第五章:思い出の旨味と青い空①
次の休み時間、山田が呆れた様子でやってきた。
「……何やってるのさ」
「……悪い」
どこか怒りも見える、けれども心配そうな表情で山田は俺の傷跡を化粧で隠し、深く話を聞こうともせずにチャイムが鳴る前に帰っていく。
山田の化粧によって傷痕が目立たない程度に隠れたし……俺も授業に出るか。
先程のこともあり、変な目立ち方をしながら廊下を歩いて教室に入る。
熱に浮かされたような雰囲気のクラスメイト達に話しかけられて適当に言葉を返しているうちに授業が始まる。
授業が終わり、昼休みになってすぐに教室を抜け出す。
俺の行動……リコールは、どこか生徒たちの間で英雄視されている。
俺にとっては良くない行動だけれど、娯楽やゴシップに飢えた学校の中では特別に映るものなのだろう。
自己嫌悪と、俺を褒める声のギャップ。
それに耐えきれず、逃げるようにキイロのアトリエになっている部室に入り……ぶっきらぼうな表情のシロハを見て、どこか安心してしまう。
「……どうも、生徒会長さん」
「まだリコール成立してねえよ。まぁ、今日中には終わるけど」
シロハはいつもひねくれているからか、この熱狂に近いような感覚の中で、どこか冷静な様子を見せていた。
その様子がありがたく、すぐ隣に腰をおろす。
「……先輩、ご飯は?」
「あー、教室に忘れた」
「取りに行かないんですか?」
「……なんか、息苦しい。……誰も彼もに持ち上げられて」
まるで悪い権力者を倒す英雄みたいな扱いだが……。俺はそんなすごい奴じゃないし、東野もそこまで悪い奴じゃない。
シロハはゴソゴソと鞄を漁って、小さな弁当箱を取り出す。
「半分、分けてあげます」
いいよ別に。と、断るも、シロハの箸が卵焼きを摘んで俺の口元に近づける。
元々少ない弁当。半分にしたらいくらシロハが小柄と言えども全然足りなくなるだろう。
パクリと卵焼きを食べると、シロハも同じように卵焼きを食べる。
……俺が教室に取りに行けばいいだけの話なのに、そう言わないのはシロハが優しいからだろう。
卵焼き、ご飯、サラダ、プチトマト。
シロハの箸は俺とシロハの口を行ったり来たりと動く。
「……バカップルみたいだ」
「バカだけは合ってますね。……先輩、一年生の中で、もうモテモテですよ。正義感が強くて友達想いでカッコいいって。よかったですね」
「……モテる喜びより、シロハが不機嫌な方がキツイな」
シロハは呆れたように俺の口にご飯を運び、それから外を見る。
「先輩は、生まれ変わったら何になりたいですか?」
「なんだよ急に……あー、急に言われても思いつかないな。シロハは?」
「……バッタです。私はバッタになりたかったんです」
こういうのは、鳥になりたいとか、生まれ変わっても人間がいいとか、ロマンチストなら生まれ変わっても君と一緒にいたいとか……そう言うことを言うものなのではないだろうか。
よりによってバッタって……。と、思っていると、シロハは中性的な整った顔を俺に向けて、寂しそうに話す。
「バッタは、熱狂の生き物なんです」
「……熱狂?」
「たくさん集まったバッタは、食料を求めて羽を大きくして遠くまで飛んでいくんです。信じられないぐらい、まるで黒い雲が世界を覆い尽くすみたいにたくさんの数が、一斉に、遠く、遠くに飛ぶんです」
箸を置いた彼女は寂しそうに外を見る。
「狂ったみたいに、自分の身も、隣の仲間の身も鑑みずに、たくさんで飛んで、飛んで……。そんな熱狂の生き物が、バッタなんです。私は、そんなバッタになりたかった」
「…………寂しいからか」
「はい」
いつも斜に構えているシロハは、リコールで盛り上がる学校の生徒達が、熱狂しているように見えるのだろう。
クラスメイト達と一緒に盛り上がることも出来ず、冷めた目で周りを見渡す。
きっとそれが辛いのだろうと思っていると、シロハは言葉を続ける。
「でも、良かったです。バッタじゃなくて」
「良かった?」
