第10話 「乗り掛かった舟」

雪姫視点


青空という快晴の中、横浜港の風景がわたしの前から引き離されていく。正確にはわたしが進んで距離が離れている。


「また来るね横浜~!」


わたしの隣で屋処さんが名残惜しそうに別れを告げている。

展望台デッキからの眺めは良好。今日という日は絶好の出航日和。

汽笛の大きな音が鳴り響く。振動が身体を貫通して腹の底まで震える様だ。


わたしたちは逃亡犯のアイリンを追跡するため、彼女が再び現れる可能性のあるフェリー伊月へ搭乗した。件のダイヤも貨物として秘かに積み込まれているらしい。


「あ~ヤニ吸いて~!」


…さきほどの純真な様子から一転、やさぐれた台詞が聞こえてくる。

「いつも視聴者や依頼人の見えないところで吸ってますもんね煙草」

「うん、あ~ニコチンがきれそう~。正直まだやることないから自由に船内見ていいよ雪姫さん、私は喫煙所で煙草吸ってくるねー」

「分かりました、いってらっしゃい屋処さん」


自由に…。さてどうしよう。

取り敢えず船内のパンフレットを広げて見てみる。


6階、展望浴場、レストラン、休憩スペース、カフェコーナー、スポーツジム。

5階、ゲームコーナー、マッサージチェア、パソコンスペース、スイートルーム、キッズルーム、ベビールーム、喫煙ルーム、ペットルーム。

4階、自販機コーナー、映画館、コンファレンスルーム、カップ麺コーナー(給湯室)、、売店(お酒あり)、撮影コーナー、ステートルーム、フォワードサロン(船頭)、展望ルーム、甲板デッキ。

3階、エントランス、インフォメーション、イベントスペース、ラウンジ、ビューラウンジ、貴重品ロッカー、冷蔵コインロッカー、サーフボードロッカー。一般客室。


乗客向けの案内としては上記の様になっている。主要なパブリックスペースは4、5、6階に集中している様だ。


まだ昼前なのでレストランははぶくとして、行くとするなら…。

うーん普通にお茶でもして暇をつぶそう。カフェへ行くことにした。


無難にコーヒーを選んでみた。すすってみると豆煎りが若干薄い気がする。濃い目でよかった気がした。

1人用の席は窓際にカウンターチェアが並んでいる。幾人か使っていたので女性の隣に座る。

窓から見える景色は地平線まで海原一色。特段、代り映えしないが、無心でいるには丁度良い。

「なぁあんたどこかで見た顔やな?」

無心で窓を眺めていると隣に座っている女性から話しかけられた。年齢は恐らくわたしとそう変わらないだろう。同じ黒髪ロングではあるが、あちらの方はポニーテールにして髪をまとめている。彼女の瞳がはつらつと輝いており、何か物珍しそうなものを眺めるかのようにわたしのことを捉えていた。


「わたしのことご存じなんですか?」

「前にルルチューブで見たことあるような気するかさい」

「間違いではないですよ、わたしは顧問私立探偵こと屋処さんの助手をしている和登島雪姫です」

「やっぱりやんか!うちは斎藤一二三(ひふみ)ちゅうんやけど、いち!に!さん!でひ・ふ・み!よろしゅうな雪姫さん!」

にこやかな笑顔でひふみさんは自己紹介をしてくれた。受ける印象としては明るく、話しやすくて取っ付きやすい。口調に特徴的な訛りがある。


「ひふみさんのご出身はどちらなんですか?なんだか話し方に訛りがありますね」

「うちな兵庫の出身なんやねん、正確には京阪神がうちの地元やな!」

「なるほど兵庫弁というやつですね、わたしは北海道です」

「北海道寒そうやね~、あーでも雪姫はんの印象に似合ってるさかい!くーるびゅーてぃー?ってやつや」

「ありがとうございます」


同性同士でその後は話し込んだ。気の合う友達が出来たみたいでなんだか嬉しい。


「ひふみんさんは1人で乗船したんですか?」

「ひ、ひふみんは先行者おるから堪忍してや…!ちゃうで、あの…その…」

何だか急に顔が赤い。一体なんだろう。

「うちな婚約者がおるんよ…、そのご両親に挨拶をしてきた帰りでな、地元帰る前に彼と旅行行っちゃおかな…なんて…へへっ」


ひふみさんの目は泳ぐどころかぐるぐる目回しくそうにしている。気恥ずかしいのだろう。

「ひふみさんステキですから婚約者いるのもわかる気がします」

「え!いや、別にうちのこと褒めても何も出ないで!」


ひふみさんすごい…。婚約者がいるらしい。わたしには縁がなかった。

もう少し話していたかったが一旦、彼の元へ戻るらしい。

名残惜しいが一旦、別れることにした。

「また話そうな雪姫はん!」


去り際にそう言ってくれたのも嬉しかった。わたしもまた話したい。


しかし、この船にはアイリンが潜んでいる。あの人は変装の名人なので誰に化けているのかわからない。可能性の上では考えたくないがひふみさんということもある。

屋処さんみたいに考えるなら、事実として最後に残る可能性が真実だ。

イベント時の証言ではアイリンはわたしの声まで真似ることはなかった。

今、聞いたひふみさんの声は前に聞いたアイリンの声とは似ても似つかない。

イコール違うとのいうのは早計かもしれないが、違っていて欲しい。


わたしも一体屋処さんと合流してお昼ご飯にしよう。話し込んでいつの間にか時間がけっこう経っていた。

携帯でショートメールを出し、6階のレストランで合流することにした。

船の中は案外、電波が通っているらしい。フリーWi-Fiもあるみたいなので通信に不自由はなさそうだ。


カフェはレストランと同じく6階なのでわたしの方が着くのは早いらしく屋処さんの姿はまだなかった。


「雪姫様♡」


後ろから自分の名前を呼ばれた。様付け…?

