第9話 「色は思案の外」
雪姫視点
ピピピピピピ────
ふわぁ?……煩い。
目覚ましに向けておもむろに手を振り下ろす。
バシィン!と張り詰めた音が響く。
「おお、ナイスチョップ!」
横に向き直すと屋処さんと目が合う。
「おはよう雪姫さん」
「…!おは、おはようございます…」
ルームシェアしているので屋処さんとは同じ屋根の下で暮らしている。それぞれの私室は別々にあるので一緒のベッドでは寝ていない。
別に屋処さんなら入って来てもいいのだけど、朝から隣のベッドにいるとなれば心臓に悪い。心の準備がある…。
「化粧しなくても綺麗だね雪姫さん、あらパジャマは着ないで寝る時は下着だけなんだ」
「あ…これはその、寝るときに暑くて寝苦しいので。まだ身支度してないのであんまりジロジロ見られると恥ずかしいです…」
「んあ、ごめん。今日は色々やることあるから早めに起きてもらおうかと思って起こしにに来たんだ」
「今日は依頼人が来る予定はない日のはず…、あっ」
「思い出した?来週に行く出張の準備をするよ。リビングで朝ごはんを用意しておくね」
屋処さんは一足先に部屋から出ていった。
ふと自分の視線を下ろす。
寝る時はいつも地味な下着を着けている。
もう少し可愛いものにしようかな…。
ほどなくして身支度を終えてリビングの食卓に着席する。
「朝ごはんは紗禄シェフが作ったカリカリブロックベーコンに目玉焼きトーストだよ〜」
「美味しそうですね…!」
「自信作だよ、では頂きまーす」
「頂きます」
もぐもぐ…、やはり美味しい!
「食べながらでいいから今日の予定を話すので聞いてね」
「ふぁい」
「以前に申請したパスポートを受け取ったら旅行用のトランクを選びに行くよ。私のは既にあるから主に雪姫さんのものだね」
「ふぁかりまひた」
「私達は来週に台湾の高雄行きフェリーへ搭乗するよ」
口がごはんで塞がっているのでこくこくと頷く。
「私が前々から追跡しているアイリンもこの船に搭乗している可能性が高い」
「そふぁんなんせか」
「あぁ、この船には以前、あのイベントで展示されたダイヤが貨物として詰め込まれてる」
「ふぇ~…」
「事件以降に注目が集まってしまったからね。日本からこっそり持ち出し、高雄で貨物船に移し替えて、元々あった大英博物館に返却するようだ」
「んっぐ…。ごちそうさまです」
「食べるの早いね雪姫さん、私まだ一口しか齧ってないよ?」
「あ、ごめんなさい…」
「いいよ〜、本庁からのお墨付きで船での武装も認可された。護身具も選んでおこう」
「はい…!」
先に食べてしまった気まずさから率先してお皿を洗って片づけた。
洗いながら今日は見るものがいっぱいあると思ったけど、2人で買い物をしに出掛けるってそれはデートなのでは?!
なんだか緊張してきた…。
まずは大事なパスポートを受け取りに都庁へ来た。必要な書類は以前に提出しているので受け取るだけとなる。
窓口で手渡された赤い手帳。海外旅行はしたことないのでパスポートは初めて見る。
中を開くと和登島雪姫ではなく霧島雪姫と記されている。公的な書類なのでもちろん芸名は使えない。
「雪姫さんの本籍は札幌なんだね」
横から一緒にパスポートを眺めていた屋処さんが口を開いた。
「はい、寒いところですが食べ物が美味しいですよ」
「へー私はロンドンだよー」
「ふふ、そうだと思いました。そういえばシャーロックホームズが事務所を構えていた221bは今現在どうなっているんですか?」
「ご先祖様が構えていた事務所は現在、一般向けとして公開されている。一種のアートギャラリーとしてね。功績を称える意味合いもあって保存されて残されているよ」
「凄いですね、昔のオフィスが今や観光名所みたいなものですよね」
「さすがご先祖様だね、私たちの事務所も将来、観光名所になるかも?」
わたしたちの事務所も公開される日が来るのだろう…?わたしの部屋が一般に公開されるのは恥ずかしいな…。などと思ったが、その頃にはおばあちゃんになっているか、既に死後だろう。
「時間が惜しいのでトランクを見に行こう」
「そうですね、行きましょう」
新宿なので旅行カバンを見るのに適した場所はいくつもある。とりあえず品ぞろえのよさそうな大型雑貨店、西止フットへ足を運んでみた。
「初めてきたのですが大きくて広いですね」
「国内で一番広いんじゃないかな、気に入るものがここならあるはずだよ」
「はい!」
「あ、そうだ。海外出張も動画にするから撮影しようと思うけどいい?」
「わかりましたいいですよ」
色んなものがところ狭しと並べられていてなんだかわくわくする。
旅行カバンのある階までエスカレーターで上がってきた。
「雪姫さんは何色が好き?」
「好きな色ですか。そうですね、赤色なんかが好きですよ」
「いつも赤いコート着てるもんね、じゃあ見繕ってみよう」
「大きさはどれくらいある方がよいでしょうか」
「んーそうだな、行き先が台湾の高雄ということもあり、暖かいから冬服は要らないので荷物はそんなかさ張らないよ」
「じゃあそんな大きくなくてもいいんですね」
「あんま大きいと今度持ち運ぶのが大変だと思う」
なるほど、わたしの最長移動距離は札幌から東京なので、リュック一つで地元から出てきた。なので知らないことばかりだ。屋処さんと合わなかったら、未だに知らないでいることがいっぱいあっただろう。
「ピンクも可愛いですね」
「まぁ確かにそうなんだけど、あんま可愛らしいものにすると、女物とわかりやすくて下着狙いのコソ泥や変質者に目を付けられるよ」
「…やめましょう」
もっといいものはないだろうか。あ、これはどうだろう。
「屋処さん、これはどうですか。基本がベージュで角や縁が茶色のデザインなので派手過ぎず、可愛いです!」
「いいんじゃないかな、案外早く決まったね」
「これ気に入りました…!」
大きいため郵送で事務所に送ってもらうことにした。
「ここまでスムーズにいけたし、早めのお昼休憩にしようか」
「歩いてお腹空きました、カフェに行きましょう」
「朝それなりに食べたのにお腹すくの早いんだね、実は食いしん坊かい」
「いえ、そんなことないですよ」
ぐぅ~~~、不意に私の腹から音が鳴った。ベストタイミングだ。
「カフェ行こっか…ふふ」
気恥ずかしさから顔が熱くなったが、屋処さんは特段気にするでもなく、最上階にあるレストランが並ぶコーナーの一角にあったカフェを見つけた。
店員さんに案内されて席へ着く。
「私はパンケーキにしようかな、雪姫さんはステーキ?」
「いえ…わたしも同じもので大丈夫です」屋処さんに肉食系腹ペコ女子と思われてる節がある。
屋処さんがパンケーキとセットの飲み物を2人分頼む。
「なんでアイリンさんはあのダイヤモンドを着け狙っているのでしょう?」
素朴な疑問を屋処さんに投げてみた。
「んーそうだなー。あのダイヤモンドは金銭的価値あるものではあるし一億あれば遊んで暮らせるだろう」
「お金目的なんですかね?」
「まぁでも組織ぐるみであればもっと価値あるものを狙うでもいい気がする」
「というと?」
「まぁ直接、銀行の金庫で現金を1億以上とか、ハッキングできるなら銀行口座を狙うでもいいはず。もしかしたらあのダイヤ自体に何か付加価値があるのかも」
「なるほど…。ダイヤに付加価値、保険金でしょうか?」
「受取人はアイリンや犯罪組織ではなくダイヤの正当な持ち主だろうからその線は薄いかな」
しゅん…。ハズレらしい。
しばらくして頼んだパンケーキがきたので二人で舌鼓をうった。
「美味しかったね、じゃあ次は護身具を見ようか」
「はい」
世の中には護身具を専門に扱っているお店があるらしい。正直、そんなお店があることを教えてもらうまで知らなかった。
「ここがそうだよ」
案内されたのは普通の雑居ビルだが、二階が店舗らしく看板が掲げてあった。
中に入ると人気は疎ら。並べてある道具を見るとどれも中々の値段がする。
「雪姫さんって警棒使ったことある?」
「ないです」
「すいませーん、初心者向けの警棒をください〜」
屋処さんはわたしのために店員さんに頼んで初心者向け警棒をリストアップしてもらった。
「こちらは重さが約1kgなので女性でも扱いやすいです」
店員さんから出されたのは比較的軽量なタイプだった。
持ってみると程よい重さで振りかぶりやすい。
「屋処さん、これでアイリンを思いっきりぶん殴ってもいいんですか?」
「抵抗してきたら本気で殴っていいよ」
「分かりました、これください」
店員さんは若干わたしたちに引いていた気もするが別に構わない。
ふと、棚に面白いものがあったので手にしてみた。
「お、鞭だ。雪姫さんスタイルいいから映えるね」
「そうですか?腰に巻いてみます」
「遺跡とかで冒険してそうだね、いいんじゃないかな」
「では、こちらも追加でお願いします」
その他にも催涙スプレーや手錠、ライト、紐といった小道具含め諸々を購入した。
「今日の予定は大体済ませたね、特に用がなければ事務所帰ろうか」
「あの一つ行きたい場所が…」
「んにゃ、どこ行きたい?」
一息いれ、告げる。
「ランジェリーショップです…」
どこもかしこも女性もの下着が並ぶ。
店員もお客も女性しかいない。
だから屋処さんと一緒に入るのは特段おかしなことではないのにどこか緊張する。
「雪姫さんもこういった可愛い下着が欲しかったんだね」
「はい…。あのどれか選んでみてくれませんか」
「私が選ぶのかい?いいけどお好みはどんなの」
「地味じゃないやつでお願いします」
「地味じゃないやつね〜、色はやっぱ赤?」
「はい」
「じゃあ選んでくる〜」
どきどき、一体どんなのを選んでくれるのだろう。ソファーに座って眺める屋処さんを待つこと10分。
「雪姫さん〜これにしてみたよ〜」
待ってました!ソファーから立ち上がり、屋処さんの元へ駆け寄る。
「どんなのにしたんですか?」
「じゃじゃーん」
屋処さんが取り出したのは真っ赤で派手な生地の下着だった。何やらベルトが付いており垂れている。
「真紅のガ〜タ〜ベルト〜」
赤色で地味じゃないやつ…確かに注文に対して沿っている。
「すごいですね…」
「でしょ?雪姫さんはスタイルいいからこういったやつ似合うよ〜」
頼んでもらった手前、断りにくいのでそのまま購入した…。
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