第5話 「I am sharok homes」

雪姫視点


「屋処さん、事務所宛てに届いたファンからのプレゼントです」

「ありがとう雪姫さん、そこに置いといて」


屋処さんは自分の執務机に置いたパソコンで何やら作業をしてる。プレゼントはリビングの机に置いておこう。


ルルチューブに動画を投稿し始めてしばらく経ち、毎日のように屋処さんのファンからプレゼントが届く。

この前の盗難事件を解決してからというもの、屋処さんに対して世間からの興味が熱烈な勢いで集まっている。全国区で報じられたというのもあるが、屋処さんの来歴やホームズの子孫という血統、ビジュアルも相まって既に多くのファンを獲得していた。

動画のコメント欄は女性ユーザーからのものを多数が占める。紗禄ちゃん可愛い!と容姿について多いが、偶に見せる推理の考察から男性のミステリーガチ勢もファンに付いている様だ。

けっこう手堅い人気を得ている。

わたしはというと、同じく容姿を褒めたたえてくれるものはあるが、屋処さんの様に女性からではなく男性が大半を占めた。身長も女性の平均より高いし、声も低いので何というか同性から怖がられる…。


とまぁ、この様に順調で動画の収益化もこの前に達成したので、無理に依頼を探す必要もなかった。最近はどちらかというと動画を撮っている時間の方が長い。あれ、うちは何の事務所だったろう…?芸能かな…。


「あの、屋処さん依頼はこなさなくてもいいんですか?」

「今のとこ受けたやつは9割方、片付けちゃった。どれも大したものではなかったし、残り1割はクライアントからの返事待ちだからね。スケジュールは共有してるはずだよ?」

「すみません!」あれ、この前見た時はまだ一件目だったはず…。もしや短期間で既に10件こなしてしまったの?!仕事が早過ぎる、認識を改めなければ。


「よし動画出来た!さっそくルルチューブへアップしよう。ん、ホーム画面の一覧に…なんだこれは?!」


屋処さんは何かに酷く驚いた様子で椅子から立ち上がった。一体何をそんな驚いたのだろう。

「どうしました?」

わたしも横から拝見してみよう。


「ホームズの子孫…実は自称のペテン師だった…!?」

屋処さんが見つけた動画のサムネイルには驚くべき見出しが書かれていた。

わたしもあったばかりは半信半疑であったが、単に日本人が知らないだけでイギリスでは有名らしい。実は大英博物館にホームズ家の家系図が公開されており、末端に屋処さんの英名であるシャロク・ホームズの名が刻まれている。webからでも閲覧が可能だ。

