第二章:怠惰の甘みと回るコンパス⑧
一緒に寝るわけないだろ。
と、適当に返してから九重の方を見ると、すでに絵を描きはじめていた。
……やっぱりマイペースだよなぁと思いながら諦めてモデルになる。
いつも通りの青いエイリアンにしか見えない……というか、いつもよりも上手く描けていないのか輪郭もぼやぼやだ。
満足したような評価のキイロは頷きながら絵を見返して不思議そうに首を傾げる。
「む、むむぅ……なんか違うんですよね」
「なんかじゃなくてもどう見ても違うだろ……」
「もう一枚……は、描く時間ないですよね」
キイロは落ち込むように肩を窄めて、俺は立ち上がりながらキイロの方を見る。
「まぁ、そろそろ暗くなるしな。家の近くまで送るよ」
「す、すみません。いつも……」
「いや、好きでやってることだから気にするな」
「す、好きで……」
キイロは顔を赤らめたあとブンブンと首を横に振る。
キイロ見送ったあと家に帰ってきてソファに座った。
すると城戸がやってきて、ソファ越しに俺に話しかける。
「むっつりじゃないからね?」
「まだ言ってるのか……」
「どっちかと言うと、フミくんの方がむっつりだよ。ほら、こういう部屋着で屈むと」
と言いながら、ソファの背もたれに手をついて前屈みになる。
城戸の服の胸元が垂れて、中の白い肌が覗く。
柔らかそうな双丘が隙間から見えて、可愛らしいピンク色の下着がカパっと胸から浮いている。
城戸は自分の服装が、思っているよりも胸元がゆるいことや、下着の締め付けがゆるいことに気が付いていないのか、平気そうな顔で「ほらー」と笑う。
否定するために目を逸らそうとするが、もう少しで先まで見えてしまいそうで……。
「あれ、フミくん?」
俺の様子がおかしいことに気がついたのか、城戸は少し不思議そうな表情を浮かべる。
ちょっとした動きで城戸の胸が柔らかそうに揺れ……と、見惚れていると城戸は気がついたのか、バッと体を起こして襟元を押さえる。
「……ふ、フミくん。み、見えてた?」
「……」
「フミくん、黙られると不安なんだけど……?」
「今日の晩御飯はグラタンだったか」
「フミくん!? 誤魔化そうとしてない!? み、見えてたの? 見えてなかったの!?」」
ワタワタと大慌てする城戸を横目に脚をゆっくりと組む。
「なんで脚を組んだの?」
「まぁ、見えてはなかった。うん」
「なんで脚組んだの? ……見えてた?」
「いや、見えそうで見えてなかったから安心してくれ」
城戸は俺が嘘をついていないことに安心したのか、ふーっと息を吐き出す。
「そっかそっか。フミくんはやっぱりむっつり野郎だね。胸元が見えてただけであんなに慌ててさ」
こいつ……見えてないと分かると余裕ぶりやがって……。
やれやれとばかりに呆れたような表情を浮かべる城戸を見て、話題を変えるために口を開く。
「それで、今日からこっちに住むんだよな。家事とかの役割決めるか?」
「フミくんの方が忙しいし私がするよ? フミくんはご飯とか何でもいいタイプなのに用意させるのは申し訳ないしさ」
「いや……あんまり任せっきりなのはな。まぁ、夕飯は任せるけど、城戸の料理は美味いし」
「嬉しいこと言ってもグラタンしか出ないよ?」
まぁ、他の家事は今まで通り俺がしたらいいか。城戸も俺もサボる方じゃないのでなあなあでやっても回るだろう。
「部屋は2階の南側でいいか? 日当たりもいいし、クローゼットもあるから。一応掃除機もかけといたけど」
「ほほう、愛されてるね」
「……それで、家具はないだろ。これから何年も……というか、高校を卒業してからもずっと住むつもりなら、そこそこしっかりしたものを買った方がいいだろ」
俺が事前に決めていたことを提案すると、城戸は驚いたように目を開ける。
「えっ、いいの? ずっと住んでも」
「……別にいいんだけど、改めて言うとプロポーズっぽくて嫌だな」
「まぁ実質プロポってたよね」
「プロポってない。変な略語を作るなよ」
頭を掻きながら「で、どうするつもりなんだ?」と尋ねると、城戸はいつもの「キャプテン」という人を振り回すような活発さも、「ムギ」としての猫っぽい甘え方もなく、ほんの少し遠慮したような表情で首を傾げる。
