第三章:臆病の塩味と鳴らない一年⑧
告白紛いの言葉……それを聞いて、足と思考が止まる。
彼女がほしいとは思っていた。
それは普通の男子高校生らしい欲求も当然あるが、それ以上に父親やそれを中心とした家族のことが気になってのことだ。
城戸が言うように、俺と城戸が良い仲と思われるとまずい。
有名人だった母親の自殺により、父はマスコミや世間から有る事無い事を騒がれ、批判されて憔悴しきっていた。
そんな父がやっと手にした幸せが、世間から後ろ指を刺されて憔悴していた自分を支えてくれた城戸の母との結婚だ。
苦労に苦労を重ねた父親には、出来るだけ安心させたい。連れ子同士の色恋沙汰なんて今後の憂い、あるいはいつ爆発するか分からないようや不発弾なんか抱えさせてはならない。
だから、俺に彼女が出来てそういう心配を父が抱かないようになることは喜ばしい。
……けど、今のは告白紛いではあっても告白ではないし……後ろにいるシロハが怖い。
怒られそうという怖さもあるが、それ以上に……俺のそういう家族の都合のために利用したいと言う考えを見透かされてしまいそうだ。
「……何をでれでれとしてるんですか」
「でれーっ」
わざとそんな演技をして見せるとシロハは後ろからぼんぼんと俺の頭を叩く。
「まったく、私と出掛けてるのに結局何も買わずに荷物持ちです」
「それはシロハも許可出したろ……」
ブツクサと言いながらもシロハは俺が持っていた袋の一つを手に取る。
「シロハってなんだかんだ優しいよな」
「優しくないです」
「あ、じゃあ優しくないんだな」
「もう少し粘りを見せてください」
「面倒くさいやつだな……」
駅に入り電車までの時間に自動販売機を見つけてジュースを買う。
いつも通り不機嫌そうなシロハに、ほら、と手渡す。
「これ、好きだったろ。よく飲んでた」
「……オマケについてるペンギンのキーホルダーが欲しかっただけです。飲み飽きました」
「えっ、マジか。じゃあ俺が飲むか……」
そう言おうとすると、シロハの手が伸びて俺からジュースを受け取る。
「……ありがとうございます」
微笑みながらペコリと頭を下げる。
「まぁ、荷物持ちをしてもらうはずが逆に持たされてるので、トントンというところです」
「はいはい。キイロもほら」
適当に買って渡すと、キイロはペコリと頭を下げてからそれに口を付ける。
俺も何か飲もうとしていると、九重は飲んだジュースを手にして表情を変える。
「あれ、炭酸苦手だったか?」
「……やっぱり、苦いです」
そんな苦いようなものではないと思うが……いや炭酸の苦味はあるわけなので、甘みなどを感じ取れなかったら苦いもののように感じるのかもしれない。
「昨夜の晩飯とか今日の朝ごはんはどうだったんだ?」
「いつも通りでした。……先輩といると食べ物が苦くなります」
「病院行くか?」
「……お母さんに伝わると面倒なので。それに心因性のものなので、あまり気にしなくても……」
「そうか」
俺のことが苦手……ということはないと思う。出会ったばかりなのに先程告白紛いのことを言ってきたぐらいだ。
ならストレスが緩和されたことで……というのも妙だ。
キイロは変なやつではあるが、可愛いし毒気がないので他の人から話しかけられることも多いだろうし、関谷に対しても大して仲良くもないのに信頼していた様子だった。
俺は特別な感情を抱かれてはいるが……特別な信頼を勝ち得たわけではない。
話したことでセラピー的な感じになったとは、到底思えない。
こてっと不思議そうに小首を傾げるキイロを見て、考えを進めていく。
キイロが味覚障害なのは間違いない。
麦茶の件もそうだが、歳の割に小さく細いのも味覚がないことで食欲が減退しているということで説明がつく。
合わせて考えると……まるで新たな感情の芽生えが味覚を取り戻したかのようだ。
苦味と恋愛感情が結びついているような……流石に考えすぎか。
そもそも、恋とかなんとか言ってるけど、本当にそうかどうかすら疑問だ。
なんか、キイロってそういう感情あるように思えないし話半分でいいだろう。
電車に乗って高校に向かい、部活の練習をしている生徒の掛け声を聞きながらこの前の部屋に入り、手近な机の上に置く。
「こんな部屋、どうやって確保したんですか?」
「キイロが絵を描く用にって、ほら、一応天才だそうだから」
俺がそう言うとキイロは少し気にした様子で「一応……」と呟く。
いや、仕方ないだろ。俺と会ってからのキイロ、変な青いエイリアンしか描いてないんだし。
「あー、ロッカーいっぱいあるし、適当に入れるか?」
「あ、自分でします。窓際の近くにしたくないものとかあるので」
キイロは手際良くロッカーに色々な物をしまったかと思うと、折り紙と糊と白い画用紙を取り出す。
「あー、ちぎり絵をするのか」
「あ、もしかしてもう帰る予定でしたか?」
「いや……まぁいいか。やれることはあるし。別に黙って座っとけってことじゃないだろ」
「あ、はい。もちろんです。何をするんですか?」
「文化祭のこと。特に個人でやる出し物については去年から始まったことだから、ノウハウあるやつが俺ぐらいしかいないからな」
誰でも出来るようにマニュアル化するのと、去年発生した問題点の洗い出し、それに出し物の募集……という具合だ。
「個人でやる出し物……ですか」
「興味あるのか? まぁ……あんまり数が増えても困るけど」
「いえ、そういえば絵を飾るとかは頼まれてないな、と」
「あー、まぁ、コンクールの方を優先させたいんだろ、実績になるし。あと、ちゃんとした絵は時間もかかるだろ。何かしたいならしてもいいけどな」
「……ライブペインティングみたいなことですか?」
「別に絵に関することじゃなくてもいいんだぞ?」
俺がそう言うと、折り紙のふちを小さくちぎっていたキイロの手が止まる。
心底不思議そうな、驚いたような表情。
「……なんだよ」
「いえ……そんなこと言われたの、初めてだったので」
「文化祭なんて適当にやればいいんだよ。ちゃんとした店やら劇やらをする場所じゃないんだよ。あり合わせて、やりたいことをやっていくとかで」
別の部室から聞こえてくる音楽を聞き、九重の方に目を向ける。
「やりたいこととかあるのか? 音楽とか」
「そういうわけじゃないんですけど、その、絵以外のことを勧められたのが初めてだったので」
「……好きなことをやれとか無責任なことぐらい、いくらでも言ってやるぞ」
キイロは画用紙に糊を付けてペタペタと折り紙を貼っていく。
相変わらず俺を見ながらだと変に指先が震えているし、そうでなくとも元々色々とおかしい。
「……やりたいこと……思いつかないです」
「そか。シロハは……人気のない非常口の近くでソシャゲの周回をしながら「お祭り価格の素人が作ったたこ焼きをありがたがって馬鹿みたいです」とか言ってそうだな」
「やたらと具体的なのやめてください。……積極的に参加するつもりはありませんが、店番とか普通に文化祭をまわったりはする予定です。割高価格でも、先輩に奢らせるならむしろ気分が良くなるスパイスです」
「奢らせるの前提はやめろ……。最近出費が多くてギリギリなんだよ」
まぁ、一緒にまわるならひとつやふたつに金を出すぐらいならいいが……。
たぶん当日は実行委員会で忙しいだろうから一緒にはいてやれないだろうしな。
……少しだけでも時間を作ってもらえるように頼むか。
そう考えていたとき、廊下の方から喧騒が聞こえてきた。
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