第三章:臆病の塩味と鳴らない一年⑤
後輩の少女……矢野 白羽は中学生の頃から面倒くさい奴だった。
勉強は格別というほどでもないが人よりも得意で、眉目も悪くない。
けれども人と仲良くすることが苦手で友達がおらず、ひとりでいることをどこか誇らしく思っている……という具合に拗らせていた。
今もそれはあまり変わっていないのか、どこか達観ぶっていて慇懃無礼な態度をしていた……が、急にどこかしおらしい様子になっていた。
「……あの、城戸さんという方は」
「あー、靴あるから家にはいるはずだけど……。シャワーでも浴びてるんじゃないか?」
「しゃ、シャワー……」
リビングに入ってもらい、荷物を開けると丁寧に作られたサンドイッチが入っていて、少し懐かしさに頰を緩ませる。
「それで、何かあったのか? 麦茶と絵の具の混ざった水をすり替えられたりとか」
「何ですかそれ……。そんな小学生みたいなしょうもないイタズラをするアホが高校生にもなっているわけないでしょう」
「じゃあ何の用だ?」
シロハはどこか面倒くさそうに、あるいは諦めたようにため息を吐く。
「授業をサボっていたら、いつのまにか文化祭の買い出しを押し付けられていました」
「ははっ」
「何笑ってるんですか。はっ倒しますよ」
「それで荷物持ちを押し付けようと」
「いえ、買い出しを押し付けようと」
「せめて自分も来いよ、はっ倒すぞ」
まぁ今日は暇だしいいか……と思って頷き、麦茶をコップに注ぐと、シロハは気だるそうに首を横に振る。
「でも、彼女さんが来ているなら申し訳ないですし諦めてひとりでいきますよ」
「いや、彼女じゃないし、あとアイツも今日は一旦帰るから気にしなくていいぞ」
「……ええ、彼女でさえないのに泊まらせて朝帰りさせるって……最悪ですね」
「いや、そういうんじゃないからな。というか……まだ早いだろ、店も空いてないところ多いだろうし。えーと、シロハは何組だ?」
「1組です」
「あー、九重と同じか」
確か1年1組は……ポップコーンとか言ってたな。
「ポップコーン屋をやるって何でそうなったんだ。ダメじゃないけど、あんまり文化祭っぽくないけど」
「体育館に一番近いから、大人でない食べ物屋さんがいいのではないかという話で」
「話し合いに参加してない割に詳しいな」
「……文句ありますか」
「いや、やる気あるのは結構。……というか、舞台をやってる体育館は例年飲食禁止だぞ」
「そこは先輩に解決してもらうので大丈夫です」
いや、何も大丈夫じゃないが……?
単純に汚れるからという理由なら後で掃除するなりしたらいいだけのことだが、一番の問題は席が非常に密集していることにある。
というのも、舞台の上で何かを披露するのにおいて音の方は音響でどうにかなる。
だが、視覚……単純に距離が遠くて見えないという問題があるので前の方に密集させているという事情があるのだ。
そんな密集した中で飲食を自由にしたら、絶対にぶつかっただののトラブルが発生する。
……スクリーンとか用意してバックに移すか? いや、でもスクリーン使うには暗くしないとダメで、短い時間ならまだしも常に暗くするのはそれもまたトラブルの発生原因になる可能性が高い。
「……まぁ、他のやつならいい案が出るかもしれないし、実行委員の話題には挙げとく」
俺がそう言うと、シロハは呆れたような目を俺に向ける。
「まーた雑用を押し付けられてるんですか」
「雑用を押し付けにきたやつが何言ってんだ。というか……シロハ、うちの高校に来てたんだな。確か勉強出来てたのに……落ちたのか?」
「失礼なことを言いますね。家から近いのでこの高校にしたまでです」
「あー、そうか。サンドイッチもらうな」
あまり腹は減っていないがそれを食べているうちに思ったよりも美味かったので手が進んでいく。
食べ終わったあと満腹感に負けてソファで横になろうとすると、シロハは俺の方に来て肩を揺さぶる。
「ほら、報酬を渡したんですからいきますよ」
「いや行きますよって言ってもまだ早いだろ……。そもそもポップコーンの何を買うんだ? 機械か? コーンか?」
「コーンとフレーバーです。それにお店っぽくするための材料も」
「はぁ……面倒くさいな。どこで売ってるのかもよく知らないし、というか、ポップコーンを大量に作るのって案外大変じゃないか?」
「それはこちらでどうにかするので、行きましょう」
肩をめちゃくちゃ揺さぶられるが耐えていると、シロハは不服そうに俺の腹をボスボスと叩く。
「味は何味にするんだ?」
「塩とバター醤油とあと何かをという具合です。適当に見繕う感じですね」
「はぁ……まぁいいけど、二度寝していいか?」
「いいわけないですよ、ほら、おーきーてー」
久しぶりに会ったというのに遠慮のかけらもなく肩を揺さぶられる。
本当に俺にだけは図々しい……と思っていると、カチャリと扉が開く。
「あれ、お客さん来てるの? って……ふ、フミくんが交尾してる!?」
「してない」
「ど、どど、どうしよう。お、お母さんに相談すべき!? それともご近所の田中さんに……!?」
「田中さんも反応に困るだろ。……ほら、シロハ、離れろ」
シロハの肩を持って引き剥がすと、シロハは服を整えてからペコリと頭を下げる。
「失礼しました。私はフミ先輩の友人の矢野シロハです。おじゃましてます」
「あ、うん。えっと……彼女さん?」
「違う。……中学校の時の後輩が同じ学校に来たから挨拶しにきたってだけだ」
「あー、なるほど。交尾してたのは?」
「体勢を見たら分かるだろ。一方的に襲われていただけだ」
「なるほど」
「違います。適当なことを言わないでください」
体を起こしてシロハの方を見ると、どこか緊張した様子でチラリと城戸を見る。
「……それで、こちらの方は」
「義理の姉、一月しか生まれも変わらない同級生だけど。最近、俺の親と城戸の親が結婚して、家でいちゃついてるから一人暮らししてる俺のところに逃げてきてるんだよ」
「はぁ……それはまた、なんだか面倒そうなことになってますね」
「まぁ元々友達だったからそんなにでもないけどな。……仕方ない、もう出るか」
俺が立ち上がるとシロハはペコリと城戸に頭を下げる。
それからさっさと玄関の方に向かって靴を履くと、シロハはピッタリと俺の後ろについてきて俺に質問を投げかけた。
「あの、どうして急に」
「シロハは知らない奴と話すの苦手だろ」
「……案外、ちゃんと覚えてるんですね。全然連絡も寄越さないくせに」
「そこはお互い様だろ。というか、受験生に用もないのに連絡なんか出来ないだろ」
「……学力的に簡単なところでしたよ」
「もっと難しいところを受けるものかと。……というか、何でこんな恨み節を言われてるんだ……」
一年ぶりに会った後輩に突かれながら買い物をするために歩き始める。
少し時間は早いが、ゆっくりと話しながら向かうにはいいぐらいだろう。
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