第12話 「水魚の交わり」
【登場人物、簡易早見表】
屋処紗禄、顧問私立探偵。
和登島雪姫、紗禄の助手。
アイリン、逃亡犯。伊月号に隠されたダイヤを狙う。
斎藤一二三、乗客。婚約者と旅行中。
蕎麦を啜っていたおっさん、刑事。
中山大輔、刑事。アイリンを追跡するため変装している。
ナンパしていたチャラい男、乗客。
藤原宗次郎、乗客。探偵(自称)らしい。
山吹メイ、乗客。紗禄と雪姫を推しているガチファン。
雪姫視点 一日目夜。
屋処さんが仕掛けた枝(盗聴器)から船に積んであった荷物が漁られていたことが判明した。
恐らく船に潜んでいるはずのアイリンによる仕業だ。
わたしと屋処さんはさっそく今から現場へ向かうことにした。
貨物は車両甲板という、船の中に車を収容することの出来る広々としたスペースに、トラックの荷台としてそのまま積み込まれている。コンテナがそのまま大型トラックの荷台に鎮座して置かれている光景は改めてフェリーの巨大さを再認識する。
「とても広いですね、まるで立体駐車場みたいです…」
「言い得てる。車両甲板は車が走行出来るから、船の中に駐車場がそのまま入ってるもんだね」
「凄い…」
「おや、貨物の前に誰かいるみたいだ。あっ、昼前にあったマッチョマンじゃないか」
「藤原だ。名前はちゃんと教えたはずだぞ屋処紗禄」
屋処さんは見知らぬ体格の良い精悍な顔付きの男性と知り合いの様だ。あの男性はこれまでに初めて見たので船の中で知り合ったと思われる。
他にも制服を着た乗務員の方が何人かいる。
辺りには木箱が散乱しており、中身を確認しているみたいだ。
「進捗どうですかー」
「今、中身の検品をしている最中だ。ん?後ろにいるのは…」
「和登島雪姫です。屋処さんの助手をしています。あのどちら様でしょうか」
「失礼した、俺は藤原宗次郎。あんたらと同じく探偵をしている」
「という設定の刑事一人目だぞ〜」
「よせ屋処紗禄、違うと言ったはずだ」
「本名で呼ばれるのかったるいから気軽に紗禄って呼んでいいよ、そうちゃん〜」
「な、そうちゃ…?!まったく、ヤカと呼ばせてもらおう」
なんだかんだ打ち解けたらしい。わたしではあんな気軽に話すのは無理だ。
刑事がいると既に聞いたので驚きはしない。目の前の藤原という男性はなんというか確かにそれらしい。
「んで辺りに散乱してるのが荒らされた貨物である木箱か。中身はどれどれ、生活用品や消耗品、食料品雑貨などなど。パッケージはあらかた破けてんな」
「ああ、だが今のところ中身で盗られたものはない様だ」
「ダイヤ狙いだろうけど狙いが外れたみたいだね」
「やはりアイリンなんでしょうか?」
疑問を投げてみた。
「…ん〜」
屋処さんは辺りを観察しだした。
「そーじろー、木箱を開封するのに使われた道具はあったか?」
「見つかってない。しかし木箱の側面等に派手な傷があるため何かしら使ったはずだ」
「予め、工具を持ち込んでいたんだろうね。木製の木箱を降ろすのも壊すのもかなりの力仕事だ。ん、中には四角く切り取られてるものがあんな」
「アイリンさん凄い力持ちなんですね」
「もしくは一人ではなく、人手があった。協力者がいたんじゃないかな」
なるほど、今回は単身ではなく取り巻きの手下がいるんだ。気を引き締めなければ。
「監視カメラの映像はどう、そーじ?」
「…連絡にきた乗務員の話しでは何も映っていないとのことだ」
「そりゃおかしい。あとで要検証だな」
不可思議なことが起きている。何か細工でもあるのかもしれない。
「こんなこともあろうかと!」
「なんだヤカ?」
「探偵7つ道具、現場検証携帯キットを持ってきてあるのだよ」
「それなんですか屋処さん?」
「名前通り事件現場に残された痕跡を簡易的に調べるための道具だよ」
「それってつまり鑑識ですよね」
「そうとも言う。ん、あれ、ここに何か似たような道具があんぞ」
「それは俺のだ、触るなよヤカ」
「ジローのか、やはり君はただの探偵ではないのでは」
「…さぁな、作業に戻るからお前はあっちでやれよ」
「え〜、一緒に作業しないのソージ♡」
「…しない。向こうへ行け」
