第3話 「名探偵!屋処紗禄の集えシャーロキアン!」
雪姫視点
赤坂2-2-1
都内の一等地を示す住所、この場所に屋処さんは自身の探偵事務所を構えている。
正確には事務所として使う契約を大家としたばかりでまだ準備中だ。
荷物が持ち運ばれたまま、まだ段ボールに詰め込まれている。
それになんだが埃っぽい、げほ!
「雪姫さん、助手としての初仕事を任命しよう!」
「は、はい!」
屋処さんはいつもの上着を脱いでワイシャツにベストという動きやすい格好をしている。下はスラックスだ。狐色の革靴を履いておりお洒落であることがわかる。
「事務所の大掃除を手伝って!!」
どーん!と漫画なら擬音が見えそうな感じに両手を広げて事務所の真ん中に立ち尽くす屋処さん。
こういう時は助手としてどういう反応を示せば…。
携帯でBGMで流せばいいかな。
「ん、おもむろに携帯を弄り出してどしたの」
でてーん!と携帯のスピーカーから流れる。なんだか思っていたのと違う。
「ちょ、今のSEって笑っちゃいけない時に流れるやつじゃん!!」
…やってしまった。これじゃない!
「ご、ごめんなさい。盛り上げようとして間違えました…」
「まぁ…気を取り直して、掃除で本領をはっきしてもらおうかな!」
「はい!」
いきなり盛り下げしまった…。挽回しなきゃ!
この前の事件以降、助手を求めていた屋処さんからスカウトされて、正式に助手となることが出来た。
話しを聞いた限りではイギリスで大学を卒業後、探偵社で働くも不倫調査ばかりですぐに飽きてしまった様だ。
ホームズの子孫ということもあって優遇されたり、忖度されたらしいが、当人は嫌だったらしい。
自分の力で探偵として一旗あげる!と地元に言い残して日本へやって来たみたい。
日本の学生がイギリスで起業するみたいなものなのに、躊躇せず行動に移すアクティブさは見習いたくなる。
掃除とは違うことを考えていたせいか、手にしていたお皿が滑った。
ガシャーン!
「ごめ、ごめんなさい!」
今度はお皿を割ってしまった…。
「あらま、大丈夫?ケガはない?」
「はい…このお皿大切なものだったりしますか…」
「んにゃ、日本文化を体験しようと思って陶芸教室のワークショップで作ったやつだよ。」
「えっ」
「私の手作りで形が少し歪んでるでしょう」
それはある種、貴重なものを壊すより替えが聞かないのでは…!
「そこの先生さ、自分で焼いたやつを気に入らん!つって投げて壊してんの」
「えぇ」ホントにいるんだそんな人。
「先生がそんなだし、一つ壊れたくらいで気にしないよ。雪姫さんの方が大事だし」
「え、え、え…?」
「じゃあこれ包んで捨てといて」
言うだけ言って自分の荷物を開封し始めてしまった。…私の方が大事か、えへへ。
屋処さんに会えて良かったと思える。
あのイベントにいなければ犯人扱いされることはなかったが、巡り合うこともなく平坦な毎日を繰り返していたに違いない。
自分の人生に目的意識が始めて生まれた。
私は今、自分の意思で屋処さんを手伝いたいと思う。でも、まだ会ったばかりで知らないこともいっぱいある。
そういえば、どうしてあのイベント会場にいたのだろう。
割ったお皿を処分したあと、聞いてみた。
「会場にいた理由?日曜日なのに暇だから外出しようと思ってね。来日してまだ日が浅く、親しい友人もいないから一人でぶらぶら出来るのに良さそうだから行ってみたんだ」
「じゃあ、あそこにいたのは偶然なんですか」
「そういうことになる、ホームズを題材にしたイベントというのも気になってね。もしかしたらご先祖様が引き合わしてくれたのかもしれない」
そうだったんだ…、これが…運命…?!
「運命でしょうか…」
「なに、急にモジモジし始めてどしたの」
「当てて…みてください」
「トイレなら廊下出たとこにあるよ」
「…違います」
運命の人…とか考えたけど天の河くらい遠くに気分が飛んでいってしまった。何でこういう時は外してしまうの…!