屋処紗禄は和名で、氏名が2つあるという。

日本に来た理由の一つとして、自身がハーフで日本と英国の二重国籍者であることをこの前に教えてもらった。

風貌が日本人離れしてるのはそういうことらしい。合点がいく。


「こんにゃろー!コメント欄に書き込んでやらぁ!」

「ま、待ってください!昨今のSNSでクソリプを付けてしまうと炎上の恐れもあります!」

「む、確かに」

「既に多くのファンもいる現在、迂闊な真似は控えるべきだと…助手ながらそう思えます。」

「…そうだね、私とした事が頭に血が昇ってらしくない真似をしようとした、雪姫さんがいてくれて良かったよ」

「でもどうしましょうか」

「私達のチャンネルで釈明しよう、黙っている方が肯定と受け取られる可能性がある」

「屋処さんが私に教えてくれたことを皆さんにも伝えましょう」

「そうだね、うちの家系図は大英博物館にあるんだし。戦後の混乱期に一部焦げて無いけど!はは!」

「はい…!」

「まずは相手の出方を伺うべく、動画を再生してみよう」

「あの私が見るから、屋処さんが見なくても…」

「大丈夫、気遣ってくれてありがとう。ん、あ!こいつはいつぞやの独身未婚成人男性!」


久しぶりに聞いたその通称は前の盗難事件以来だ。あの人ルルチューブ始めたんだ…。


「チャンネル名はアイリン親衛隊…?何だこいつ」

「あの男の人、自分を罵倒したアイリンさんのファンになったんですか」

「自身が事件現場にいたことをダシにして、出会いを美化して描いてるな、告白されたとか嘘乙」


よくわからないがアイリンに傾倒している。これが美貌のなせる技だろうか。


「雪姫さん、あのイベントでコンパニオンやってた人の連絡先わかる?」

「はい、交換しといたのでわかります」

「彼女達から証言を得よう、アイリンがスモークを焚いた際、あいつ我先に逃げようと他のメイドさんも突き飛ばしてた」

「いいですね、わからせてやりましょう」


早急にアポを取ってみる。何人かは直ぐに返事をもらえた。そのうち一人は今からでも会えるとのことだ。

「大丈夫です。いけます」

「良し、じゃあ取材といこう」



池袋へ移動したのち待ち合わせ場所のコンカフェへ着いた。コンカフェはコンセプトカフェの略でお店それぞれにテーマに沿ったレイアウトや装飾、店員の衣装が施されている。

ここはあのイベント会場で着たクラシカルな衣装のメイドがいるみたいだ。


「あー来てくれたんだ!おっと、いらっしゃいませご主人様」

「やぁごきげんよう!私は屋処紗禄、探偵さ」

「雪姫です、今日は突然の来訪なのにありがとうございます、山吹さん」

「存じておりますよ、ルルチューブ拝見しておりますわ。雪姫さんもお久しぶりでございます」

「そいつは話が早い、今日は君に話を聞きにきたんだ、取材として受けてくれるかな」

「はい、大丈夫です。雪姫さんのご活躍もあってメイドのイメージ悪化も防げました。お店からのささやかなお礼です」


わたしの活躍…。あいりさんを足蹴にして逃げるのを食い止めたが、ニュースでは取り上げられてない。でも現場にいた人はちゃんと見てくれたし、それでいいと思ってる。


彼女に案内された席へついた。今日一連の顛末を伝えたのち、イベント会場での証言と、屋処紗禄の血統が正当なものだと証明する動画の二本に協力を取り付けることができた。


「じゃあ、まずはイベント会場の証言から。いくよ3,2,1…。アイリンがスモークを焚いて現場は一時騒然とした状態だったね」

「はい!わたくし一体何が起きたのか理解が追いつかなくて大変怖かったですわ!」

「確かに、事態を把握してない人からすると恐怖だったろうね。皆、煙から逃げようと右往左往していたのを覚えているよ」

「ええ!わたくしも逃げようとしたのですが辺りの人も身動き出来なかったのでうろたえておりました」

「あぁ可愛そうに、私はアイリンの確保に精一杯だったからな、出来れば駆けつけて助けてあげたかった…。!」


2人とも役者だ…。演技が上手い。これで視聴者の同情は引けるだろう。ん、あっ、屋処さんが山吹さんの手をとって握ってる。…これは演技、…そう、これは演技。自分に言い聞かせないと構えているカメラがぶれてしまいそうだ。


「煙の中でね、実は人を突き飛ばして自分だけ我先に逃げようとした人もいたんだよね、」

「あっ!わたくし誰かに吹き飛ばされましたの、見てください、転んで擦りむいてしまいました」

「ああ可哀想に…!ところで、付き飛ばした男ってこんな顔してなかった?」


屋処さんはすかさずアイリン親衛隊のチャンネルを携帯で表示した。画面には独身未婚成人男性が映っている。


「この人ですわ!わたくしを付き飛ばしたのは!冴えない顔に薄い頭髪、白ブチの眼鏡も特徴的でしたわ」

「ありがとう、彼も現場にいたから可能性は極めて高いね。」


証言は取れた、これでギャフンと言わせてやろう。

その後、山吹さんに屋処さんが知ってる?実は私の家系図って大英博物館に展示されているんだよ、と血統を証明する家系図をweb越しに提示すると本気で驚いていた。

これはこれで絵になるだろう。わたしも最初は驚いた。ん、あれ山吹さんが屋処さんを見る顔が蕩けてる様な…。


「ありがとう、これでネガキャンクソ動画も吹き飛ばせるだろう。君のおかげだよ」

「そんな、あたしシャロクホームズ様のために微力ながらお話をしただけですぅ♡」

「…帰りましょう屋処さん、動画の編集が待ってます」


名残惜しそうにしている屋処さんを引きづって事務所へ戻った。


後日、完成した動画をアップロードしたところ、所謂バズりをみせた。

動画のコメント欄には山吹さんと屋処さんの対談する様子に対して、てぇてぇなどの書き込みが多数見られた。画面が若干ブレてるなどの苦情もあったが見なかったことにする。

家系図の件も山吹さん同様に視聴者たちは驚きの声を見せていた。これでちゃんと屋処さんがホームズの子孫であることが周知されるだろう。


肝心のアイリン親衛隊チャンネルにあったネガキャン動画はファンから苦情が寄せられたのを機に削除された様だ。

今回の闘いに勝利した、萌えは常に勝つ…!


「シャロク…ホームズ……様…」

「ん、なんか言った雪姫さん」

「あ、いえ何も、なんdめおありません!!」


動画編集中の屋処さんがヘッドホンをしていたので聞かれずにすんでよかった…。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る