藤原という男性はストイックなのか、朴訥としている。不器用な男性代表の見本みたいなのに、鑑識という繊細な作業をこなすらしい。人は見かけによらないようだ。
「まずはこの木箱から調べよー」
「待てヤカ、それは俺が目星をつけていたやつだ、他のにしろ」
「えーどれでも同じでしょう?まーったく嫌な感じ〜」
テリトリーというか縄張り意識も強いみたいだ。スポーツをしている男性などにはこの傾向が強い印象がある気がする。
「雪姫さん〜、向こう行こっか」
「はい、分かりました」
屋処さんに付いていき鑑識作業を手伝った。
よくドラマで見る白いぽんぽんで木箱や中身を軽く撫でるくらいの加減で軽く当てている。
「それ、刑事ドラマで見ますけど何ですか屋処さん?」
「あーこれ?これはね粉末法というものだよ」
「粉末法?」
「うん、銀白色のアルミ粉末を付着させて指紋が見える様にするんだ」
「指紋が出るんですね、でもどうして?」
「皮膚の表面から分泌される水分、皮脂、無機または有機成分なんかに粉末が付着すると、降線の盛り上がりが浮かび出てくるためだよ」
「なるほど…」
凄すぎてよくわからない…。
その後は地道な鑑識作業を続けた。
終わる頃にはレストランの開店時間を過ぎてしまった。
「レストラン閉まってしまいましたね…」
「しゃーない、まぁ山吹さんがご飯をストックしてくれているだろう」
居てくれてほんとによかった、でなければカップ麺か冷凍物を食べるしかなかった。
「成果はありましたか?」
「まぁそれなりに、採れた指紋を本庁のデータベースへ送って照合してもらおう」
「お疲れ様です」
「雪姫さんもね。じゃあそーじろー、私達は先に上がるわー。おっつー」
「ん?、あぁ…」
頷くだけでまだ作業している。
彼を尻目に屋処さんと一緒に現場をあとにした。
「あいつ。細かい作業苦手なんだな」
「いかにも自分不器用ですから…みたいな感じでしたね」
「確かに、まぁ自分でテリトリー決めたなら頑張ってもらおう」
自分達の部屋の前へ戻ってきた。
「あ、山吹さんはご自身の部屋にいるでしょうからご飯受け取ってきますね」
「ありがとう、先に部屋でくつろいでるね」
「はい、羽根を伸ばしていてください」
屋処さんに山吹さんがいる部屋の番号を教えてもらい、そちらへ向かった。
ほどなくして3階にある一般向け客室へ、教えられたシングル部屋の前に着いたので扉をノックしてみる。
「はい〜どちら様でしょうか」
「雪姫です、山吹さん開けてくれますか」
ガチャっと扉が開き、中から山吹さんの顔が見えた。髪が若干濡れていたのでお風呂へ行っていたのだろう。
「雪姫さま!お疲れ様でございます。鍵が掛からないのでそのまま開けても良いのですよ」
「それはどうかと…。わたしたちの部屋で一緒に寝ませんか?自分のベッドで良ければ一緒に」
「ええ?!そそそそんな悪いです!僕はこの粗末な一人用ベッドで十分です!」
「でも、鍵の掛からない個室なんて不用心じゃ」
「一緒のベッドに寝た日には心臓が破裂して死んでしまいます!」
「そんなばかな…」
そういえば山吹さんはわたしと屋処さんを推しているガチファンなんだった。
「お食事ですよね、はいこちらでございます。バイキングの料理をタッパーに詰めたので温めてから食べてくださいね」
「ありがとうございます、あの寝る前までなら一緒に部屋でお喋りしませんか?」
「で、でもお食事の邪魔をしてしまうのも悪いので僕は部屋で大人しくしてますね…」
「そうですか…、明日以降も船旅は続きますものね」
会釈したのち、食事を貰いうけて山吹さんの部屋をあとにした。
給湯室の電子レンジを借りて食事を温めた。殊勝なことにしたトレーまで付いてる。メモにはレストランのものを借りたようだ。熱くなったおかずを運ぶのこれが多助かりだった。
自分達の部屋についた。
扉を開けると屋処さんは机でノートパソコンに向かって作業している。先程の指紋照合のデータ化を行っているのだろう。
「お帰り、部屋の掃除しといたよ」
「お疲れ様です屋処さん、山吹さんが取り置きしてくれた食事を持ってきましたよ」
「ありがとう雪姫さん」
「食べないんですか?」
「今はまだちょっと手が話せない。」
キーボードに向けて手先をよどみなく、忙しなく動かしている。
「あーんしてください」
「へっ?」
「口開けてください屋処さん」
「あ〜ん」
備え付きの箸(これも山吹さんが用意してくれた)で屋処さんにおかずを食べさせながら、自分の分も食べることにした。
「美味しいですね、メモにはポーク南蛮、フライドポテト、サラダ、西京焼き、豚と卵の炒めもの、白米、デザートにプリンもありますね」
「おいひい、んぐ。あ~ん」
画面を見続けながら作業するので横から口に差し入れる様な形で若干シュールであった。
屋処さんは食後に紅茶を飲むことを日課にしているため部屋に備えられたケトルでお湯を沸かしてお茶を淹れる。中でもアールグレイが好みの様だ。
お茶で一服すると屋処さんが立ち上がった。
「メールでまとめたデータを送れたぞい」
「やりましたね!」
「浴場も閉まっちゃったから雪姫さん、部屋のバスタブ使っていいよ。その間、私は船内の見回りをしてくる」
「一人で平気ですか?」
「刑事達が張り込んでるし、船内は乗務員らがシフト制で当直をしている。まったく人気ないわけじゃないから平気だよ。出たあとは部屋の鍵を閉めていい。この部屋は1番グレードが高くて鍵付きだからね」
「分かりました、無理はしないでくださいね屋処さん」
「分かってるって」
「何かあればすぐ呼んでください、駆けつけます」
言葉通りそのまま屋処さんは部屋を出ていった。
心配ではあったが、屋処さんのことだから大丈夫だろう。
取り敢えずお風呂へ入ることにした。
ユニットバス形式ではあるが内装は清潔で綺麗。この部屋はまるでホテルみたいだ。
お湯加減も丁度良い。何から何まで至れ尽くせりであってありがたい。
ボディーシャンプーをタオルに付けて身体を洗う。鏡に映る自分の身体を見て依然より引き締まったと思う。
探偵という仕事柄もあって体力や気力を要求されるのでトレーニングジム通いを始めた。
今は身体も仕事も人生の目的も充実している。屋処さんと会わなかったら今の自分はなかっただろう。
どうしたらもっと喜んでくれるだろう。
ふと、旅行前に買ってもらった赤いガーターベルトの下着を思い出す。
実は一応持ってきてある。あれを身に着けて戻るの待っていたら喜んでくれるかな…?
お風呂上がり後、身体の水気を拭き取り件の下着を付けてみた。普段こんな派手な下着は付けないのでなんだか落ち着かない。
気持ちがそわそわしてしょうがなかった。
しかし、しばらく待ってみたが帰ってくる気配がない。
既に一時間が経過した。
携帯で連絡を入れてみたがメッセに既読は付くものの、返事がない。
一体何をしているのだろう。
「馬鹿みたい…」
いつもの下着に取り替えて、ふて寝することにした。
翌朝────
屋処さんが結局戻ってきたのは朝だった。
「何してたんです?」
「色々大変だったんだよ、お風呂も入りそびれたし。朝ご飯の時に話すよ」
「そうですか」
「なんか素っ気なくない?朝は弱いんだっけ雪姫さん」
「別に…」
山吹さんも交えて朝ご飯を一緒にするため、部屋に寄る。
「おはよー山吹さ〜ん」
屋処さんが扉越しに挨拶をする。
すると、扉がわずかだけ開いて山吹さんが見つめてきた。正確には屋処さんを。
「紗禄様…」
「おはよー朝ご飯食べに行こっか」
「昨晩、大変お見苦しいところをお見せしました」
「んあ?」
「あの夜に紡いでくれた言葉の数々しかと受け止めたいと思います」
「へ?」
「僕を娶ってくれますか?」
「ん?待って何どういうこと」
「とぼけようとしてもダメでございます!山吹にちゃんと気持ちを聞かせてくれないなら…ご一緒出来ません…!」
扉は一方的に閉められてしまった。
「屋処さん…朝帰りってそういうあれですか」
「え、ちょっと雪姫さんまで待ってよ!」
「誰を選ぼうか屋処さんの自由ですけど…、自分のファンに手を出したなら責任取った方がいいですよ」
「違う!誤解だって!」
「わたし1人でご飯食べます、じゃあ」
「雪姫さん、待って!誤解なんだこれは…!」
立ち往生する屋処さんを置いて1人でレストランへ向かうことにした。
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