第6話 「籠鳥雲を恋う」

─紗禄視点─


「ちぃ~す中山刑事、あいりが留置所から逃げたってマジぃ~?」

「…被疑者は留置所からの逃亡を計った模様です。また顔を合わせるとは思いませんでしたよ顧問私立探偵さん」

「お前らが情けないので本庁から助力要請を受けたんだよ、様は尻ぬぐいをしにきた」


目の前にいる中山刑事の顔は覇気がない。やつれている、目の下の隈は徹夜明けでほとんど寝ていないことを示す。

本来なら事務所にいるところ、突如、携帯に着信が鳴った。相手は本庁の管理官だ。

嚙み砕くと私が捕まえたあいりが逃げたので、再度また捕まえてくれという旨の用件であった。

断る理由もないので、こうしてあいりが留置されていた湾岸署へやってきた。


「はやく仕事済ませたいから、とりま監視カメラの映像見せてくれる?」

ぶっちゃけ一秒でも早く事務所にいる雪姫さんの元へ帰りたい。何が楽しくておっさんと顔を付き合わせなきゃならんのだ。どうせ対面するなら雪姫さんみたいに綺麗な方がよろしい。

「こちらへ…」

覇気も元気もない中山に誘導されて地下の階段を下る。


セキュリティゲートを越えて留置所の中へ入った。門の前にいる守衛に挨拶をしてみるも、反応はない。無愛想だな。

案内されたのは当直室、監視カメラの映像が何点にもわたって複数のモニターに表示されている。

「彼女が逃げたのはつい昨日らしいな?」

「はい…、独房にいたはずなのに気付くと居なくなっており…」

「時間は?その時刻の映像を見せて」


中山はパソコンを操作して、昨日の録画分をモニターに表示した。

「午後22時頃…、あったこれです」


モノクロの画面では4分割された留置所の模様が捉えられている。

「独房はあの一本道の最奥か?」

「そうです」

見回りをしている看守の姿がある。最奥の扉まで着くと目視で確認するため小窓の蓋を開けて確認する様子がある。

次の瞬間、腰に付けられた鍵束を取り出して急いで中へ看守が入っていった。この録画では中の様子が分からない。


「中では一体何が?」

「実は自殺をしていたらしいです、録画に映る看守によると」

「自殺?」

「正確には自殺に見せ掛けた真似です。ドレスローブを脱ぎ、首に括り付け釣っているように見せた様です」

「なるほど、まんまと騙されたわけか」


映像を進めると、空いた扉からYシャツに下着姿のあいりが飛び出してきた。

「わぉ!刺激的だな。看守はどうなった?」

「油断したところに、不意打ちで絞め技を掛けられて意識を落とされました。容態は無事です」


まるで映画を見ているかの様だ。あいりとは一体何者なんだろうか?

「彼女の素性について何かわかったことは?」

「黙秘を貫いていたため何も…。身分証のコピーもありますが、恐らく偽造です。氏名は橘あいり、これも偽名かと」


収穫はなし…か。


「セキュリティゲートがあるだろう、あれはどうやって通過したんだ」

「記録によると当直看守の退出記録があります。IDをくすねたみたいです」

「役満じゃないか、守衛は素通りさせたの?」

「いえ、それが守衛はあいりを見てないと証言してます。」

「はっ?おかしいだろ」

「そうなんですが、話しを聞いても守衛は困惑してたので事実かと…」


消えた…?そんなばかな。

恐らく何かを見逃している。しかし守衛が嘘を付く理由もない。

そういえばあいりは変装の名人だったな。


「代えの制服が無くなってはないか、または押収した洋服を保管庫からくすねたかもしれない。多分、ここの職員に変装してゲートをスルーしたと思う」

「調べておきます」


中山は内線で刑事課に繋ぎ、部下に指示を出した。


「以降の足取りは?近場の監視カメラに姿は確認されたか」

「ありませんでした、モノレール駅間の監視カメラもチェックしましたが姿がないので、徒歩で逃げたのかもしれません」

「それは考えづらい、夜にあの姿で彷徨ってたらすぐわかる。制服の姿もそれはそれでわかるはずだ」

「とはいえ…ないものはなく…」


………………………。

ないものはない、ということは可能性が低い。

では、現実に残された可能性が事実として正しい。


「海上、海を渡ったのでは?」

「海?東京湾を渡ったんですか?!冬ではないとはいえ、水に浸かれば寒いので最悪溺れてもおかしくはないですよ」

「まさか空を飛ぶとでも?あいりの犯行は外部に協力者がいる可能性がある。小型のボートでもあれば逃げ仰せられるだろう」

「まさかそんな…?いえ、あたってみます」

「よろしく、今出来るのはこんなとこかな。あとでビデオと調書のコピー諸々を送って頂戴」

「署の備品や捜査資料を送るのは…」

「うちは法律事務所も兼ねてる、取り扱いは厳格にやるさ」

「わかりました…、ん?懐のそれは?!」

「おいどこ見てんだお前セクハラだぞ」

「あ、いえすみません、身長差から自然と目に入ってしまって!というか何であなたがそんなもの持ってるんだ?!」

「なぜって、あいりを追うのに本庁が支給してくれたんだよ。持つのに適切な知識、キャリア、血筋とコネがあるからね」

「だからと言って日本でそんな…」

「その日本で彼女を放置する方が本庁の面子に差し支えるんでしょ。私は実際に一度あの女を捕まえた実績もあるからね」雪姫さんのおかげもあるけど。

「お上がそう決めたのであればもう自分がどうこう言えるすべはないので…、扱いだけは慎重に」

「言われなくても分かってるって、最後にざっと見させてもらうわ〜」


留置所内をざっと確認させてもらう。

例の独房は空だ。塵一つない。掃除をしたらしい。これでは何の痕跡もない。

痕跡がなければ手がかりもない。これ以上、この辛気臭い場所には用はない。





署を出た頃には日が暮れていた。

湾岸一帯の副都心エリアは徒歩で歩くにはかなり広い。何かしらのカメラで補足されないというのは考えにくい。

体力的に秀でているみたいなので泳いで品川まで渡ったこともありえる。

仮に逃げ切ったのであれば外国へ高跳びもありえるが、本庁は次もあると踏んで私に追わせている。あれだけ豪胆な盗みをするのであれば初犯ではないだろう。これまでに国内であった盗難事件に関与しているかもしれない。過去の事件を洗い出してみるのも手かもしれない。


まだ潜伏しているならきっとどこかに隠れ家があるはず。

既に湾岸区域にいないのであれば捜索範囲は広域となる。

一旦事務所に帰って明日以降に備えよう。雪姫さんが恋しくもある。


モノレールを乗り継いで赤坂へ直帰する。

湾岸の夜景はそう悪くなかったが、このエリアは無人感があってどこか荒涼としてる。

なんか好みとしてあんまり好きじゃない。上野や浅草は下町らしい活気に溢れてよかった。

人間味ある方が温かみもあって良い。

事務所は仕事場でもあるから情報と金回りの良い赤坂にはしたが。



電車を乗り継ぎ、赤坂の事務所前までにつくと窓からリビングの明かりが零れている。

階段を駆けあがり玄関の施錠を開けた。


「雪姫さんただいま!」


キッチンにはエプロンを付けた雪姫さんがいる。

何やら料理をしていたらしい。

「おかえりなさい屋処さん、あの晩御飯を用意してみたのですが…食べます?」

「食べる!何を作ったの?」

「ナポリタンを作ってみました、この前に純喫茶へ行きたいと仰っていたので…」

「やったー!おいしそう!すぐ手洗いしてくるね」

「はい…!嫌いなものとか知らないのでお口に会わなければどうしようかと」

「大丈夫!イギリス料理以外なら大体好きだから!!」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る