第17話 「狗と鵺」
【登場人物、簡易早見表】
アイリン、逃亡犯。伊月号に隠されたダイヤを狙う。
中山大輔、刑事。アイリンを追跡するため(へたくそな)変装している。
龍宮寺レオ、乗客。手当り次第ナンパしていたホスト。
山田二郎、乗客。アイリンを最推しにしてる独身未婚成人男性。
紗禄視点
2日目午後、夜~3日目午前
サイコクレイジーレズと独身未婚の相手をしたあと、私が山吹さんと逢い引きしたことになってしまいとてもまいった。
徹夜明けだったので取り敢えず睡眠をとったあと、起きたら既に昼過ぎである。
遅めの朝食兼昼飯を食べたあとシャワーを浴びて身支度を整えた。
自身で設置した枝が捉えたデータを確認。昨晩から現在まで倍速で目を通す。何点か気になる箇所があった。
そういえば雪姫さんとは朝に別れてからまだコンタクトを取っていない。誤解されたままなので如何ともし難い。私が深夜にPCRと山田を相手にしていた様子が監視カメラに収まっていれば誤解だとわかる。
それにあれからしばらく経ったのでまた船の様子にも変化があったはず。
まずは守衛室の監視カメラモニターの録画が見たい。自分が持ってきた携帯式より精度が良く、数も多いからね。
が、その前に山吹さんの様子も確認しておかねば。朝から部屋に閉じこもっているとなれば心配だ。ちゃんとご飯は食べただろうか。
下の階を降るのでまずは山吹さんの様子から確認することにした。
滞在してる部屋の前に着いた。ドアをゆっくりとノックしてみる。
…………返事がない。不在かな?
かと思いきやガチャ、と開いた。
ドア越しに山吹さんが隠れている。半分だけ身体を出してこちらを覗いていた。
「紗禄様、お返事頂けるのですか?」
「あー、その話なんだけど。実は約束したのは私であって私ではないんだ」
「…どういうことですの?」
「山吹さんが昨晩に会ったのは私に扮したアイリンなんだ」
「え?!で、でも顔も声もまったく一緒でしたわ!」
「声も?それは知らなかった。どういうわけかアイリンは他人の顔を真似ることが出来るらしい」
「そんな…じゃあ紡いでくれたあの言葉の数々は全部アイリンですの…?」
「実は…そうなってしまう」
「嘘、だって、だって…」
山吹さんは嗚咽を漏らしてその場に崩れ込んでしまった。俯向いており肩は小刻みに震えている。
気分が楽になるように背中を擦ってあげた。
「紗禄様は…?紗禄様は僕の事をどう思いになっているでしょうか」
「嫌いなわけあるもんか」
「なら…!」
「ただ、先に心の中で決めた人がいてね…」
「わかっておりました…。僕なんか出る幕はないのに、突然のことに舞い上がってました」
「よしよし…」
何も言わずに泣き止むまでひたすら待った。
「気分はどう?」
「大分スッキリしました…」
「よかった、私はこれから色々やることあるから、そろそろ行かないと」
「はい、僕は大丈夫ですので。あの、今晩のご飯も取り置きしておきますか?」
「そうだね、残業したらレストラン閉まっちゃうしお願いしようかな」
「はい…お請け致します。それで…あの1つだけお願いがありますの」
「おや、なんだろうか?」
「…芽依と呼んでもらえませんか、一度で良いので」
「芽依、君には泣き顔より笑顔があうよ」
「ありがとうございます…もう大丈夫です!いってらっしゃいませ!」
芽依が泣き止むのを見届けて、次の目的地である守衛室へ向かうことにした。
2階乗組員区画へ向かう途中、芽衣…いや山吹さんから応援のメッセージが送られてきた。
「あ・り・が・と・う!頑・張・る・ね」
携帯でポチポチ打って返信した。おっといけね、気が緩んでたな。
一歩進んで~二歩下がる!
