第二章:怠惰の甘みと回るコンパス⑨


「あー、城戸、なんかオカルトっぽいのがいいよな。そういうの好きだし」

「フミくんの好きなのでいいよ。って言おうと思ったけど、義母さんの映画になるからやめとこう」

「好きで観てるわけじゃねえんだよ……」


 いや、でもまぁ今の状況ならありだ。自分の母がヒロインの作品とか、観たらめちゃくちゃ萎えるしな。

 気分を落ち着かせるにはいいかもしれない。


 そう思いながら適当にオカルト要素のある評価の高い映画を流す。


 はじめはのほほんとした雰囲気で進んでいた映画だが、少し濡れ場に近いシーンが出てくる。


 濡れ場に食いついていると思われたくないので軽く目を離して城戸の方に目を向けると、ちょうど城戸も俺の方を見ていて目が遭う。


 ただでさえ濡れ場を異性と見るのは気まずいのに目まであってしまうなんて、なんと言えばいいんだ。


「あ、はは、こういう映画って、なんかえっちなシーン多いよね」


 恥じらうように城戸はもじもじとする。

 普段と違う姿にドキリとしてしまいながら、誤魔化すように話を合わせる。


「あ、あー、まぁほら、お約束みたいなもんだろ」


 性的なシーンを見ながらの雑談。

 普段なら気にしなくとも、城戸がすぐ隣にいる状態だとあまりにきまずい。


 変な空気になりながら話が終わるのを待っていると……唐突に画面が揺れて化け物がいちゃついていたカップルを襲う。


「ひゃっ!?」


 唐突なホラー要素に驚いた城戸が俺の腕に抱きつき、城戸の胸がむにっと俺の腕に押しつぶされて形を変える。


 柔らかさやいい匂いに本能が刺激されて映画の内容が全然頭に入ってこないが、すごく怖いシーンなのかたびたび城戸に抱きつかれてその度に柔らかい胸の感触が伝わってくる。


 この映画は多分いい作品。いい作品ではあるのだが……柔らかい感触には勝てない。

 ホラー要素も強い作品のようだが、そのせいで全く内容が入ってくることなく、城戸の胸の感触の方に全神経が集中してしまう。


 城戸がオカルト好きだからって安易に選びすぎた。


「う……あうう……。またピンチに……でも、大丈夫だよね。きっとここからスカイフィッシュが助けに来てくれるよね」

「あんまりちゃんと観てないけど、スカイフィッシュが出るような作品じゃないし、そもそもスカイフィッシュに人類の味方イメージはないだろ」

「えっ、あんまり観てない?」

「あっ」


 ……完全に、失言だった。すーっと城戸の方から目を逸らして画面を見るが、城戸は俺に顔を近づけて「……えっち」と耳元で囁く。


 そうは言っても映画は怖いのか、城戸は俺の腕を離すことはない。


「……オカルト好きなのにホラーは苦手なの、なんか変なやつだな」

「ホラーも嫌いじゃないよ、怖いだけで。……うー、怖かったぁ」


 映画が終わるが、城戸は俺の体から離れることはせずに抱きしめ続ける。


「……もう結構遅いからそろそろ寝たい。俺はこのままここで寝るから城戸は今日のところは俺の部屋で」


 俺がそう提案すると城戸は無言で俺の腕を掴む。


「……城戸?」

「む、無理。今、ひとりでいたら、オバケがやってくるかも……そしたらどうするんだよ!」

「いや、俺がいてもオバケには対抗出来ない。スカイフィッシュじゃねえんだぞ」

「いけるよ! ほら九重さんの絵でもスカイフィッシュみたいだったし」

「あれは俺の本当の姿ではない。ほら一人で寝ろよ」

「無理だよ! 絶対ここから離れないからね!」


 いや……と思うが、本気で怯えているようなので迷ってしまう。


 あまりちゃんと考えずにホラー要素があるかどうかも確認せずに映画を選んだのは俺だし……。

 責任を取るべきじゃないか? いや、でも……。


「さっき俺に「えっち」って言ったろ。そうでなくとも年頃の男女でふたりきりで寝るというのは……」

「えっちでいいから! フミくんがえっちでも我慢するから、一緒に寝よ!」


 ……その場合、我慢するのは城戸というよりも俺の方なのではないだろうか。

 城戸に「えっちでいい」と説得されるが、全然良くないだろ。


「……必死すぎる。分かった。分かった。……ソファで二人はキツいし、ベッドでな」


 俺にへばりつく城戸を連れて自室にいく。

 ……変なことをするつもりはないけど……昼に別の子と遊んだ後にこうして寝るのってあまりにも最悪っぽい。


 城戸がベッドに寝転んだのを見ながらベッドに腰掛ける。


「こっちきて」

「……今日だけだからな」


 言い訳のような言葉を口にして城戸の隣に寝る。

 ぺたりと張り付くように城戸は俺の体を抱きしめて、それから耳元で甘えるような吐息を漏らす。


「……城戸、距離間おかしくなってないか?」

「怖いもん」

「いや、今の話じゃなくて、最近」


 ……普通、仲の良い友人と言っても異性間でここまで触れ合うものだろうか。

 もしかして俺のことを……と、考えてしまっていると、城戸は俺の体の向きを変えさせようと強く引っ張る。


 正面から抱き合うような格好。

 吐いた息が城戸の頬に触れそうで、城戸の吐息が首筋にかかるほどの距離。


「……最近、すごく楽しいんだ。お母さんは幸せそうで、仲良しのフミくんとは家でも一緒にいられるし、私の趣味を手伝ってくれる人もたくさん出来て。ずっとこうしていたいなぁ」

「…………そうか」


 軽く抱き寄せると、突然外で何かあったのかドンという物音が聞こえて城戸が「ぴゃっ!?」と悲鳴を上げて俺に抱きつく。


「お、おい」

「び、びっくりしたぁ。って、あ……」


 城戸は布団の中の何かに気がついたように顔を赤くして、それから俺から目を逸らすように俯く。

 けれども離れようとする素振りはなく、びっくりして抱きついたときのままだ。


「……え、えっちでいいって、言ったもんね」


 耳まで赤く染め上げたまま離れない城戸の背中を撫でると、驚いたようにぴくっと動く。


 普段はどこか俺を振り回してばかりの城戸が俺に身動きに対して一挙手一投足な反応をするのが、いたずら心を刺激される。


 かわいいなと思って軽く脇腹を指先で触れると、ぴくっと城戸の腰が揺れた。


「んぁっ……」


 城戸の唇から漏れ出たのは悲鳴のような声でもこそばゆそうなものでもない切なそうな甘い声。


 思わず手を止めて、空気が固まるのを感じる。

 数十秒か数分か、時間の感覚が分からなくなるほどの気まずさの中、城戸はギュッと俺を抱きしめながら恨みがましそうに呟き声を漏らす。


「……えっち」


 ……反論は出来そうになかった。

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