第三章:臆病の塩味と鳴らない一年②

 矢野シロハ。

 中学生の頃仲良くしていた後輩で……可愛らしい幼なげな容姿の割に、口が悪く偏屈。


 いつも仏頂面で文句が多い。それゆえに友達も少なく……と悪いところばかりあげてしまったが、いい奴だ。


 彼女は俺を見て、怒ったように、あるいは泣きそうな顔で詰め寄る。


「先輩。……まだ好きです」


 急にそんなことを言ってから、また卒業式の日の時のように俺の頬を引っ叩き、それから逃げるように去っていく。


「……なんなんだよ」


 張られた頬を触っていると、お菓子を選んでいた城戸が俺の方に来る。


「えっ、ど、どうしたの? また女の子に手を出して怒られた?」

「……いや、そういうんじゃ……というか、またってなんだよ、またって」


 いや、でも本当になんだったんだろうか。怒られるようなことをした覚えはない……というか、そもそもしばらく会ってなかった。


 ……大して痛くもないけど、妙に響く。

 しばらくしていなかったがシロハにメッセージを送る。既読は付いたが返事はなく、仕方なくそのまま家に帰った。


 城戸が俺の部屋で寝て、俺はソファで寝るといういつもの感じで昼寝をしていると、ポケットに入れていたスマホが揺れる。


 先程のシロハかと思ったが、どうやら親父のようで寝転んだまま電話に出る。


「もしもし、親父、どうかしたか?」

『フミか。……今日、暇か? 久しぶりの休みだから家族で出かけようかと』

「あー、いや、悪い。今日は無理だ。千夏さんとデートしたら?」

『……変な気の使い方してないよな』

「いや、本当に用事がある」


 一呼吸おいて、親父の低い声が電話越しに聞こえる。


『……ムギさんがしばらくそっちに泊まると聞いたが』


 ……本題か。出かけるのを誘ったのもその話をしたかったからだろう。


「あー、部活を作りたいって話をしてたろ。それで……俺と仲良い女の子の後輩が参加したことで部活立ち上げの目処が立ったんだ。それに文化祭のこともあるし、しばらくこっちで作業したいと」


 ペラペラと口が回って適当な嘘を吐く。

 キイロにも呆れられたばかりだが、嘘吐きなのは治りそうにない。


『……そうか、迷惑かけてないか? 気のおけない友人でも、相手は女の子なんだから』

「友人じゃなくて姉弟だろ」


 不意に漏れ出た反論にもなってない言い返しの言葉に自分が少し驚く。一瞬の沈黙、それから親父は話を続ける。


『何にせよ、ちゃんと気を使うんだぞ』

「……ああ」

『あと、気まずいか? こっちに戻ってくるのは』

「いや、城戸とは前々から仲良かったし、千夏さんもいい人だからそういうのはないよ。単に一人暮らしを謳歌してるだけだな」

『生活費は足りてるか? ムギさんがしばらくそっちに泊まるなら、少し増やそうと思うが』

「ああ、ありがとう」


 ……どこか、お互いにぎこちない。

 親父とはいつもこうだ。母の死、親父に寄せられた誹謗中傷から俺は逃げて一人暮らしを始めた。


 俺はそこに罪悪感があり、親父も世話をしてやらなかったと負い目に思っている。


 ……多分、仲の良い家族だと思う。

 けれども、距離はある。

 信頼はしあっているけど、けれどもどこか

 他人行儀だ。


「……そういや、城戸から聞いたんだけど、弟か妹か出来るのか?」

『……お前に相談してから決めようと思っていた』


 なんで。という言葉を飲み込む。

 俺が親父を止める権利なんかあるはずもないだろうに、と……口にしそうになって、それから頭をかいて身体を起こす。


「……残業とか、休日出勤とか、ほどほどにしろよ。仕事で色々あるのは分かるし、あの人の貯金に頼るのも面白くないだろうけど、働かなくても生きていけるだけの金はあるんだし、子供が産まれるなら残業減らして時間を作った方がいいだろ」