疑問に思い振り返ると、そこには見知ったメイドの山吹さんがいた。

メイド服そのものではないがロングスカート姿でそれらしく見せている。


「山吹さん?え、どうしてこの船に?」

「雪姫様会いたかったですわ♡」

「え、ちょ、ちょっと抱き着くのは待ってください」

「待ちません!ずっと会いたかったのですもの」


これは一体どういうことなんだろう。急に抱き着かれどうしたらいいものか悩んでいると

「じー…ッ」

「屋処さん、見てるならこれどうにかしてください」

「ふーん、山吹さんってば、色目使うの私だけじゃないんだね」

「そんなことありませんわ!」


山吹さんがわたしから離れて屋処さんに飛びついた。

「屋処さん、あのこれはどういうことですか…?」

「おーよしよし、増援が欲しかったので誰か信頼のおける人物はいないかと思案したところ、山吹さんが浮かんでね」

「はい!あなたの山吹でございます」


なるほど、今回は船という限られた居住空間のため信頼できる人物と行動を組んだ方がいいのかもしれない。味方は多い方がいい。とはいえなんでこんな抱き着いてくるのだろう。


「山吹さんは私たちのことを推してくれているみたいでね。もはやファンと言っていい。これまでに何度か協力もしてくれたし、人選としては適切だと思う」

「ええ、これまで手伝ってもらいましたもんね。それは…ありがたいです」


人生でここまで誰かに推されたことがないので若干反応に困ってしまう…。

「以前にホストクラブでされた男装姿、かっこよかったですわ。またもう一度見たいです!」

「しましたね男装。その節はほんと助かりました。ありがとうございます。とは言え今はちょっと出来ないのでいずれ…。ところでご飯たべませんか?お腹空きました」

「そうだね、レストラン入ろうか雪姫さん、山吹さん」


お昼ご飯はランチメニューに限りがあるらしく決まったものしかない。

「ランチプレートの種類でおかずが決まってますね」

「みんなでそれぞれ頼んでおかずを分けたらどう?」

「はい、山吹はそれで大丈夫です!」

屋処さんの提案で各々のおかずを分けることにした。人と協力するというのはこういうこと配慮もいるだろう。


「山吹さんハンバーグ頂戴」

「どうぞ屋処さん、はいあ~ん♡」


屋処さんが山吹さんにハンバーグを口元に運ばれて咀嚼している。

…それなら。


「屋処さん、はい」

「これなに雪姫さん?」

「鯖味噌です、日本食はあまり馴染みないでしょう?食べてみてください」

「んにゃ、わかった。あ~ん」


咀嚼している。食べたことがないのか目を瞑って吟味している。


「お味の方はどうですか」

「…い」

「え、今なんて」

「旨い!もう一口頂戴!」

「いいですよ」


もどかしそうにしている山吹さんを尻目に鯖味噌を全部食べさせた。

一通り食べ終えたあと、今後の作戦を協議することにした。


「屋処さん、アイリンはどうやって捕まえます?」

「悩める点だね、まぁ単直にダイヤの前で待ち伏せして来たところをふんじばって捕まえるのが一番簡単なんだけど。実はダイヤがどこにあるのか在所を本庁は教えてくれなくてね」

「え、じゃあ屋処さんでもダイヤの居場所は知らないんですか?」

「実はそうなる」

「じゃ先にアイリンを探すのため乗客から一人一人見繕ってリストアップしますか」

「そういう地道な努力もいるだろう。だが、乗客は600人近くいる。現実的じゃない。要点を絞るべきだ。これまでの傾向としてアイリンはやはり自身が女性であることから、変装も他の女性に化けることが多い」

「では女性を重点的に調べますか」

「そうだね、前の雪姫さんみたく男装してる線もあるからその可能性は捨てないでおく」


山吹さんは会話を邪魔しない様に口を閉じてくれている。


ダイヤの居場所がわからないときた。これは一筋縄ではいかなそうだ。

今回の追跡を依頼した警察側が屋処さんにも教えないとは情報統制を徹底している。

しかし警察側も屋処さんにだけ任せて何もしないのだろうか?疑問をぶつけてみた。


「ん?あぁ本庁の刑事達いると思うよ。というか明確な顔見知りいたわ。多分まだ他にもいる。警官であることは伏せて乗船してるね」


小声でわたしにだけわかるように耳打ちされたのは驚くべき事柄だった…!













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