前に進んだと思わせてくるっと後ろを確認してみる。
じ~。廊下に異常は…ない。
この船には牡丹やアイリンといった敵対する人物が同乗しているので、後ろを付けられてないか確認しておこう。
特に牡丹の偏執さは常軌を逸してる。そこかしこにある隠しカメラや盗聴器は全て取り除けてないと考えた方がいいだろう。もしかしたら今も見張られてるかもしれない、そう思うとやはり気色悪いなあいつ。
目的の守衛室に着いた。中戸はマジックミラーで中の様子は相変わらずわからない。ドアをノックする。
「屋処紗禄さんですね、どうしましたか?」
「いかにも私は紗禄。特別捜査官の権限で監視カメラの映像を確認させて欲しい。」
「わかりました、どうぞ中へ」
便利な手帳だ。正直欲しいなこれ。帰ったら返さないといけない。
複数のモニターが並べられた席へ案内される。画面内には船内の様子が映し出されている。
取り敢えず私が寝ていた今日の午前から確認してみよう。録画分を再生してみた。
深夜の2階では自分が山田を追いかけ、牡丹と戦っている様子が収まっている。時刻も収まっているので拝借して雪姫さんにあとで見てもらおう。
通路に煙が出たあと、牡丹の足取りを探ろうとしたが、あるところを堺にして姿が消えた。最後に映っているところでは何やら携帯をいじっていた。多分、山田が作ったあのスクリプトを使用したと思われる。咄嗟に出来ることから船内の構造を誰よりも熟知していることが伺いしれた。
で、ほんとに見たいのは自分が部屋に戻って睡眠をとっている間だ。
朝からナンパをしている長身男がいる。女性を口説いているがボディランゲージから不快感を示しているようだ。船内の客は見て見ぬふりか、日本人らしいな。
すると突如、男の脇腹をどつくもう一人の女性の姿がある。見間違うことはない、雪姫さんだ。
男をどついたあと、雪姫さんとポニテの女性が去った。
そういや食事中に船の中で友達が出来たと言っていた。年齢が近く、同性なので恐らくそうだろう。
どつかれた男性はよろよろと立ち上がり、購買で朝食を購入。食べた後、こりずにまたナンパをし始める。なんだこいつ…。
男性がナンパを再開してしばらく経つと、今度はどこからともなく、線が細く華麗な身のこなしをする男性が現れた。いや、体形をよく見ると骨盤が広く、肩幅が狭いので恐らく女性だ。そういや、前に雪姫さんはホストクラブに潜入したとき男装をしたらしい。
ではこの宝塚みたいな人物は雪姫さんか…!え、めちゃくちゃかっこいい…!
次々から次へと長身男が狙った女性を落とす雪姫さん。見ていて爽快である。
逆上した男が雪姫さんに殴りかかるも、逆に返り討ち。そうなんせ、雪姫さんは学生時代、キックボクシングで大会に出場して優勝を勝ち取ったチャンプだ。あんなチャラチャラした男には負けない。
でも今はもうやってない。何でやめたのか聞いたら「最初はストレス発散だったのに、あれよあれまと大会に出て優勝してしまいました。けど、わたし別に格闘家とかゴリラになりたいわけじゃないことに気付んたんです」と言っていた。
それでなんとなくモデルをしていたらしい。
その後どうしたのか気になるので追うと、私と入れ違いで部屋に戻っていた。
雪姫さんと一緒にいたポニテの女性、誰だろう。気になるので追跡してみることにした。
ポニテの女性は雪姫さんと別れたあと、携帯で話す素振りをしたあと、船内を巡回し始めた。道すがら通行人男性の髭をひっぺはがして投げ捨てた。
「妙だな…」
いやでも、私も同じことしたんだよな。
2階の乗組員区画へ降る。目的地は操舵室…?
「ねぇ、この人乗組員だったりする?」
「確か乗船した女性の刑事さんでしたよ、警視庁から派遣された。探偵さんは刑事さん方とは面識ないんですね」
「全員とはないよー」
守衛に聞いたら女性は刑事だと言う。
藤原宗次郎の仲間か…!
てことは見回り巡回してるのか。
お次は守衛室。あ、時刻はついさっきだ。
「さっき来たんだ、この人?」
「ええ、救護室の方にいる男の身柄を確認していきました」
仕事をしている。おかしくはない…。
続けよう。
廊下を歩いていると突然立ち止まり出した。
「なんだ?」
一人で話しているみたいだ、一体誰と…?
ん?!突然、側の男子トイレへ駆け寄り入っていった!
あ、そこに廊下を歩く私の姿がある…!
こいつ、アイリンだ!!