そういえば、屋処さんが居た以外にも気になることがあったんだ。
「あの会場で起きた盗難事件でいくつか気になる点があるのですが」
「1、会場が停電した理由。2、あいりもといアイリンの処遇。3、雪姫さんが犯人でないと最初から分かった理由。どーれだ」
分かりやすい3択にしてくれた。どれも気になるけど最初は3番にしてみよう。
「ではまず私事の3番からでお願いいたします」
「オーケー、何で最初から雪姫さんが犯人ではないと分かったか。それはね、ひと目で犯罪を犯す人間には見えなかったからだよ」
「つまり勘ですか?」
「いやいや、私の観察眼と経験による推測であって、勘とは似て非なるものだよ」
「そういうものなんですか?」
「人相学くらいは聞いたことあるでしょう。顔付きはその人の人生そのものが反映される。人を騙そうとしたり出し抜こうと常に考える人物の顔付きもそのようにどこか歪んでるものなんだ。顔の筋肉に思考が反映されてるからね。詐欺師みたいな相手は対峙した時にやはりどこか違和感を感じる」
…なるほど。
「あいりさん、初見では女性らしい愛嬌や話しやすさを感じたのですが、猫被ってましたもんね」
「サイコパシーに傾倒してるほど初見では魅力的に見えたりする上、女は内面を隠して上っ面取り繕うの得意ときた。そりゃ騙されるよ。雪姫さんほどではないが、容姿もそこそこは良かった。芸能人崩れで大したヒットもないタレントって程度。女優には及ばない。胸はけっこうデカかった」
凄い無茶苦茶に乏している。見つけたダイヤをあと一歩で奪われる手間で、かなり接戦を繰り広げてましたもんね。あと胸…、谷間に手を突っ込んだのは予想外でした。ブラ外すと実は大きいのかもしれない。
「では1と2をお願いします」
「まずは2の方から。あいりもといアイリンについて」
「アイリンというのは、あのアイリーンですか?」
彼のホームズを出し抜いた女怪盗がいの一番に浮かぶ。
「アイリーンにちなんだ、あいりのあだ名としてアイリンが使われている。先日の盗難事件は全国区のニュースになったからね。報道で連行されたあいりを観た世間…のまぁ大半の男が彼女を見て鼻の舌を伸ばしている。掲示板ではおっぱい堪らん!おちちエチチ!狐顔が良し!などの感想が寄せられている」
くっだらない…。
「そんな彼女は今、湾岸署で取り調べを受けている。黙秘を貫いており、弁護士を呼べの一点張りらしい」
「じゃあ盗んだ理由はまだ分からないんですね」
「うむ、こればかりは向こうの仕事だから待つしかない」
理由を知りたいが、話してくれない以上は時間を待つしかないだろう。
「そういえば屋処さんの活躍についても報道されてましたよ!女性誌は容姿について書かれたものが大半ではありましたが」
「確かに。困っちゃうなぁ、女性ファンから私のSNSにDMやメールが止まらない」
「え、…何通くらいですか」
「今朝は100通くらい、取り敢えず可愛い子には返事しといた」
「次の話に進んでください」
「え、うん。わかった」
「早く次」
………………。なんだろう胸の内のモヤモヤは。言い様のない何かを感じる。私がまだ知らない何かだ。
「アイリンは今、留置所で拘束されて取り調べを受けている。詳細な供述はまだ出てないが、一連の犯行は組織絡みだった様だ」
「単独犯ではなかった?」
「いかにも、会場が停電したのは警察当局の調べよるとハッキングを受けたせいみたいだ。会場くらい大規模な施設となると自動制御してるからね。一部の電圧源がショートして壊れたらしい。タイミングを見計らって壊したと思われる」
「あのダイヤはお値打ちものだったんでしょうか?そこまでするなんて」
「あれはプリズムシャイニングカットと言う特別なカッティングが為されている。値段は確か日本円で1億だったかな」
私の後ろにとんでもないものがあった…!
「宝箱の中にも結構な値段のものがあったらしい。話としてはこんなとこかな。さぁ、そろそろ掃除を再開しよう。終わったらまだやることがある」
私達はお喋りを一旦やめて掃除に取り掛かった。
一通り荷物を片付け終えた頃には既に日が暮れていた。二階の窓から外を眺めるともう暗く、ビル群の明かりが眩い。
「和登島さん」
以前に付けてもらった芸名で呼ばれた。なんだろう、振り返るとカメラを構えた屋処さんがいる。
「あの、え、そのカメラは…?」
「まだ言ってなかったんだけど、事務所の宣伝と広報がてらルルチューブで動画投稿を始めようと思う」
「ルルチューブ…?」
確か今はやりの大手動画投稿サイトだったはず。
「というわけなので和登島さんはこのチャンネル名を一緒に言ってくれるかい」
カンペを渡された。ふむふむ。
「大丈夫です、いけます。」
「いい?いくよ、3…2…1…」
紗禄「名探偵!屋処紗禄の集えシャーロキアン!」
和登島「名探偵!屋処紗禄の集えシャーロキアン!」
私たちの探偵稼業は今ここから始まった…!
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