第16話 「京阪神の乙女」

【登場人物、簡易早見表】


屋処紗禄、顧問私立探偵。

和登島雪姫、紗禄の助手。本名は霧島。


アイリン、逃亡犯。伊月号に隠されたダイヤを狙う。

黒沢琴音、刑事。偽名、斎藤一二三。婚約者と旅行中という設定。

蕎麦を啜っていたおっさん、刑事。

中山大輔、刑事。アイリンを追跡するため(へたくそな)変装している。

藤原宗次郎、刑事。探偵という設定。ダイヤの運び屋役を務める。

牡丹一禾、乗客。サイコクレイジーレズ。略称PCR。

龍宮寺レオ、乗客。手当り次第ナンパしていたホスト。

山田二郎、乗客。アイリンを最推しにしてる独身未婚成人男性。

山吹メイ、乗客。紗禄と雪姫をガチ推しているファンのメイドさん。






一二三(本物)視点 一日目午後夜~三日目午前


暗い。それに埃っぽい。でも姿は見えてないはずや。

まだ箱の中に物があって狭いし、痛いねん。

緊張のせいかめっちゃ胸がドキドキするんけどここは我慢や。


「進捗どうですかー」

「今、中身の検品をしている最中だ。ん?後ろにいるのは…」

「和登島雪姫です。屋処さんの助手をしています。あのどちら様でしょうか」

「失礼した、俺は藤原宗次郎。あんたらと同じく探偵をしている」

「という設定の刑事一人目だぞ〜」


ぷふ…宗次郎はん、もう正体バレてるやんけ。あの人、根っからの刑事やし、隠し通すの無理やろとはおもっとったわ。だってもう見かけからして自分刑事ですから、ってアピールしとるもんな、存在が。

あの顧問私立探偵さんがいるんなら雪姫はんもおるはず。

そう思って咄嗟に木箱の中に隠れてしもうた。こうなると今から出るに出られへん。仕方ないから事の成り行きを木箱から見守るで。


斎藤一二三は婚約者と一緒に乗船したただの乗客。100歩譲って宗次郎はん、探偵役だからこの車両甲板にいてもいいかもしれへん。けどうちが今この場におったらそれはおかしいやろな。自分でもそんなこと分かってるんや。

何より雪姫はんに噓を付いていた後ろめたさがあったん。雪姫はん気が合いそうで親しい友人になれる人やと思う。だから、仕事とは言え、友人に嘘をつくのはうちのプライドと良心が許さへんのや。



「そうとも言う。ん、あれ、ここに何か似たような道具があんぞ」

「それは俺のだ、触るなよヤカ」

「ジローのか、やはり君はただの探偵ではないのでは」

「…さぁな、作業に戻るからお前はあっちでやれよ」

「え〜、一緒に作業しないのソージ♡」

「…しない。向こうへ行け」


宗次郎はん、演技下手やからなぁ…。それにして何だか顧問探偵さんと仲良さげでうち、ちょっと焼けちゃうわ。


箱の隙間から雪姫はんを見つめてみると屋処はんの後ろで現場を眺めたり、手伝っておる。頑張れ雪姫はん!

それにしても傍目から見ても綺麗やなぁ…。睫毛長いし、肌白いし、髪長くて綺麗。化粧も薄いのに映えとるのは顔立ちの良さを感じるわな。正直何時間でも見つめても飽きへん。


「まずはこの木箱から調べよー」


え、ちょちょ、待って!今この箱を調べるの堪忍してくれへんか?!

あかん!あかんて!この箱、今はうちが入ってんねん!開けたら見つかってしまうで!


