第四章:怒りの酸味と予定調和の逆転劇①

 いつのまにか音楽が止んでいることに気がつく。


「……軽音部の方か? 揉め事は。知らない仲じゃないし、ちょっと様子を見てくるな」

「えっ、私と九重さんをふたりで残すんですか。状況、分かってます? 穏やかじゃないですよ」

「大丈夫だろ。キイロはそんな人を嫌ったりするタイプじゃないし、シロハも……ほら、直接言わずに匿名のSNSで個人名を出さずに文句言うタイプだし」

「そんなことしませんから。意地悪ばっかり……先輩のアホ」

「悪い。またなんかお詫びに何か奢ったりするから」


 俺がそう言うと、シロハはむすっとした顔を俺から背けてふにゃりと綻ばせる。


 案外、分かりやすいやつだと思いながら廊下に出て揉め事の方へと目を向けると、にやけた男がこちらへと歩いていた。


 カツン、と、わざと立てたかのような気取った足音とほくそ笑むようなしてやったり顔。


 俺の存在に気がついたソイツ……この高校の生徒会長は俺を見て思わず漏らしたような笑い声をあげる。


「あー、三船だったか」


 俺のことを知らないはずもないその男子生徒はわざとらしくそんなことを言いながら、ポンと俺の肩を叩く。


「ま、文化祭頑張れよ。お前らみたいなの、高校すぎたら何にもならないんだから」


 ……相変わらず謎に嫌われてるな……。

 なんか初対面の頃から嫌われてたし。


 というか……「お前」じゃなくて「お前ら」?


 その言葉の違和感を確かめようとしたとき、再び揉めるような声が聞こえてきてそちらに向かう。


 後ろから聞こえてきた「負け犬が」と笑う声を聞き、性格悪いな……と呆れながら軽音部の部室に入る。


「さっきから騒がしいけど何かあったのか?」

「ジャーマネ! 来てたのか!」

「俺はマネージャーではない」

「MIFUNE! MIFUNEじゃないか!」

「MIFUNEではない。それで何があったんだ」


 俺が尋ねるとスッと表情が変わる。


「……そういや、三船って文化祭に関わってたよな。あれ、どういうつもりなんだ」


 質問というよりかは詰問。

 明らかに怒りを持って俺を見ていて、その怒気は尋ねているひとりだけではなく、軽音部の全体から感じた。


 妙な緊張が走り、俺は近くのパイプ椅子に腰掛け、逃げる気はないと態度で示す。


「あー、話が読めない。用事があって学校に寄ったらなんか揉めてたから心配してきただけなんだ」

「生徒会長がした話だ。お前が知らないわけないだろ」

「いや……俺あの人の保護者でもないし……とりあえず、何の話か教えてくれよ」


 怒りは収まったわけではないが、このままでは話が進まないと判断したのか、深く息を吐き出してから軽音部の男子生徒が話をする。


「……文化祭のステージ、プロの音楽家が使うから今年は個人や部活規模では使わせない……と、さっき生徒会長が来て言ってきたんだよ」

「は、いや……なんだそれ」

「なんだも何も……そっちの決定だろ」

「……俺は聞いてない。生徒会で勝手に決めたのか……?」


 確かに生徒会はそういう予算の使い方を決められるし、去年聞いた話だと過去に芸人とかミュージシャンとかを呼んだ例もあるらしいが……。


 そんな少数の生徒が決められるものか? いや……まぁ、まさかいちいち生徒の投票を呼びかけるわけにもいかないのでそういうものか?


