第4話 「灯台下暗し」
雪姫視点
「お茶をどうぞ」
依頼人の前へカップを置く。
「ひっ、あ、ありがとう…ございます…」
今日の依頼人は顔色がすこぶる悪い、やつれている。物音がする度そちらを振り返り酷く怯えてしまう。
依頼人はわたしとそう年の変わらない女性だ。ずっとストーカー被害を受けているらしい。
大人しそうな印象から花弁の様な柔らかさを併せ持ち同性、異性からも好かれそうに見える。髪はセミロング、垂れた前髪の隙間から見える瞳は大きく、小動物的な愛らしさがある。
今まで警察に何回も被害届を出したが、中々受け取ってもらえず受理されなかった様だ。
大学2年生であるため、都内にある大学へ通うために一人暮らしをしている。
寮ではなく単身者向けマンションに住んでいるらしく、自宅のインターコムを何回も鳴らされたり、ポストに偏執的なラブレターが置かれたりして精神的に参っているみたい。
出来る限り力になってあげたい。
「差出人はかなり几帳面だな」
「そうなんです?」
「あぁ、投函された手紙を見ても指紋一つ付いてない」
屋処さんは自分の机上で手紙にブラックライトを当てて眺めている。
「繊細か、几帳面、または完璧主義か。書かれた字もレタリング文字みたい。秩序型だな」
「秩序型というのは?」
「プロファイリングにおける犯人の分類方法ではこの様な几帳面さが見られる犯行を秩序型と定義される」
「そうなんですね、計画立てていたりもするんでしょうか」
「それもある、では小鳩さん今から私がランプ魔神の真似事するので質問に答えて欲しい」
小鳩さんは屋処さんにこくりと頷く。
「ストーカー被害が始まったのはいつからかな。大学に入学してから?それとも入学前からずっとかい」
屋処さんから質問された依頼人の小鳩さんは記憶を手繰り寄せようと必死に思いだそうとしてる。
「えっ…と…」
「ゆっくりでいいよ、雪姫さんの淹れたお茶を飲むといい」
促されてわたしが淹れたお茶を一口。今日は近くのスーパーで仕入れたほうじ茶。温かいので気持ちも落ち着くだろう。
「大学に入学してからです…。高校の頃はこんなことありませんでした」
「なるほど、もうこれで大分絞れたな。では次に君のプライベートに関わる質問をするよ、いいね?」
「…はい」
「大学に入学してからの恋人関係を教えてもらえるかな」
「……実は1年生の頃、同じゼミの男の子から告白されて付き合ってました」
「それは今も続いている?」
「いいえ…。男性と付き合うの初めてで、ワタシが不器用なのもあってうまくいきませんでした」
「そっか、ありがと。質問は以上だよ。次はもう少し情報が欲しいのでご自宅に伺っても良いかな?」
「自宅ですか?構いませんよ、今日は元々大学の授業もないので」
「よしきた!今から行こう。和登島さん、戸締まりするよ〜」
屋処さんが小鳩さんの自宅へ伺うため、わたし達2人が同行するので事務所は一旦施錠する。
依頼人の彼女は大学が都内ということもあり、赤坂からそう時間の掛からない場所に住まいを借りていた。
現地に着くと都内に有り触れた住宅街の光景がある。
「なかなか綺麗なマンションだね」
「確かに…」
屋処さんとわたしは小鳩さんのマンションを見上げる。外装はとても綺麗でお洒落だ。デザイナーズとかいうやつだろうか。高さは7~8階くらい。今でこそ赤坂の事務所に屋処さんとルームシェア出来たが、わたしが以前に住んでたのはこじんまりとしたアパートだった。正直、小鳩さんが羨ましくある。
「小鳩ちゃん〜!どこにいたの?!携帯に電話したのに出ないから心配して家に来ちゃったよ!」
小鳩さんのお友達だろうか。同世代くらいの女の子だ。人懐っこいのか小鳩さんへ駆け寄ると手を取り、指を絡ませている。
「あれ?そっちの人は友達…?大学にいたかな」
「牡丹ちゃん、この人達は探偵さんなの。ストーカー被害を相談したら調べてくれるって!」
「探偵…?」
やはり小鳩さんの友達らしい。
社会人らしく名刺を取り出して自己紹介をしよう。
「和登島雪姫です、屋処さんの助手をしてます」
「わぁ〜美人さんだね!あ、そっちの人ルルチューブで見たことあるかも」
屋処さんのルルチューブは最近、順調に登録者数が増えている。前より認知されてきた。
「屋処さん…?」何故か先程から押し黙っている。
「ん?あぁごめん。私は屋処紗禄、顧問私立探偵さ。はいこれ名刺」
名刺を見て牡丹さんは小鳩さんと一緒にはしゃいでいる。年相応と言える。
「悪いけど今日はこれから小鳩さんの自宅を調べるので牡丹さんは出直してくれるかな」
「そんな!ワタシ小鳩ちゃんを心配して来たのに…!」
「ごめんね牡丹ちゃん、今度埋め合わせするから」
「うぅ、ぐす…。これは同じゼミだった白崎のせいだよ!きっとアイツ別れた小鳩ちゃんに未練があってストーカーをしてるんだ!」
「牡丹ちゃん…」
小鳩さんが狼狽えている。少し宥めた方がいいかもしれない。
「調べたら全部はっきりするよ」
屋処さんが一言でまとめてくれた。
牡丹さんを尻目に自宅へ上がるのは気が引けるが仕方ない。
小鳩さんの部屋は2階の一室だった。
広さは単身者らしく1LDKのと言っていた。
「玄関の鍵はピンシリンダー錠か、ディンプルキーの方をおすすめしておく」
「ピンシリンダー錠?ディンプルキー?ってなんですか…??」
「ピッキングされにくいのがディンプルの方、費用はかかるけど」
そうなんだ…。全然知らなかった。もっと勉強しなければ。
「和登島さん、盗聴発見器を頂戴」
「はい」
仕事道具をつめた黒いダッフルバックから所望のものを差し出す。
盗聴器の出す電波に反応して、感知するとピーブ音がなるらしい。
「ピーッ!」
……さっそくなった?!
