第13話 「EGOIST」
【登場人物、簡易早見表】
屋処紗禄、顧問私立探偵。
和登島雪姫、紗禄の助手。
アイリン、逃亡犯。伊月号に隠されたダイヤを狙う。
斎藤一二三、乗客。婚約者と旅行中。
蕎麦を啜っていたおっさん、刑事。
中山大輔、刑事。アイリンを追跡するため(へたくそな)変装している。
ナンパしていたチャラい男、乗客。
藤原宗次郎、乗客。探偵(自称)らしい。
山吹メイ、乗客。紗禄と雪姫を推しているガチファンのメイドさん。
紗禄視点 一日目午後、夜~二日目午前、朝
部屋にあるふかふかで柔らかいベッドが恋しいが仕事をすることにした。
日中に仕掛けた枝が思わぬ収穫を施してくれたのでもう少し数を設置をして知覚を増やすことにしよう。宿泊してる部屋が4階のステートルームなので、この階から上に向かって巡回しつつ細工をする。
船の中は人気がほぼない。夜の10時を過ぎるとレストランも浴場も閉まってしまう。
普通の乗客達は皆、それぞれの部屋でくつろぐ時間である。
アイリン側が何か小細工するとしたら夜の方が可能性が高い。
アイリンとの対決に雪姫さんの力は必要不可欠なので、今はまだ力を温存してもらおう。
なるべく良いコンディションでいてもらいたい。
その様なことを考えながら辺りを散策しつつ、枝をつけるのに良さそうなベストポジションを見つけた。撮影コーナーの写真を取るパネルだ。船のマスコットキャラクターらしき饅頭に顔が付いた奇妙な生物が描かれている。片方は生地で出来た帽子を被っていたので中に仕掛けようと手に取った。
「んっ?これは…」
手に取ると肌触りに奇妙な点がある。
「綿の中に何か固いものがある」
帽子をいじくりまわして観察してみると一か所だけ生地がわずかに裂けたあとがある。ご丁寧に黒い糸で刺繡して塞いでいた。
「妙だな」
マルチツールを取り出し携帯式の鋏を使い、刺繍した糸を切る。中の綿から固い異物を手繰り寄せて裂けた穴から取り出してみた。
「やはり盗聴器」
実は雪姫さんが晩御飯を取りに行ってる間、部屋にあった物の配置がズレておかしかったので観察したところ監視カメラと盗聴器が何個も見つかった。
扉は閉まっていたはずなのでピッキングされたと思われる。鍵穴にライトを照らして確認してみたところ引っ搔いたような細かい傷があったので間違いない。ふてぇ奴がいたもんだ、私と雪姫さんのプライバシーを侵害してくるとは。見つけたらただじゃおかない。
ここには自分で仕掛けていない。別の誰かが私と同様に枝を張るために仕掛けたというのが妥当だろう。アイリン自身かわからないが、この様なみみっちい作業をあの女がやるとは思えない。なので恐らく配下の手下かと思われる。
「まだ他にもあるかもしれない」
他の場所もよく調べてみよう。
まずは給湯室。ここではカップ麺などのインスタントの調理をするためお湯沸かし器が設置されている。コードを辿るとタコ足配線に付けてある。
「他の電化製品もないのにタコ足が付いてあるのは不自然だな」
これまたマルチツールでプラスのドライバーを取り出しネジを外してガワを取り除いてみる。
「あった」
やはりこいつも盗聴器だ。こう続くとなると偏執的な人物の仕業なのだろう。
パブリックスペースで人が集まって談話するような場所は特に良く確認した方がいい。
喫煙ルーム、売店、コンファレンスルーム、自販機、どこにも盗聴器とカメラが一つ以上設置されていた。
数が多すぎる。これは1人でやるとなると時間がかかりそうだ。人手がいるな。守衛室へ現物を届けて事情を説明しよう。
一旦、従業員区画の2階へ向かうことにした。
2階も今の時間は同様に人気はない。この時間だと夜間哨戒の担当以外は乗務員も休んでいるのだろう。
見取り図で守衛室を確認して向かう。
向かう最中、休憩するためのロビースペースを通りかかったが男性の乗務員がノートパソコンを弄っていた。船の中は電波の繋がる場所が限られるので出てきたのだろう。
…ん、あの顔どこかで見たことある気がする。
歩みを一旦止めた。辺りは静寂としている。そのため男がキーボードの弄る音だけが空間に響く。