私が用心深く後ろを確認したあと、出て来るかと思いきや、出てこない。またスクリプトが使われたらしい。これ以降の足取りは掴めなかった。
通信相手は牡丹だろう。あいつが監視カメラで私が来たこと察知、アイリンが鉢合わせしないようにしたんだな。
「収穫ありました?」
「ああ、特大のがね。見せてくれてありがとう。急ぐのでじゃあね!」
藤原の元へ急ごう!全速力で廊下を駆け抜けた。彼の部屋は自分が張った枝が捉えていたので知っている。
部屋の前まで来た。扉は閉まっているが一般客室は鍵がないから開く(これが嫌で部屋のグレードを上げたのにピッキングされた)。
「藤原!!」
扉を開けるとそこにはまるでお通屋みたいな顔をした藤原宗次郎が項垂れてベッドに座り込んでいた。
「屋処紗禄…?!何で俺の部屋を知って」
「それよかお前の同僚女性はアイリンだぞ!」
「知ったのか、だが遅い。手遅れだ…」
「何?!まだダイヤは持ってるか!」
「ああ持っている…、待て何で俺が持っているとわかった?」
「貨物にないなら別の安全な場所にある。それが操舵室でも守衛室でもないときたらだな、筋肉ムキムキマッチョマンの個室しかなかろう!!身分良し!体力、筋肉良し!下手な金庫より断然マシだ!」
「見事だ」
「感心してる場合か!ダイヤがまだ手元にあるのに深刻というのは既に仲間を人質に捉えられたんだろ?!」
「言わなくて理解するのは説明の手間が省ける。だが、仲間には言えない」
「私は別に仲間じゃないから言えるな!言え!」
「トンチみたいだ…。しょうかない…今、頼れるのはお前くらいか。実は本物の一二三が人質に囚われ、ダイヤと交換するハメとなった」
「よし助けに行くぞ!」
「どこへ?まだ相手がどこにいるかも分からないのにか」
「…機関部だ、そこしかない。いくら調べても上階には根城がなかった」
「人目にもつきにくいな、わかったお前は付いてこなくていい」
「何言ってんだ馬鹿、私は私で個人の自由意志で向かうんだよ。仲間じゃないんだから」
「そうだったな…」
「まぁ武器くらい持っていきなよ拳銃くらいあんでしょ、警察官なんだから」
「拳銃は班長が管理してる以上、理由を言わないと無理だ。素手でいい」
「このベッド下にあるハードケースは?」
「目敏いな、いやそれも持ち出せない」
「じゃあ筋肉で闘うの…?ん〜。私は私で準備するからちょっと待ってくれる。3階のエントランスホールに15分後集合ということで」
「仲間じゃないんだろ」
「失敗してもいいなら先に行ってもいいぞ、じゃまた後で」
取り敢えず今は準備が先だ。何か言いたげな宗次郎は後回しにして中山を探す。
中山にも枝を付けておいたので船の何処にいるかは把握できている。
「3階個室か」
よし向かおう。
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「来ないから一人で行こうと思ったところだ」
「ほんとに武器を何を持たず丸腰とは潔いな」
「そういや助手の姿がないな、下手に人数が増えても困るが」
「危ないから置いてきた」絶賛すれ違い中とかは言わんでおこ。
互いに挨拶を交わし地下を目指して階段を共に降る。
「貨物で採取した指紋照合さ、本庁から折り返しのメール来たよ」
「こっちもだ」
「この船さーアイリンがお引き寄せたガチ犯罪者が5人搭乗してんね、ほんとに素手で大丈夫?」
「徒手格闘の心配をしてるのか、大丈夫だ」
「過去に窃盗や密輸の容疑で逮捕された人物を何処からともなく集めて密航させたみたいだ、中には1人殺人の容疑もいる」
「問題ない」
「だといいけど。これはもう船の動力源を征圧されてるものとみていいだろう」
「音を立てずに付いてこい」
「君さぁ、特殊犯罪捜査係なんでしょ?場馴れし過ぎだよ」
「……」
「テロリストや立てこもり犯に立ち向かう警視庁捜査一課の精鋭、特殊犯罪捜査係。私が船に乗船させるならこの駒を選ぶだろうな」
「ん……」
「ユニットとしては最良、しかし余りに実直。私が居てよかったね。あとで感謝しなよ」
「なんのことだ?」
「あとでわかるよ〜」
車両甲板よりもさらに下、船の心臓部とも言える機関部へ到達した。辺りに人気はなく、動力源が唸る音だけが響く。
流石にここまで来て悠長にお喋りはしていられない。
緊張して張り詰めた空気の中、慎重に歩みを進める。
壁伝いに順路を沿う。
「問題は一二三がどこにいるかだ…」
「制御室には元々乗り込んでいた乗組員がいる。彼女が警察官であること踏まえ、下手に同じ部屋にして乗組員と連携を取られる厄介だろう」