「ん、方向によっては別の場所で鳴ったりするな。一つじゃない」
「え…待ってください。ワタシの部屋に盗聴器が複数あるんですか?!」
小鳩さんが今日いの一番の声を張り上げた。誰でも驚くだろう。わたしも驚いた…。
「そうなる、あ、あった。お菓子の缶が二重底になってる」
「それ…白崎くんがお誕生日のプレゼントにくれたやつです…」
「コンセントタップ無駄に一個か二個増えてない?」
「あれそこに差し込んだっけ…」
ピーッ!
「これもそうだ、回収~」
「ひっ…」
小鳩さんがドン引きしている。わたしも寒気がしてきた。
「じゃあお次は部屋の電気を落としてくれるかな」
「…はい」
次は何が出るのだろう…。
屋処さんは発見器を操作すると今度は端末から赤いLEDライトが出た。
「これは一体…?」
「光学式ライトで小型カメラを見つける。レンズに反射すると光る」
わたしたちはライトの矛先を固唾をのんで見守る。すると…あった!これもまた一つだけではなかった。
「やはり埋め込まれていたね、観葉植物、ベッドの裏、白崎くんがプレゼントした人形、オーディオの後ろ、洗濯機」
「……え、……え?……あっ」
小鳩さんがあまりのショックに眩暈を起こして倒れてしまった。
「危ない!」
なんとか倒れ込む前に合い支えてあげることができた。
「危なかった…」
「おみごと和登島さん」
「屋処さん?…はい小鳩さんが無事でよかったです」
屋処さんがわたしに携帯で打ち込んだテキストの文面を見せてきた。
このままそれとなく会話する様に指示がある。それからネズミ捕りをするらしい。
「このまま部屋に寝かせておくのは心配なので今夜は事務所に止めてあげましょう」
「そうだね、和登島さんは先に事務所へ帰っていいよ。社用車で来たから彼女を連れて帰れるでしょう。私は電車で帰るから。その前にここをもう少し調べておくね」
「はい、分かりました。ではお先に失礼します」
両脇にお姫様抱っこした小鳩さんを抱えて部屋から出る。…自然体だったろうか?
マンションの玄関を出たところ、先ほどの牡丹さんの姿はない。大人しく帰ったようだ。
わたしも小鳩さんを事務所へ連れて帰ろう。
ほどなくして事務所へ戻ってきた。小鳩さんにはわたしのベッドでそのまま眠ってもらっている。屋処さんが戻るまで今日のレポートを作成するべくパソコンと向き合う。
「雪姫さんただいま~」
「屋処さんお帰りなさい!仕込みはどうでした」
「上々だよ、わざと電池式のものだけ残してきた。犯人は電池交換か、本体そのものを回収しに来るだろう」
「そこを捉えるんですね…!」
「うん、あとは結果が出るまで小鳩さんを保護してあげよう」
「やはり過去に付き合っていた男性がやったんでしょうか…?」
「事実というのは、有り得ない可能性を排除して最後に残ったものなんだよ」
「屋処さん…?」
「疲れたし、何か美味しいものでも出前で頼もうか」
「…はい」
この胸の騒めきはなんだろう。言い表せない、拭えない違和感がある。
三日後───
小鳩さんの友人である牡丹さんが大学を中退した。
屋処さんが小鳩さんの自宅に仕掛けた隠しカメラには電池式の盗聴器、隠しカメラを回収しにきた牡丹さんの姿があった。
警察はこの映像を元に被害届を受理、牡丹さんは連行されて事情聴取された。
さらに驚いたのは牡丹さんは小鳩さんのことが好きだったらしい。
友達というより、1人の人間として。
白崎くんと付き合っていた小鳩さんを別れさせたのも彼女自身の仕業だと証言したらしい。
「屋処さんどこからわかっていたんです?」
平穏な事務所、次の依頼人が来る予定の時間前に聞いてみた。
「小鳩さんのマンション前で牡丹さんと出会った時には引っかかっていた」
「わたしには全然でした…」
「隠しカメラの場所の多くは丁度私の手が届く範囲だったんだよね」
「というと…?」
「男性ならもっと高い位置に置けるはず。カーテンレールの裏なんかにね。なので仕掛けたのは女性か小柄な男性になる。それなら小鳩さんの自宅へ自由に出入りが可能な女性の線が濃厚だろうなと思った。」
「なるほど…、あの引っかかったいうのは牡丹さんは女性が好きということですよね。それは何でわかったんですか」
「私もそうだから、直感でわかった」
「えっ」
「サイコクレイジーレズって怖いね」
えっ…?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます