第15話 「無貌」

【登場人物、簡易早見表】


屋処紗禄、顧問私立探偵。

和登島雪姫、紗禄の助手。本命は霧島。


アイリン、逃亡犯。伊月号に隠されたダイヤを狙う。

斎藤一二三、乗客。婚約者と旅行中。

蕎麦を啜っていたおっさん、刑事。

中山大輔、刑事。アイリンを追跡するため(へたくそな)変装している。

藤原宗次郎、乗客。探偵(自称)らしい。

牡丹一禾、乗客。サイコクレイジーレズ。略称PCR。

龍宮寺レオ、乗客。手当り次第ナンパしていたホスト。

山田二郎、乗客。アイリンを最推しにしてる独身未婚成人男性。

山吹メイ、乗客。紗禄と雪姫をガチ推しているファンのメイドさん。



一二三視点 二日目正午~午後。


宗次郎の間抜けは見物だった。あのような精強な男の呆けた顔は中々に面白かった。

霧島雪姫とはその後別れて、役割として巡回を行なわければならない。


廊下を歩く道すがら、船にいるには不釣り合いな小動物を見つけた。

首根っこを捕まえて持ち上げる。

つぶらな瞳に長い耳、毛玉みたいな身体。

まごうことなきウサギだ。


「ななこ~」


耳障りな甲高いが聞こえた。目の前の兎が喋るわけもなく、廊下の奥から女児がおぼつきながら走ってきた。兎と幼児を見比べる。大方あのチビのペットだろう。


「ななこ返して!」

「おいチビ、人にものを頼む時はもっとへりくだえ」

「へりくだ…?」

「敬え、下手に出ろ、大人に対してわきまえろ」

「ひ、か、返して…くさしゃい…なな…」

「ああ?」

「ななこ…返して…ください」

「ほらよ」


首根っこを掴んで震えていた兎を女児へ差し出す。重いし腕が疲れる。もういいだろう。

後ろから保護者と思われる母親がこちらへ駆け寄る。

「すみません、うちの子が不手際でペットルームにいたななこを逃がしちゃって…」

「そうなんか、そりゃ心配やったろうなぁ。お嬢ちゃん次から気を付けなあかんで」

「ひっ…」

「あらどうしたの?」

「きっと逃がした兎さんを捕まえられて安心出来たんやろう?お姉ちゃん忙しいからほなまたな」

「ありがとうございます。ほらお姉さんにお礼は?」

「…………」


女児は兎を抱きしめて今にも泣きそうな面をしている。めんどくさい、この場をあとにしよう。


パブリックスペースの見回りは大方済んだ。

次は2階の従業員スペースへ移動する。

階段を降りる途中で中山とすれ違ったので、へたくそな変装をなじろうと思い、付け髭を引っぺがし遠くへ投げてやった。あの慌てようは滑稽だった。


乗務員区画の2階まできた。操舵室へ向かう。


鉄製の扉をノックする。

中にいた航海士が気付き、ロックを開錠して開けた。


「ご苦労様です。黒沢刑事さん」

「お疲れ様ですわ。今のところ変ったことや不自然なことはありましたん?」

「あ、実はですね、我々の制服を着用して2階にいたところ身柄を拘束された男性がいました。何でもあの顧問私立探偵さんが見つけたらしいですよ。またスタンガンで武装していたぶっそうな女性がいたとも。あとは女性をやたらと口説く男がいたとか、宝塚のスターが搭乗してると噂になってるみたいです」


山田も牡丹も失態を犯した様だ。手駒としては急にあつらえた中ではそこそこ使えたが、あの探偵相手だと戦力にはならないときた。

愚図共が、揃いも揃って使えない…。

船内の錯乱用に龍宮寺を充ててみたが、霧島雪姫の男装に目の前で負けやがって、あいつはほんとに使えない。


「男性は何か話しました?」

「その何故かスタンガンの打撃を受けて痺れてるみたいなんです。よほど食らったのか舌が痺れてまだ話せないみたいで」

「一先ずは様子見やね、女性の行方はわりましたん?」

「それが監視カメラの映像を確認したところ、あるところを堺に、姿が途切れてしまい行方不明です」


山田の作ったスクリプトが上手く機能しているということか。あのナード、後方のバックアップとしては優秀じゃないの。その点は評価してあげましょ。


「一体どうなっているんだ、この船は…」

横からこの船の船長が口を挟んできた。齢は50代後半の男性。見かけはダンディズムが溢れる海の男っといったところか。


「警視庁から派遣された我々捜査員が船内の秩序をお守りしますのご安心くださいやで!」

「元気の良いお方だ。娘とそう変わらない年なのにしっかりしてる」

「はい!うちは元気が取柄なんで!ほなお仕事として操舵室の点検もさせてもらってよいですか?」

「ええ、どうぞ。でも機器類にはお手を振れない様にお願いします」


操舵室、船の指揮系統を司る重要な場所。セキュリティは船内においてトップに高い。

ダイヤがある可能性は高い。

…………。

………。

……。

…。


ない。ここじゃない。では一体どこだ?


「盗聴器や監視カメラの類は確認出来まへんでした」

「おお、それはよかった」

「それでは失礼しますん」


操舵室は一旦後回しにする。


船内において安全性を保たれた場所にあるのは確かなはず。

次点として守衛室へ向かう。


扉をノックする。中戸はマジックミラーなのか廊下からは中を伺うことが出来ない。

しばらくしてドアが開錠されて中から守衛が出てきた。

「黒沢刑事ご苦労様です」

「お疲れ様やで、乗務員になりすました男がいたとの報告を受けて確認しに来ましたやで」

「ああ、なるほど。男は隣の救護室にいます。こちらへどうぞ」


男性の守衛に案内されて救護室へ。

ベッドに横たわるのは確かに山田だ。意識はないのか寝ている。腕や胸に包帯を巻いてある。

犯罪性があると判断されたのかベッドの柵と腕を繋がれている。


「火傷していたので治療しました。持ち物は守衛室の方で保全してます」

「あとで見せてもらってよろしゅう?それから男の特徴を班長へ伝えるので紙とペンを貸してもらえまへんか」


メモ帳で特徴を書くふりして山田に言伝を残しておく。

それから拝借したクリップで山田の腕に繋がれた手錠を開錠しておく。正直こんなもの構造を知っていて道具があれば1秒で開錠できる。


山田の荷物にも確認するふりをして脱出の手順を書いたメモを入れておく。


仕込みとしてはこんなとこでいいだろう。あとは山田が目を覚ませば勝手に行動するだろう。

しかしここにもダイヤはない。金庫でもあるかと思ったがなかった。

まさか事務机の簡素な鍵付きの引き出しにあるわけでもないだろう。


船長の個室はどうだ?あり得るはずだ…。

思案しながら歩いていると耳に入れていた骨伝導イヤホンに着信が入る。


「…様…牡丹です…」

「牡丹、お前失敗した様だな」

「ご、ごめんなさい…。手こずりました」

「今まで何をしていた」

「右手を警棒で殴られてしばらく何も出来ませんでした。まだ腫れも引いてなくて」

「まだ左手があるだろう、仕事をしろ。成功しなければ小鳩由香の現住所は教えない」

「はい…。さっそくなのですが屋処紗禄がそちらへ向かっています」

「何?!それを先に言え馬鹿…!どっちからだ…?!」

「前方左手前から、このままだと鉢合わせします」


よりによってあいつか。些細な痕跡でも怪しまれる。


「そこに男子トイレがあります、今は中に誰もいません」


まさか男子トイレまで調べはしない…はずだ。

素早く扉を開けて中へ入る。中は牡丹の言う通り誰もいない。


「いま屋処紗禄が廊下を通過中です。あ、男子トイレの手前で止まりました」


なぜ…?!あいつの目はサーモグラフィーでも付いてるのか。


「携帯を見てます、着信か通信があったのかもしれません」


偶然か…?タイミングが出来過ぎている。


「行きました…廊下を渡り切り、角を曲がりました」


行ったか。なんなんだあいつ。すぐに出よう。


「待って…!何故か後退して角から先ほど歩いた廊下を確認してます!」


な…!?認知されてる…?いやばかな。待て、あいつは探偵。尾行をいの一番に警戒するはず。


「気が済んだのか、今度こそ向こうへ行きました。今度こそ出ても大丈夫です」


廊下には人気がない。この階にはあいつがいるため上の階へ一先ず移動しよう。


3階にまで来た。人気のない場所を選んで置かれたソファーに座り込む。

さてここまで調べたがまだダイヤのある確定的な場所が見つかってない。


前提としてこの船に積まれたのは警察筋の情報屋から買ったネタが嘘でなければ真実のはず。

これまでに調べたのは貨物、操舵室、守衛室、これらのいずれにもなかった。機関部はすでに見て回ったがないときた。

1~2階になければそれより上の階にある可能性が出てくる。

しかし、4~6階はパブリックスペースのため乗客の出入りがある。その様な場所には貴重品は置けない。となれば、個室。宿泊するための部屋の方が可能性はある。

3階はまだ見てない。ここは主に乗客が寝泊まりする部屋が主だからだ。

もしかしたら乗客の誰かが持っている?