ふと音が鳴り止む。ノートパソコンの蓋をパタンと閉じた。
席を経ったのか私とは逆の方へ向かった。
「なぁそっちは女子区画じゃないのか?男子区画は向かうだろ?」
「や、夜食がまだなので売店へいこうかと…」
「なら乗務員向けの購買がある、そちらは上に向かう階段だ。なんで乗客向けの購買へ向かおうとしたんだい独身未婚!」
その顔、あのイベントにて雪姫さんにまとわりつき、アイリンの信者へ転向した独身未婚に間違いなかった。
「…!!」
「待て!」
独身未婚がなぜ、今ここで乗務員の服装をしているのか?それはアイリンの手先として動いているからに他ならない!わたしは駆けだした独身男を追った。
追ったのだが…、なんだろう足遅いのやめてもらっていいかな。
ここは俊敏に逃げる相手を追いまわしてかっこよくチェイスするシーンなのだが、独身男は脚が遅い。
私でも余裕で追いつける。成人男性の50m走は平均7~8秒のところ、独身未婚は15秒くらいだろうか。これは女子の平均より遅い。なんか脇腹抱えて走っているし、普段から運動してないんだろうな。小太りだし。あとなんか体臭臭いなあいつ。
「おらぁ!」
「ひぎぃ!」
追いついたところで膝裏に蹴りを入れて転がす。未婚はそのまま転がったのち壁に激突した。
「はぁはぁ…、さぁ何しにここへきたか教えてもらおうか」
「痛い!何するでござるか?!」
ござる?あれこいつこんなキャラだったか。
ふと懐に入れてた携帯が振動したので手早くチェックしてみた。
雪姫さんからだ。気にかけてくれてるみたい。早く戻りたいな。
その隙に独身が逃げようとする素振りをみせた。
「ほんとに痛い目に合わせてもいいぞ」
懐から携帯式警棒を取り出す。伸縮するため勢いよく振ると収納されていた棒が伸びる。
威嚇がてら壁へ勢いよくぶつける。ガン!と鉄製の壁に打ち付けると中々に良い音がした。
「ひぃぃぃぃあああ!何でも喋りますからお願いぶたないで!」
「お前の何でもは特段嬉しくはないが、取り敢えず話せ」
「実はその、監視カメラの映像にさ」
「話しちゃダメですよぉ、クソ豚未婚さぁん?」
通路の脇から女の声がする。この声、まさか…!?
「久しぶりですね探偵さぁん?」
「お前はサイコクレイジーレズ!!」
「牡丹ですぅ、酷くないですか人のことをレッテル貼りみたいな呼び方して」
「君がした事に比べればマシだ、小鳩さんはあれから夜に暗くした部屋で寝ることも出来ないほどPTSDを負ってしまった」
「小鳩ちゃん!お前さえいなければ小鳩ちゃんはあのままワタシのものだったのに!!」
「今は同じゼミの白崎くんと寄りを戻したらしいぞ、もうお前が会うことは二度とない」
「うわあああああああああああああああ!!」
突如サイコクレイジーレズ略してPCRが半狂乱に叫びだした。情緒不安定にもほどがある。これだからメンヘラは困る。
右手をスカートのポケットに伸ばす動作が見えた。嫌な予感がする。
すかさず独身未婚の襟首を掴み、前に差し出して盾にした。
「へっ?あ、ちょあばばばばばばばばばばっばあb」
眼前で青白い火花が独身未婚越しに発火するのが見えた。
独身未婚は痙攣しているのか小刻みに震えている。
「スタンガン!そんなもの許可もなくよく持ち込めたものだ」
小鳩の右手には発火してバチン!バチン!と大きな音を出すスタンが握られている。
「あのレムによればこんなの朝飯前よ、仕事が成功すれば小鳩ちゃんにも会わしてくれる!」
レム?気にはなるが今はそれどころじゃない。
第二撃が来る。もう一度独身未婚を前に掲げて盾にする。
「ぎゃああああああああ!痛!痛い!死んじゃうやめて!!」
「紗禄うぅぅぅぅお前を殺してやるぅぅぅぅぅ!!」
「頭の検査した方がいいぞPCR!!」
次から次へとくるスタンガンの攻撃を独身未婚で防いでいるがいつまで持つかわからない。
警棒で応戦したいところだが、手元に振れてしまうと電流が感電する。
「しねぇぇぇぇ!」
牡丹がステップを効かして回り込んできた!かくなる上は。
「いけ独身未婚!」
こいつを牡丹に向けた突き出す!