 ……外部からプロが来ること自体は構わないが……。


「……ステージが使われるのは……というか、生徒の発表の場がなくなるのは本末転倒だろ」


 今いる軽音部もそうだが……うちの学校の文化祭は結構な人数が積極的に参加しているし、それのために練習している。


 わざわざ土曜日の朝から集まって楽器を鳴らし続ける程度にはしっかりと打ち込んでいて……。


 それの発表の場が、そんな雑な扱いを受けていいわけがない。


「……本当に知らなかったのか?」

「知ってたら止めてる。……というか、今から事実を確かめて談判してくる」

「あ、なら俺たちも……」

「いや、俺がなんとかするから練習を続けてくれ。発表の舞台を守るために練習をおろそかにすべきじゃないだろ」

「マネージャー……」


 マネージャーではない。

 ともかく、話を聞かないことには始まらない。


 急いで軽音部から出て、キイロとシロハの元に戻ってから「用事が出来た」と伝えてから生徒会室に入る。


 先程見た生徒会長はおらず、書記をしている女子生徒が突然入ってきた俺に驚いた様子を見せていた。


「……生徒会長は?」

「え、あっ……いま外に……」

「……文化祭の件で話があってきた。……一応確かめておきたいんだが、文化祭でプロを呼ぶことで、軽音部をはじめとした生徒達がステージ上で活動を発表することが出来なくなった件については知っているよな?」

「えっ、あの……」


 少し捲し立てすぎたか。

 ゆっくりと息を吐き、それからもう一度話をし直す。


「あー、悪い。文化祭実行委員をしてる三船だ。とりあえず、事実を確認したい。プロを呼ぶのか、それによってふたつあるステージの片方が使えなくなるのか」

「えっ、あ……それは……はい」


 認めるのか。……生徒会長のしょうもないイタズラなら気にする必要もなかったが、この気の弱そうな子が頷くなら間違いなさそうだ。


「……誰の許可を得た」

「えっ、あの……」

「いや、責めてるわけじゃなくて……。先生、教職員の許可なしで出来ることじゃないだろ」

「あ、それは、清水先生と話して……」

「生徒会の担当か……。後で話を聞きにいくとして、議事録を出してくれ」

「え、ぎ、議事録?」

「まさか雑談で決めたわけじゃないだろ。生徒会での活動を決定する会議では議事録を取っておく決まりだから、それを見せてくれ」


 書記の女子生徒は目を泳がせて、口を小さく開ける。


「え、いや、その……」

「もしかして取ってないのか?」

「は、はい……」


 ……しっかりしてくれよ。

 プロの人を呼ぶとなれば時間も金もかなりかかるだろうに……そんな杜撰な。


 いや、まぁ……たぶんこの書記の人も言われた通りのことをしているだけだろうし、責めても仕方ないか。


 ……心情としては、文化祭に向けて努力している生徒を知っているため、彼等が雑なことをやってそれをめちゃくちゃにされることに対して苛立ちはあるが……今はそれよりも解決を探そう。


「……じゃあ、どうやって決まったか分かるか」

「えっと……それはその……あ、あんまり……」

「……いや、あんまりって。何人の生徒に影響出ると思って……予算も元は生徒の保護者の……。いや、まぁ……言っても仕方ないか。分かった」


 思わず責めるような言葉を口にしようとして堪える。


 ……軽音部の奴を連れて来なくてよかったな。


 自分たちの活動を潰されるのに、議事録もなければどうやって決定したかも曖昧なんて……普通に、キレても仕方ないような状況だ。


 あまりにも適当すぎるやり方……。

 去年の会長はもっとちゃんとしていたのにと思うが、そんなことを言っても仕方ない。


 とりあえず分かったのは……このままだと体育館のステージか、文化祭用に特設するステージかのどちらかが使えなくなるということだろう。


 クラスごとの出し物の方がおそらく優先されるので、部活や個人の発表は制限……というか、そもそも発表自体が出来なくなるのだろう。


 ……もっとちゃんとしろ、ぐらいの文句は言いたくなるが、言葉を飲み込んで口を開く。


「色々聞いて悪かった。ありがとう」

「あ、い、いえ……」


 とりあえず、生徒会長が戻ってくるまでに軽音部以外の影響がありそうな部活に話を聞きに……と考えていると扉がガラリと開き、中に入ってきた男は俺の姿を見て、ニヤリとほくそ笑む。


 まるで俺が慌てていることを楽しんでいるように。

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