『……ああ、そうだな。そうしよう』

「まぁ社会に出てない子供の戯言だけどな」


 微妙に間が空いて、それから親父がまた別の話を始める。


『そういや、フミ。もう高校生だけど、好きな女の子とかいないのか?』

「もう高校生って……高校生になってから一年経ってるぞ。それに好きな子って……親父と恋バナするのかなりキツイな」

『俺の好きな子はフミも知ってるんだから別にいいだろ』

「そりゃ知ってるけども。はあー」


 ため息を吐いて、窓の外の青空を見る。


『いるのか? どんな子だ?』

「だから、親父とそんな話したくねえって。……あー、そうだな」


 昨日、キイロが残していった絵を見て、それからいつも城戸が立っているキッチンを見て、口を開いた。


「……エイリアンとか、好きなやつかな」

『……変わり者だな』

「うるせえ」

『……元気そうでよかった。……時々でいいから、帰って来いよ』

「帰っても残業とかでいないだろ」

『減らすよ、残業』


 ……じゃあ、まぁ、時々顔を見せるぐらいならいいかもしれない。そんなことを考えながら少しだけ話して電話を切る。


 目が覚めてしまったのでついでに放置していた学校のやつからのメッセージを返信していく。


 しばらくして城戸の家具が届き、空き部屋がそこそこ見れたものになる。


「ふー、よし、新しいベッドで寝なおそうかな」

「おー、俺もやっと自分のベッドで寝られる……」


 普段ならこんなデカいベッドがあるなら「一緒に寝よー」とからかってくる城戸だが、昨夜お互いに全然寝れなかったという事実があるからか、それとも本気で眠いからか普通にベッドに転がって寝だす。


 ……警戒心ないな。

 いや、昨日も一緒に寝て何もしてないんだから警戒も何もないか。


 自室に戻って、やっと取り返せたベッドに寝転がる。

 城戸が先ほどまで寝ていたせいか暖かさが残っているベッドの中で目を閉じる。


「……やっぱりソファで寝るか」


 日曜日がほとんど寝ているだけですぎていく。まぁ、目的は達成出来たから別にいいか。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 翌日、城戸と共に登校していると学校の近くでクラスの女子が手を挙げて俺たちの方にやってくる。


「おはよー。一緒に登校するとは、今日もラブラブだね」

「ふふ、同棲してるからね」

「きゃー! ムギのえっちー!」

「……いや、きょうだいだし」


 城戸も否定しろよ……。まぁ、ふたりで住んでいるということを言わないだけ隠しているのだろう。


「それで、委員長、実際のところどうなの?」

「委員長やってたの、去年なのにまだ引きずるのか……。期待してるようなことはないぞ」

「えっ、せっかく名前考えてたのに……」

「期待のされ方が思ったよりすごかった」

「ムミってどうかなって。フギのパターンもありかと思ったけど」

「子供じゃなくてフュージョン形態を期待されてた……?」


 そんな馬鹿みたいな話をしていると別のクラスの男子生徒がポンと俺の肩を叩く。


「よお三船。それに……き、城戸。……何の話をしてたんだ?」

「あ、ムギと委員長がフュージョンしたのかって話をしてたよ」


 女子生徒のその言葉を聞いた男子生徒はショックを受けたかのように俺の身体にもたれかかる。


「……三船、マジ?」

「いや、フュージョンの話はしていたけど、フュージョンの話はしてないからな」

「意味わかんねえ……」


 分かれ、ニュアンスで。


「ほら、落ち込まないでよ、ムギがフュージョンしてたとしても、まぁ、ほら、フュージョンしても30分で別れる訳だしさ」

「フュージョンしたのに30分で別れるのか!? むしろそっちの方がショックなんだけど!?」

「まぁまぁ、ムギも年頃の女の子なんだからフュージョンぐらいするよ」

「年頃の女の子はフュージョンしないだろ……」



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