「待てヤカ、それは俺が目星をつけていたやつだ、他のにしろ」

「えーどれでも同じでしょう?まーったく嫌な感じ〜」


ナイスや!すまんな屋処はん、宗次郎はんも別に悪気があったわけじゃないんや。うちのフォローしてくれてありがとな。


「それ、刑事ドラマで見ますけど何ですか屋処さん?」

「あーこれ?これはね粉末法というものだよ」 

「粉末法?」

「うん、銀白色のアルミ粉末を付着させて指紋が見える様にするんだ」

「指紋が出るんですね、でもどうして?」

「皮膚の表面から分泌される水分、皮脂、無機または有機成分なんかに粉末が付着すると、降線の盛り上がりが浮かび出てくるためだよ」

「なるほど…」


屋処はん詳しいんやなぁ。

補足するとこの粉末法、目に見えない潜在指紋を浮かび上がらせるためのものや。

指紋の隆線は名の通り、溝口の突起部分がスタンプやハンコの様に接地面として浮かび上がるんや。

インクの役割となるのが皮膚の汗口からでる皮脂や分泌液やで。


対して宗次郎はんは…、めっちゃ苦戦しとる。

あの人、繊細な作業が苦手やもんなぁ。見るからに力仕事の方が得意やし。

あーポンポン(白くてふわふわとしたハケ)を押し付けすぎや!


「成果はありましたか?」

「まぁそれなりに、採れた指紋を本庁のデータベースへ送って照合してもらおう」

「お疲れ様です」

「雪姫さんもね。じゃあそーじろー、私達は先に上がるわー。おっつー」


 「ん?、あぁ…」


現場から屋処はんと雪姫はんが引き上げていく。またな雪姫はん、今度お茶しようや。

屋処はんの手際よらい良かったなぁ。どこで覚えたんやろ。自分で練習とかしとるんやろか。うちは配属されて研修受けるまで何も知らんかったわい。


さて、そろそろいったかいな?


「もう出てきてもいいぞ、琴音」

「…ほんま?」

「ホントだ、屋処紗禄と和登島雪姫はもうこの場にいない」


木箱の蓋を開けて出るとそこには宗次郎はん以外の姿がなかった。


「乗務員さんもおらんのか?」

「点検を終えて引き上げた。後の片付けは俺が引き受けといた」

「そうなんか、それで指紋採取の方はどうや壬生郎はん?」

「残念ながら俺の手では上手く採取が進まない…」

「しょーがないなぁ壬生郎はん~、この琴音様に任かしとき!」

「鑑識課配属だからな、頼んだぞ」


既にレストランも浴場も閉まってもうたが仕事で来た以上はしょうがない。

頑張るやで…!なんだってうちは鑑識なんやからな!


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一通り終えた頃、既に零時を過ぎており気力的にもくたくたやった。

「ふぅー…、大体終えたで!ほぼうち一人やからこれ以上は無理や」

「ご苦労様、貨物もこのままにしておけないからコンテナへ戻すぞ?」

「ええで、頼んだわ壬生郎はん」


壬生郎はんが身の丈もある木箱を容易に持ち上げてコンテナの中へ戻していく。


「は~やっぱすごい筋肉やね~」

「気が散る…」


眺めている間にあっという間に片付けてしまった。

「うちお腹ペコペコや~」

「俺も腹が空いた、班長の部屋に冷蔵庫が備え付けられてる。何かしらの冷凍品もあるだろう」

「班長は四人部屋なんやっけ、いいわな羨ましいで」

「実際には持ち込んだ機材や中山と相部屋だからスペースは余ってないらしい」

「せやか、まぁほないこか」


うちらもその場をあとにした。


程なくして班長の部屋についた。

壬生郎はんがドアをノックする。

「失礼します藤原です」

「斎藤一二三入りますん」

「おー!入れ―お前ら」


扉を開けると班長こと久保はんが蕎麦を啜っとった。

久保班長は警部なので階級が船の中では一番高く、この班の指揮をしとる。年齢も1番上や。最近は頭髪の薄さを気にして壬生郎はんや中山はんをうらやしがっとおねん。ちょっと内心で笑ってまう。