「?!きゃあ!邪魔よデブ!」
そのまま図体が重くて邪魔な未婚独身が牡丹に倒れ込む。何度も痺れたせいか意識がもうない様だ。牡丹、お前の自業自得だ。
「探偵を舐めるんじゃない!」
動けないところを躊躇なく警棒を振りかざして牡丹がスタンガンを握っている右手に対して振り下げた。
バキン、と中々に良い音がした。クリティカルヒットといったところか。
「ぎぃいい!!」
牡丹が声にならない悲鳴を上げる。右手が赤いを通り越して青ざめている。
「内出血だ、筋肉組織まで打撃が届いた。最悪、骨まで折れてるかもな。大人しく投降しろ。出ないともっと痛い目を見る羽目になる」
牡丹の目には敵意がまだ消えずにいた。…自分が小鳩のプライバシーを侵害して会えなくなったのにまったく反省してないらしい。世界が自分中心に回っていると勘違いしている。
「なぁどうしてお前の様な女は自分から手を出したくせに、いざ状況が悪くなると被害者面出来るんだ?なぁ教えてくれないか?ん?おいどうした何か言ってみろ」
遠くから足音が聞こえる。恐らく騒ぎを聞きつけて守衛か哨戒担当が来たのだろう。
足音に一瞬だけ気を取られたその隙、
カラン───と甲高い金属音が響く。
地面に転がったスモークグレネードを見るのはこれで二度目だ。
辺りが突如煙に覆われる。今回は狭い船内の通路なので煙が充満する速度も早い。
「待て!」
「覚えておけ屋処紗禄!」
牡丹は絵に描いた様な捨て台詞を吐いて、重しになっていた独身未婚を蹴り捨てて逃げた。
このまま彼を置いてしまうと煙で喉を詰まらせて窒息もありえる。
人命を優先しよう。煙から引き離すべく襟首を掴むがなんせ重い。
「うわ!なんだこの煙?」
「火事か?!」
ちょうどいい、男性の乗務員が2人来てくれた。腕には哨戒の腕章がある。
「火事ではないがここに倒れている人がいる!手を貸して欲しい!」
哨戒担当の男性乗務員が2人の手を借りて独身未婚を救護室まで運ぶことが出来た。
一連の顛末は自然と顛末が守衛室まで連絡が行き渡わたり、船には不当な盗聴器、監視カメラがあること。アイリン以外の不信な人物が乗り込んでいることの情報を共有することができた。
「あー…疲れた。独身未婚のノートパソコンを見とくか」
救護室のベッドで安静に独身は寝ている。寝ているため彼の手を借りて指紋認証を突破するのに使わせてもらった。
パソコン内のフォルダをあらかた漁ってみる。
すると興味深いことに監視カメラの映像のファイルがあった。
「ハッキングしたのか?」
どうやったのか映像をダウンロードしたみたいだ。
「こっちは何の変哲もない映像だな」
何点か何ともない映像だけまとめてある。
もう少し詳しく見てみる。
晩御飯前に調べた貨物前の車両甲板を映したものがあった。
「アイリン!」
やはりいた。映像には男たちが作業してる後ろで眺めている女の姿、確定的に明らかなアイリンの姿がある。
「そうか変哲もない方はループ用のダミーファイルで、アイリンが映っているのは監視カメラの原本なんだ」
船に工作員を潜ませて、自身の存在を隠匿する気か。しかし、これで一歩近づいた。
未婚が寝てる間に荷物を漁ったところ、財布に身分証があって本名は山田二郎というらしい。IT会社のエンジニアをしているのか。
「ラーメン屋か芸人みたいな名前だな」
まぁこいつについては起きてからだな。
気が付くともう夜を通り越して朝だ。
救護室を後にして自分の宿泊してる部屋へ戻ることにした。
「お帰りなさい、何してたんです?」
帰ると雪姫さんは既に起きていた。いたのだが何だか機嫌が悪い様に見える。
帰るのが遅くなったからだろうか。
「いやぁ大変だったよ、疲れたし。あとで朝ごはん食べる時に話すね」
このあと山吹さんのところへ向かうと何故か私が逢引きしたことになっていた。
これもアイリンの仕業だ。
山田と牡丹の相手をしている間にアイリンが私に扮して山吹さんを篭絡したんだ!
あの女、人のファンに手を出しやがって生きて返さん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます