第三章:臆病の塩味と鳴らない一年③

「そういや、三船クラスチャット見た?」

「なんで別クラスのグループチャットの話題を俺に……見たけども」

「なんでうちのクラスのグループに三船がいるんだ?」

「俺が聞きたい。……なんか、いつのまにか全クラスのグループに入ってた」


 クラスのやつなんだから抜ける方がいいと思うが……なんか今更抜けにくい。

 確か文化祭の出し物の件だったか。


「結局、あの内容って文化祭実行委員的にありなのか?」

「コスプレ喫茶だったよな。前提として実行委員の中だと俺が一番基準が厳しいが、まあメイド服ぐらいなら……スカート丈にもよるけど、風紀を乱すとはならないはずだ。コスプレって他にどんなのがあったっけ」

「お前がそれぐらいしか思い浮かばない訳ないだろ! 女子の前だからコスプレに詳しくないフリをしやがってよ。このエッチ野郎が!」

「理不尽なキレ方された……」


 クラスの女子が城戸に「委員長、エッチ野郎なの?」と尋ねて、城戸は「エッチ野郎だよ」と返す。


 り、理不尽にエッチ野郎呼ばわりされてる……。


「そうは言っても……コスプレってなぁ、学生服?」

「みんなそうだろ……。えっ、三船、クラスの女子とか見て「グェッへへへ、学生服のコスプレはエッチでゲスなぁ」とか思ってるのか? エッチ野郎が」

「なんでコスプレに詳しくないだけでここまで言われないとダメなんだよ……」

「エッチ野郎がー」

「それやめろ」


 はあー、とため息を吐きながら階段を登る。


「それで、どんなのを着る予定なんだ」

「バニーガールとか?」

「アウトに決まってるだろ。露出は少なく、嫌がる奴には着せない、これは徹底しろよ」

「三船は厳しいな……」

「当然だろ。というか、衣装を買うのだと予算足りなくなるから手作りだろ? 衣装作りは手芸部のやつが中心になると思うけど、手芸部の方は手芸部の方で文化祭の準備があるんだから、やり方を教わって手分けすることで負担を分散して」

「分かった分かった……。朝から小言やめてくれよ……」


 ……まぁ、少しとやかく言い過ぎたか。

 少しターンダウンさせながら首を横に張る。


「コスプレ喫茶自体は構わないけど、場合によっては「それはダメ」と言われかねないものだから安牌を取ってくれよ。途中で準備をやり直すのはキツイだろ」

「あー、まぁ、りょーかい」

「何年か前にも似たような出し物があったからグループチャットで写真とか送る。それを基準にしてくれ」

「なんかクソ真面目に話してる……コスプレ喫茶なのに」

「不真面目な物の方が真面目にやらないと許可が出ないんだよ。なぁ、キャプテン」

「おうともさ」

「怪奇研が言うと含蓄があるな………」


 えへんとばかりに胸を張るキャプテンだが、胸を張れる内容じゃない。


 俺とキャプテンの様子を見た男子生徒は、そう言えばと不思議そうに口を開く。


「なんで城戸がキャプテンなんだ?」

「あー、どういう意味だ?」

「運動部じゃないのにキャプテンだし、それに三船の方が色んなことで前に出てるイメージあるから」


 ああ、そういうことか。

 休日の疲れて少しぼーっとした頭でキャプテンの方を見ると、彼女はニコリと笑みを浮かべた。


「……そうだな。俺はコンパスを持ってないから。俺が前に出ても行き先も不確かで……けど、城戸の手にはコンパスがある。だから……」


 と、口にすると、女子生徒が「きゃーきゃー」と騒ぎ、質問していた男子生徒が俺の肩を触る。


「……なんか……急にポエム読み出したな」

「…………。い、いや、違うからな。ポエムじゃなくて、例えだ、例え」

「えへへ、流石に私も照れちゃうな」

「違うからな。ポエムじゃないから」


 そんな無駄話をしているうちに教室に着き、鞄を机に置く。


 あー、そういや、キイロは関谷と仲良く出来ているだろうか。


 あと、隣のクラスだけど龍滝は来てるか心配だ。アイツ、月曜日だいたいサボってるからなぁ。


 とりあえず昼休みに見に行くかと決めて授業を受ける。


 昼休みになってから早速隣のクラスに行って龍滝がいないことを確認して、昼からでもいいから来るようにメッセージを送る。


 それから一年生の方の教室に向かうがキイロの姿がない。トイレとかだろうか。


「あ、編集長」

「編集長じゃない。って関谷か。あー、大丈夫だったか?」


 冗談を言って照れるようなはにかみを見せた彼女の手には弁当箱が握られていた。


「あ、はい。先輩は一年生の教室まできてどうしたんですか?」

「九重と関谷が大丈夫か様子を見に来た。まぁ関谷は平気そうだけど」

「先輩ってものすごく真面目ですね……。九重さん、水筒だけ持ってどこかいきましたよ」

「あー、分かった。……ああ、関谷も何かあったら相談しろよ」

「……いいんですか?」

「そりゃもちろん」


 すごく驚いた表情を浮かべるが、特に相談事があるわけでもないようなのでキイロを探しに行く。


 あまりウロチョロするタイプでもないし、いそうな場所は限られる。

 窓から裏庭を見て、誰もいないことを確認してからこの前の空き教室に向かう。


 扉を開けると、すっと風が通り抜ける。


 落ち着いた膝丈のスカートが風に少し揺らされて、長い髪が流されるように動く。


 窓から入り込む陽の光に照らされたキイロは息を呑むほどに美しく、思わず扉を開ける手を途中で止めてしまった。


「フミ先輩……?」


 ……相変わらず……普通にしていたらめちゃくちゃ美少女だ。

 思わず見惚れてしまっていたことを恥じながら部屋に入る。


「飯食ったか?」

「えっ、えっと、お昼はいいかなって」

「……ほら、これ食え。味が分からなくて食欲がないのかもしれないけど、少しぐらい食わないと身体に悪いぞ」

「えへへ、会えて嬉しいです」


 俺の言葉が分かっているのかいないのか、キイロは邪気のない笑顔で俺に笑いかける。


「……なんか、張り詰めていた気が抜けるな」

「んぅ?」

「昼休み、俺もここを使っていいか?」

「もちろんです。……そういえば、先輩ひ私に絵を描いて欲しくないのに、学校からコンクールに絵を出してほしいんですか?」

「仲良くなって、考えが変わった」


 どすりと椅子に座って、キイロが小さな口で少しずつご飯を食べていくのを見つめる。

 ……特別楽しい時間というわけじゃないけど、なんとなく居心地が良くて落ち着く。


 キイロと仲良くなって、少し後悔してる。

 コンクールに絵を提出することを応援出来ないし、城戸との関係を疑われないために恋人を作るというのも……それにキイロを利用する気にもなれないし、かと言って好かれているのに他の女の子と付き合うという気にもなれない。


 仲良くならないまま、キイロを大切に想わなければ……告白でもして付き合えたかもしれないのに。


 それからしばらく、俺の日課に昼休みはこの教室に来て昼飯をキイロと一緒に食べるというものが追加された。


 少しずつ、日は暖かくなって、文化祭が近づいてくる。

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