そのためいつも部屋に籠って皆からの報告を受けてまとめとる。

部屋の中は無線通信用の機材や私物などの荷物で溢れってとぉ。


「久保班長、貨物の捜査を一通り終えました」

「ご苦労だったな藤原!斉藤!」

「班長いつも蕎麦食べとうない?」

「腹持ちがいいからな!お前らも食うか?冷蔵庫にまだあるぞ。休んでおけ!」

「わぁ!頂きますん!」

「頂戴します」

「あと今夜の宿直は中山だからそのまま寝ていいぞ」

「はいぃ!」やった、疲れてへとへとやで。


冷蔵庫を開けると冷凍の蕎麦がいっぱいストックしてあったん。中から自分の分と壬生郎はんの分を取り出しとぉ。


そのまま給湯室へ向かい、電子レンジを借りて解凍しとうた。


「おいひいね宗次郎はん」

「ああ」


休憩スペースを借りて夜食の蕎麦を一緒に啜る。既に深夜のために人気はなく。うちらが蕎麦をズルズル啜る音だけが響き渡ったとる。誰も見てないなら少しくらいはいいやろ。


「宗次郎はん、口開けとお」

「ん、なんだ」

「いいから」

「ふー、ふー、あ~ん♡」

「…………」

「うちがふーふーしたお蕎麦食べてくれへんの…?」


あ、食べとうくれた!宗次郎はんみたいな大きい男の人が素直に啜ってくれとうのおもろいわ。

会話こそあまりないへんけど、一緒にお蕎麦食べれて嬉しか!


その後は自分の部屋に戻っとおた。宗次郎はんは隣の部屋や。


「シャワー浴びれへんかったな…、くんくん。うち臭くないよな?」


明日は朝一で浴場行こ…。さぁ寝よや。電気消して、就寝や…。今日は初めて乗る船に、鑑識作業でくたくたや。

おやすみやで…。


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「…み、一二三…。起きろ。船内で動きがあった」


…ん、宗次郎はん?扉越しにおるみたいや。……今何時や?深夜3時?一体なんや。うちまだ全然眠いへんけど…。しゃあない起きよ…。

寝ぼけ眼を擦りながら上着を羽織る。


「ふぁ、宗次郎はん。何が起きとぉ…」


扉を開けるとそこには見知らぬ女性の姿あった。女性は笑みを浮かべてこちらを見つめている。長い黒髪には赤と青のメッシュが入っとる、釣り上がった眼、通った鼻筋、派手な赤い口紅。下に視線を降ろすと服の起伏からわかる大きな乳房。羨ましい…。

黒いドレスながらスタイルの良さと細さがある。


一体誰や?…いや、見た顔だ。ニュースや新聞で飽きるほど。


「あいり…」

その名を言う前に突如横から誰かに掴まれる。

呟くことが出来へんかった。

アイリンの隣に控えていたのは、驚くことに壬生郎はんに匹敵する体格の大男がおった。もしかしたら壬生郎はんより大きいかもしれん…!

そんな大男に首を絞められようものなら到底かなわへん。


「…!……!!」


精一杯の抵抗を試みたけど、うちの腕力では相手の腕をどうやっても離せんかった。

首を捕まれて持ち上げれてしまってはどうしようもなん。

声を出すにも出せなく、息が苦しい…!

隣の部屋の壬生郎はんに助けを求めなあかん!

思いっきり壁を消し飛ばしてやったけん。

ガン!と鈍い音が響いた。お願い気付いて壬生郎はん…!


「…なんだ一二三。…寝ぼけてるのか?」


壬生郎はん…!!壁越しに応答しとった!ちゃうで、うち今ピンチなんや!


「ごめん宗次郎はん…うち寝相悪いねん…」


え?ちょい待ちや!アイリンおま、何うちの声真似しとうねん!あんた、人の声帯模写が出来るんか…?!


あかん、意識…遠退いて…きた。


うち寝相悪くないで…。


ないで…。


いて…。


…………。


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喉が乾いとる…。水飲みたい…。

また寝ぼけまなこながら意識が戻った…。

ここは…?


「うっうぅ…」


辺りを見回すと工具がいっぱいある。どこや…?

!!あのでかい大男もおる…。


「起きたか?机に食料と水がある。好きに食え。逃げるなよ。逃げる素振りを見せたらアイリンから痛めつけていいと言われてる」

「なんやて…?!」



そんな…うち、逆に捕まっとうたんか…!?

壬生郎はん…。助けにきておくれやす。


船の中で揺れを感じる。ここは船底の方やろか。わからへん。もしかしたら外の天気が荒れてるのかもしれん…。


手首には縄が硬く結ばれとる。

懐を確認すると携帯も手帳もない。


「お前の荷物はこちらで預せてもらった」


男がうちに告げた事実に落胆するしかないで、こんなん。


今のうちは無力や…。

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