……?」
「もうひとつは、ちゃんとお手伝いさせてください。正確に言うと、リコールが成立して生徒会長になったら生徒会に入れて補佐をさせてください」
二つ目の提案は願ってもないことだが……少しだけ問題もある。
「あー、生徒会、メンバーは本人が辞退しない限りそのままでいこうと思ってる」
「何でですか?」
「業務が滞ると問題だし、就職とか進学とかに響きかねないからな。まぁ、東野の集めたメンバーだから俺と一緒は嫌って断られるかもしれないが」
シロハは俺の話を聞いて、俺の上に乗っかったまま考える様子を見せた。
「……じゃあ、新しい役職を作ったらいいじゃないですか。今の生徒会は会長、副会長、書記、会計、庶務でしたよね。適当に会長補佐とかそういうの」
「いや、新しい役職ってそんな……いや、まぁ、リコールよりかは現実的か? 生徒の経歴のために生徒会のメンバーを残したいことと、俺との連携のために別のメンバーを入れたいことを説明したら教師からの反対は少なそう……」
少なくとも、生徒会メンバーを全部入れ替えるみたいなものよりも教師ウケはいいだろう。
誰に相談するかとか、なんて説明するかとかを考えて、現実的な道筋が立てられる。
……やろうと思えばいけるな。
「……とりあえず、まぁ……無理じゃなさそうだ。メンバーの追加が出来るならシロハだけじゃなくて田村も入れたいな」
「……女の子ですか?」
「いや男。純粋に、追加メンバーがありなら優秀なやつを入れたら楽になると思ってな」
田村には個人的に依頼するつもりだったが、組織に組み入れられるならそれに越したことはないし、リコール目的の文化祭のためにもなるだろう。
「じゃあ、ふたつとも受け入れてもらえますか?」
「いや、婚約約の方は……もう少し考えさせてもらっても……」
「婚約を約束することを約束してもらえるならいいですよ」
「婚約約約……? あー、もう、分かった、分かった。とにかく、一回上から退いてくれ……」
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