今なりすましている斎藤一二三という女。正確には黒沢琴音という氏名らしい。藤原宗次郎という男性刑事とは婚約者を演じている設定であることが手帳に書いてあった。持ち物は警察手帳、警棒、手帳、貴重品。拳銃は無かった。個人ではなくどこかに一括で保管してるのかもしれない。


仲間がいるのは明白。

運び屋を務めるとしたら男性警察官に違いない。


一二三の相手役とかいう藤原宗次郎という男。体格がよく、身のこなしも隙が無い。

部屋ではなく誰かに任せるとしたらあいつに持たせるのが一番盗まれたり、奪われる可能性が低いだろう。真正面で力づくは一番無理な相手だ。


決めた、あの男の部屋に行こう。

搭乗した刑事たちは乗務員同様にシフトを組んで当直に当たっている。あいつは今夜が当番だと盗聴無線で聞いた。


部屋の前まできた。ドアをノックする。

藤原が出てきた。

「どうした一二三。ん、もう夕方か。じゃあお前の当番は済んだんだな」

「せやで、なぁ宗次郎さん。お茶でもせぇへんか?」

「お茶?…まぁ当番の前までならいいが、カフェに行くなら待ってくれ」

「自販機で飲み物買ってきたで、中入っていい?」

「中に?」

「だってうちら婚約者なんやろ?」

「確かにそうだが、狭いぞ」

「かまへん、お邪魔するで」


個室なので2人で入ると身動きするにはほんとに狭いが好都合だ。


「せっかく2人で話すならマイクの電源おとしとこや」

「いやしかし」

「細かいことはなしやで」


強制的に切ってやった。


「宗次郎さん、膝の上に座ってもええ?」

「なに?それはダメだ…」

「でも今更やろ?えい、ほら座っちゃった。宗次郎さんの太もも固いなぁ。筋肉でぴちぴちやん」

「ばかお前、琴音…!」

「なぁに宗次郎さん?嫌なの…うちのこと」

「そうじゃない…。だが変だぞ」

「なんやろ?うち変な気分やねん。婚約者なんて役なんて分かってるのに…」

「琴音…?」

「この気持ちは役じゃないやねん、宗次郎さん。うち確かめたい…!」


面構えは悪くない。嫌いじゃない。…わりと好みだ。それでいて筋肉質。

少し遊ぼうか。顔を互いに眼前まで近づける。吐息がかかる距離。


「琴音…」

「宗次郎さん…」

「俺の名前を本名で呼んでくれ」

「え?」

「役じゃなくて本名がいい」


本名は黒沢琴音の手帳には書いてなかった。しまった…わからない。


「どうした、何で本名で読んでくれないんだ」

「……恥ずかしい」

「猿芝居はそこまでにしろ」


突如、宗次郎から右手首を捕まれた。


「宗次郎さん何するで」

「お前は琴音じゃない。…アイリンだな。まさか声も顔もそっくりだとは」

「アハ、ハハハ、ハ八ハハ」

「本当の琴音はどこだ…!!」

「教えてあげない。でもダイヤをくれたら教えてあげてもいいで?」

「ダイヤはやらない、このままお前を捕まえて終わりだ」

「うちに何かあったら仲間に本物を殺すように伝えたけん」

「なっ⁈」

「何の考えもなしにわざわざあんたの個室に来ると思たさかい?」

「やめろ琴音の声と顔を真似するな…!」

「あぁダメ宗次郎さん堪忍さかい…、うちもうダメや…、あかん!あかんて…!好き♡好き♡うちのこともっと求めてつかさい!!」

「やめろ!琴音の真似をしてその様な台詞を言うな!」

「じゃあ離してくれる?」


スッと捕まれていた手首から力が抜ける。

手元を見ると握りしめられていた手首が赤くなっていた。


「このまま手首折られると思ったやん」

「要求は?」

「今夜の深夜0時にダイヤと本物の黒沢琴音を交換しよや、場所は甲板デッキ。お前は仲間呼んだらあかんで。姿見えたら殺すと思いなはれ。伝えるのもダメやで」

「…失せろ」

「おおきに~」


一旦、宗次郎の個室から撤退することにした。

あの顔が歪むのがたまらない…。

アハ、ハハ、ハハハハハハハハハハハハ!!





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る