「……いいの?」と、まるで俺が我慢させられていて申し訳ない、とばかりに。
気軽に返すことの出来ない空気。
すぐに答えることは出来ず、キッチンから匂うグラタンの匂いを嗅ぐ。
「……さっき、俺がグラタンが好きって言ってたけど、どうしてそう思ったんだ?」
「え、えっと、グラタン皿が使い込まれてたからだけど……」
「母親はよく作ってたけど、俺の好物じゃなくて親父が好きだからだ。……俺が好きなのは、カレーだ」
俺の言葉にクスリと笑う。
「親子二人で、似合わない子供っぽいのが好きなんだ。じゃあ、明日はカレーだね」
「家具とか買った帰りにスーパーでも寄るか」
城戸はパッと顔をあげて嬉しそうに笑う。
「えっ、うん! えへへ、そうしよっか。それにしても、連日別の女の子とデートとは悪い男ですなー」
「キイロとはデートだけど、城戸とは違うだろ……。いや、でも山田に見つかるとまずいな……」
ゲームセンターには近寄らないようにしておこう。
「そろそろご飯食べる? いつもより少し早いけど」
「あー、美味そうな匂いで腹減ってたから食べたい。飯食ったら、せっかくサブスク契約したし何か映画とか観るか?」
城戸は嬉しそうに頷きながらキッチンの方に向かう。
……明日、家具を買うとなると結構金を使うよな。
母の蓄えがあるし、父親も異様に俺を信頼してくれてかなりの額を預かっているが……定期的に使った額を確認されるんだよな。
流石に何年も住むことを前提に家具を買ったことをお互いの親にバレるのはマズい。
……無趣味ゆえに溜め込んでいたお年玉から出すか……それなら足もつかない。
時々、親父も千夏さんも様子を見に来るとは思うが、千夏さんはこの家のことを知らないので「母親の部屋に住んでもらってる」と言えば新しく買ったとは思わないだろうし、常識のある親父が城戸の部屋を見ることはあり得ないので実物の方からバレる心配はないだろう。
……なんでこんな、悪いことをするみたいな隠し方を。と思いながらも料理を仕上げている城戸の方に目を向ける。
「明日の家具、生活費から出すけど、予算は15万な」
「えっ、じゃあベッドとかお布団とかタンスとかは全部合わせて3万円ぐらいしにして、残りのお金と自腹でちょっといいパソコン買うのはあり?」
「なし」
……自腹切るの嫌になってきたな。
城戸の作った夕食を食べて、それから映画を観る準備だけ整えてひとりずつ風呂に入る。
湯上がりのままソファでくつろいでいると、妙に城戸が戻ってくるのが遅い。
変な音とかは聞こえてないので溺れているとかはなさそうだが……。
そう考えてから「もしかして丁寧に体を洗っているのか?」と思い浮かんでしまう。
……なんか一緒に寝たいとか言ってたし……いや、まぁ冗談かもしれないけど、城戸って本気か冗談か分からないんだよな。
ここに住むのとかもはじめは冗談かもと思ってたし……。
……本気で一緒に寝るつもりなのだろうか。……いや、ないよな。ない。そういうのはないはずだ。
俺が自分にそう言い聞かせて納得しようとしていると扉がパッと開いて城戸の姿が見える。
濡れた髪を纏めているのはいつも通りだけど、寝巻きがいつもよりも薄手だ。
おそらく暖かくなってきたことやあちらの家から荷物を持ってきたことが主な理由だろうが……。
変な想像をしてしまっていたために、隠されていないふとももや袖から伸びる腕、髪が上がったことで覗くうなじと、ヤケに扇情的に映ってしまう。
家族といっても義理の……血のつながっていない男の前でするような格好ではないだろう。
けれども、それを口にして注意してもいいものだろうか。
これから一緒に住む間柄で「俺は君を性的な視線で見てます」というようなことを言っては城戸も安心出来ないだろう。
柔らかそうな胸やふとももを見ないようにしながらも自然と目が向いてしまうのを感じながらパソコンのマウスに手を触れさせる。
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