「はい。……熱狂することが出来なかったから、意味もなく冷めていたから……こうして、先輩に寄り添えました」
仏頂面でもなく、ぶっきらぼうな言い方でもなく、本音を隠す様子のないシロハ本来の優しそうな表情。
寂しそうな優しい表情で、小さな手が化粧で隠していた俺の顔の傷を撫でる。
傷を触られているのに、むしろ痛みが和らぐように感じた。
「熱に浮かされたら、先輩がつまらない人と分かってあげられなくなります。……ただの寂しがりで、嫌われたくないから八方美人で、いいカッコしいで、ちょっとエッチで。……とってもかっこわるい」
「……結構グサグサいくな」
けれど、弱いところを触られているのに心が安らぐのを感じる。
小さな手が俺の顔を撫でて、ぽすぽすと不慣れな手つきで俺の頭を撫でる。
「バッタは私の憧れで、いつか、いつの日かそうなりたいと思ってました。バカだなって思いながらも、その姿に憧れて……」
シロハはスッと息を吸う。
中学生の頃のような、人を見透かしたような目が俺を捉える。
「私は……いえ……僕はもうバッタになれずとも構いません」
中学生の頃、使っていた「僕」という一人称。
俺がいなくなってから周りに合わせて変えていたらしいソレは「私」というものよりもずっと好きなものだった。
聞き惚れてしまうぐらい、懐かしくて安心感を覚える。
「構わないのです。憧れを捨てて、飛んでいくみんなを見送って、食べ物も少なくとも、先輩がそこにいてくれたら。飛んでくバッタになれずとも。僕は先輩と一緒にいられたら
「……告白みたいだ」
正面から俺を見つめるシロハの方を見ることが出来ず、照れと恥じらいで顔を伏せる。
全然、腹の膨れない小さな弁当をふたりで分けながら、カチリコチリと時計の秒針が進むのが聞こえる。
シロハは俺を見つめて頷く。
「告白ですから」
「……告白なのか」
「はい、告白です」
あまりにも隠さない好意の言葉。
いくら俺が鈍感とか、煙に巻いてばかりでも誤魔化せないほどのまっすぐな言葉だった。
「抜け駆けしようと思って、告白してます。……先輩を好きな女の子はたくさんいます。僕よりも素直でかわいい女の子ばっかりです。なので、他の子が告白するより前に、先駆けて自分のものにしようと……告白してます」
「……そんなモテてねえよ」
誤魔化すような言葉を口にするが、到底誤魔化せそうにはない。
返事を……迷う。
城戸が好きだ。けど、城戸と結ばれるべきではない。
キイロに好かれている。けど、キイロはきっと結ばれたいと思っていない。
……けれど、この選択で誰かを傷つけないだろうかなんてことばかりが頭をめぐり、言葉が出てこない。
迷い、迷う。
そんな中、小さな手が俺の体を押して、そのまま体重をかけられて椅子から二人して転げ落ちる。
がらがらと机と椅子が崩れる音。
「お、おい、シロ──」俺の慌てた言葉を、それを発する唇が柔らかいものに塞がれる。
教室の冷たいに押し倒されて、シロハの軽い体が俺の上に乗る。
キスされた。と気がつくのと同時にそのままシロハのぬるりとした舌が俺の唇の中を割って入り、目を開いてもがくもそのまま強引に床に組み伏せられる。
「──っはぁ」
顔を真っ赤に染めたシロハは唇から銀の糸を落として、息を切らす。
未知の気持ちいい感触。小さな舌が不器用に俺の口の中で……。
押し倒され、腹の上に乗っかられて……キスをされた、それも、こう……すごく、ねちっこく。
「シロハ……お前さ……」
「……これで、手に入れました」
「発想が蛮族……」
……いや、これから、この体勢からどうしたらいいんだ。
シロハはこれからどう落とし所を見つけるとか考えていないのか、勢いのままもう一度俺の唇にちゅっちゅと繰り返し唇を落とす。
……すごく気持ちがいいし、多幸感があるけど……これ、どう収集を付けるんだよ。
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