「一人だけ別か?」
「人質としての価値が他より高いのでVIP待遇の可能性が高い」
「フェリーには工具を収めた工作室がある。別ならそこかもしれない」
宗次郎は船内に詳しい。肯定こそしないが、やはりそういうことなのだろう。期待を裏切らない男だ。
工作室の手前に来た。
扉の下から明かりが漏れてる。
宗次郎は何も言わず、扉に耳を当てて中の様子を探っている。
「男が…1人。女が2人。うち1人は一二三だ…」
「よし…!」
「俺が先陣を斬る…。お前はもう一人の女を頼む…」
「きっとアイリンだ…!任せとけ…!」
懐から警棒を取り出し、手で静かに伸ばしきる。
宗次郎は指で3,2,1と数えたのち、0になった瞬間勢いよく扉を開け放ち中へ突撃していった。
「なんだ!?」
「何?!」
「何や!??」
中にいた全員が驚く中、宗次郎は同じくらいデカいか、それ以上の大男に目がけてタックルをかました。
「がっ!…は!?」
同じサイズとはいえ不意打ちでは構える余裕はなく、机の上を越して壁際まで打ち付けられた。机上にあった工具や物が辺り一面にけたたましい音と共に飛び散る。
「壬生郎はん!」
「琴音待ってろ!今助け出す!頼んだぞ紗禄!!」
「あいよー!」
そしてついに─────
「ここで会ったのが100年目ってやつぅ?アイリン…!!」
「お前の顔など出来れば見たくもなかった屋処紗禄!!」
目的の女、アイリンとの対面を果たした。
イベントで対峙した以来になる。服装はメイド服ではなく黒のドレスにパンプス、髪は後ろでまとめられてウェーブが掛かっていた。化粧は相変わらず濃い。それに表面というよりも、中身の悪辣さがにじみ出ててブスだ。
隣では宗次郎が大男と揉み合いながら必死に抑えてくれている。
「さぁはやく一二三さんを離せ、あと投降しろブス!」
「うるさい黙れ!誰が投降するものがトンチキ!」
アイリンが一二三さんの喉元に工具で使用しているであろうナイフのようなものを突き立てる。
「ひっ、しゃ紗禄はん!この女を取り押さえるんや!」
「お前は静かにして従え!」
「痛!何すんのや、髪つかむな!」
一二三さんは両手首を縄で拘束されてアイリンにポニーテールを捕まれている。その上、首に刃物を突き付けられている、
こうなると下手に動けない。じりじりと間合いを図りながら隙を伺う。
こうしてる間でも宗次郎改めてミブロが大男と乱戦中だ。ものすごい音が響く。
「他の奴は何をしてる!早くこい!」
アイリンが叫ぶ。しかし仲間は来る気配がない。
「無駄だと思うよ~?」
「何?」
廊下の方から男性の声が複数聞こえる。
「何だお前ら!?」
「警視庁刑事部だ!」
チッ、舌打ちを打つのが聞こえた。
「そういうこと、もう包囲されてるから諦めなよ?」
「近づくと刃が喉に刺さるぞ…屋処紗禄」
まずい、アイリンが一二三を掴んだままわざとこちらへ前のめりのフェイントをかけてくる。
互いにステップを踏みながら小刻みに動き合う。
その間に立ち位置が入れ替わってしまった。アイリンは自分が通路側に立つと一二三をそのまま連れてなんと逃げ出した!
「待てアイリン!」
「追え紗禄!」
ミブロに言われなくとも勿論追うさ!
廊下へ出るとアイリンの手下が中年刑事たちと乱闘していた。
おっさんとおっさんが揉み合う絵図面など微塵にも興味ない。私の目標は後方にいるアイリンの姿だ。
「負けるなよ中山!蕎麦おじ!」
「アイリンは通過しました!」
「そ、そば?!」
人数的に若干不利だが腐っても刑事だ。ちょっと相手が多いくらいではやられないだろ。
しかし人数差の不利からあぶれた手下の1人が私に向かってきた。
「邪魔だボケ!急いでんの!」
バチ!バチンバチバチバチバチ!!眼前で青白い火花、破裂音がする。
「あば!あばばばばばばばばばばっばあb」
牡丹が使っていたスタンガンを回収していたので利用させてもらった。
すげぇ威力だなこれ。感電しなくてよかった。
「中山、工作室でミブロが闘ってる!武器を早く渡してやれよ!」
「はぁい!邪魔を片付けたら渡します、おわぁ!」
中山は警棒で相手に殴られそうなところを受け流す。なんだ一応武道出来るじゃん
。
だから言ったろミブロ?あとで感謝すると。
君が仲間に言うのはダメかもしれないが、私が代わりに伝えて仲間には内密に後ろから付いてきてもらうのは問題ないだろう?
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