第三章:臆病の塩味と鳴らない一年⑥
日差しがよく心地よい天気だが、出不精なシロハからすると日の光がキツイのか眉を顰めて影を踏むように歩いていく。
「そういや、最近知り合った九重って奴がいるんだけど知ってるか?」
「あの天才の人のことですか? そりゃ同じクラスなので知ってますけど」
「アイツも友達いないみたいだから話しかけたら喜ぶと思うぞ」
「面倒だから適当にくっつければいいと思ってますね、この人……。というか、何で私を友達少ないみたいに……」
怒っているシロハを見ながら軽く袖を掴んで寄せる。
「だってシロハ、わざわざ興味ない古い文芸とか漁ってそれを引用した言葉をクラスメイトに言って、相手が理解しなかったら教養がないって見下しそうなタイプだし……」
「はっ倒しますよ」
「あと、流行りの音楽の話をしてるクラスメイトの横で、わざとらしく洋楽とか古いジャズとか聴いてそう」
「はっ倒します。なんです、私に恨みでもあるんですか?」
「いや……まぁ可愛いところもあると思うぞ」
俺がそう言うと、不満そうな顔が一瞬だけ和らいですぐに戻る。
「……どういうところがですか」
「えっ。あー、ほら、流行りの本に対して斜に構えた感じで距離を置こうとするけど結局気になって読んで見たら案外普通に楽しんじゃって悔しがってそうなところとか……ゴフゥッ!」
シロハの裏拳が俺の腹に刺さり、思いっきり息を漏らす。
「そんなことしません」
「じゃあ……ほら、あと……あー、俺だけ考えるのは不公平だから、シロハもシロハの可愛いとこを考えろよ」
「こ、この先輩……もういいです。期待した私が馬鹿でした」
ぷんすかと怒るシロハは昔からほとんど変わっていないように見える。
中学生の頃の知り合いと再会……。思っていたよりも気まずさはなくて心地いいものだった。
不意に、気がついたことを口にする。
「そういや、中学生の頃は「僕」って言ってたのに「私」に変えたんだな」
俺の言葉を聞いた彼女は不満そうにしていた顔を伏せて、弱音を吐くように唇を微かに動かした。
「……先輩が卒業したので」
「俺? 関係ないだろ」
伏せた顔は上がらない。日陰にいる彼女は、まるで恨み言を言うかのように続ける。
「ありますよ。……先輩はアホですけど、なんやかんや顔が広くて色んな人から一目を置かれていました。……その先輩と一緒にいることが多かったから、私は人と違っても許されていたんです」
「つまり……どういうことだ?」
「…………私はマヌケということです」
よく分からない話と雑な総括。
それを誤魔化すようにシロハの脚は影を踏みながら歩いていく。
赤信号の前、シロハは少し手前の建物の影のところで立ち止まり、俺は日向から振り返る。
「……先輩は」
「ん、ああ、どうかしたか?」
「高校生の一年間、楽しかったですか?」
急に親みたいなことを聞いてくるな……と思っていると、やっぱりシロハは不満そうにジトリと俺を見ていた。
「楽しいとか楽しくなかったとか、振り返るにはまだ最中すぎるが……。まあ、忙しかったけど悪くはなかったな」
「私は……僕は、最後の一年間、ずっとスマホを握ってました。いつ先輩から連絡が来ても大丈夫なように」
恨み言のような……いや、そのまま恨み言なのだろう言葉。
「ならそっちから電話でもメールでもしろよ……。無碍にはしないから」
「先輩は人が困っていたり、頼まれたりするといくらでも手伝う人です。……こうして今歩いているのも、だからでしょう」
それはそうかもしれないが……と困っているとシロハは言葉を続ける。
「……だから、一年間ずっと待ってました。一年間、中学校が終わるまで、一度でも、どんなつまらない内容でも連絡をくれたのなら……。私は「面倒を見ないとダメな後輩」ではなく「友人である矢野シロハ」として先輩の中にいるのだと」
「いや普通に友達だと思ってるぞ」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、シロハは小さな手をキュッと握りしめる。
「……恨んでます。中学生のころ、私と仲良くしてくれたことを」
気がつけば赤信号は青に変わっていて、また点滅し始めていた。
「……それだけです」
「…………いや、いちいち俺の行動とかを気にしすぎだろ。普通、受験生相手に頻繁に連絡取ったりしないってだけで」
「……してほしかったです」
「あー、ごめん」
「許しません」
また赤信号になり、青信号に戻って、それが点滅したことに気がついて急いで二人でパタパタと渡る。
隠れる日陰がなくなって、シロハは眩しそうに空を仰いだ。
「というか……先輩、あの天使ちゃんと仲良しなんですね」
「天使?」
「九重キイロさんです。浮世離れしていること、その容姿、天才であること……と、そんなこんなで、変なあだ名をつけられてるんです」
「はぁ……。ん? いや、有名な奴なんだから友達がいない情報を知ってたとしてもおかしくないだろ。……もしかして学校で俺をストーカーしてたか?」
「違います。九重さんに、匂いが残ってたので」
……えっ、俺って一日一緒にいるだけでシャワーや風呂をしても分かるぐらい体臭きついのか?
などと不安に思っているとシロハは首を横に振って俺の考えを否定する。
「匂いというのは体臭ではなく……雰囲気というか。……「頼れる人が出来たんだな」と思える空気です。どこか安心している様子だったので」
よく分からないな。軽く頭を掻いてから口を開く。
「……あー、そういや、怒られる前に言っておきたいんだけど、九重を含んだ数人と部活を立ち上げる予定で……」
「はっ倒します」
「何でだよ……」
「怒られると思ってたから白状したんですから、何でと言われる筋合いはないです」
「いや……なんか怒られそうな空気を感じ取りはしたけど何故かは分からない。……シロハも参加するか? 文化祭終わった頃の予定だけど」
俺が提案すると、彼女は難しい表情を浮かべる。
「……正直なところ、人とわちゃわちゃと騒ぐのが嫌いなので参加したくないです。けど、私のいないところで先輩が楽しそうにしているのは鼻に付くので……創部しないでもらえませんか?」
「ストレートにカスみたいなことを言われた。いや、俺の一存でどうにかなる話じゃないし……」
「本当ですか?」
ジッと、シロハの目が俺を見る。
……人を見透かすような、獣のように達観したこの目は昔から苦手だった。
嘘を吐いてもすぐにバレる……と思わされるその視線に負けて、電車の駅の方に目を向けながら話す。
「まぁ……俺が今から「やめた」って言い出せば、難しいだろうな」
俺がいないと九重も来ないだろうし、九重が確保している部室も手に入らない。
あと山田と龍滝は城戸と仲がいいが、田村の方はどちらかと言うと俺のつながりなので人数も足りないし、ついでに山田、龍滝、城戸の三人は教師からも微妙な目で見られている。
まぁ……今から人を集め直して、となると今年中には難しいだろう。
「それはそれと束縛しないでくれよ……」
「してません」
「せめて告白とかしてくれたなら、そういう束縛とか恨み言も分かるんだけどな」
「そんなことするわけないです」
「じゃあなんなんだよ……」
そう言いながら電車に乗り、デパートに向かった。
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