第2話 「剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力」

紗禄視点


盗難にあったのは四つの署名のブースで展示をしていたダイヤだ。

ギャングの手のひらに収まっていたものが停電の復旧後に消えていたというのが警備員の証言。


「それで彼女で嫌疑を掛けるのが早いというのはどういうことなんですか、お答えください顧問私立探偵さん」


所轄の中川刑事が私を試すかのように質問を投げかけてくる。

いいだろう受けて立つ。


「中川刑事、証言した人物を呼んでくれ、それから嫌疑を掛けられてしまった君。名前をまだ教えてもらってなかったね。よければ知りたいな」

「雪姫です…。霧島雪姫がわたしの名前です」

「ユキさん、停電した時に君はどこにいたんだい?またその前にしていた一連の行動を教えて欲しい」

「わ、わ、わたし」

「落ち着いて、私は君の味方だから」顔が青ざめている。落ち着かせてあげよう。

「…私はお昼の休憩で持ち場を交代してもらったあと、お昼ご飯を買って食べてました。開放された屋上のベンチで」


「なるほど、1人だったんだ?」

「はい、1人です…」


「それなら自由に行動出来たはずですよね?」

中川刑事が追及してきた。彼は確か本庁からの出向でこの所轄にいる人物だったな。もしかしたら成果をあげて勝ち星を取りたく躍起なのかもしれない。


「確かにそうだが、今の証言を裏付けられるものはないかな。お金卸すのにATMを使用した利用履歴とか」

「え、えーと。コンビニでパンを買った時のレシートがあります」

「それだ!」拝借して確認してみる。丁度、正午過ぎにコンビニで買った様だ。


「停電が起きたのは正午過ぎのあとではありませんでしたか中川刑事?」

「…アリバイ作りも可能性にありえる。」

「立ち寄ったコンビニは2階、対してイベント会場は1階。この広い場所を行き来するだけで5〜10分以上もかかる。駆けつけるのに走ったりもすればそれこそ目立つし、証言があるかもね。なによりメイド服姿のままで目立つだろう。その様な報告はありましたか刑事さん」


中川が確認するのに部下に確認を取ったところ、その様な報告はなかった。

バツが悪そうにしている。…いいぞ。


「停電の前に霧島雪姫さんを見たという男性を今連れてきました。実際に顔を確認してもらいます」


1人の男性が制服警官に連れられてきた。カジュアルな私服の姿。よく見ると服は使い古しているのかよれていたり、シワがある。顔もなんだが冴えない。未婚独身成人男性といったところか。どうせ彼女もいないだろうからユキさんには大方、下心をもって近づいたんだろう。

「こいつだ!停電前、宝石の前に居たから話しかけようとしたら怪訝な顔をされて罵倒されたんだ!」


「ちょっと大声出さないで、いい年した男性がよしてください」


中川刑事や制服警官達が静止に入る。


「あ!あなた持ち場にいる時わたしの周りをウロウロしてた人ですね。目ざわりだから睨みつけはしましたが罵倒までしてませんよ…!」


ん?妙だな2人の証言が食い違っている。


「おいそこの独身未婚成人男性」警官に囲まれた男に近づいてみる。

「なんだお前?」

「お前こそなんだ、ナンパしようと上手くいかないからと、当てつけにユキさんを犯人に仕立てようとしてるのか」

「はぁ?違う、俺はただほんとのことを言ってるだけだって!」


…体温が上昇しているのか顔がやや赤い。周りを警官に囲まれて緊張しているからか、嘘を言っているせいなのか分かりづらい。


「中川刑事、一体取り囲むのを控えて。彼はおびえてる」

「いやしかし」

「警察が市民怯えさせてどうすんだよ」

「…少し距離を空けて彼を囲むのは控えてください」


中川刑事の言葉に制服警官が従う。これでより近づける。


「いい?君の証言の真偽で事実が明らかになる。ちゃんと答えるんだよ」

「なんだよ…たくっ、それで何を言えばいいんだよ?」

「罵倒したのはほんとにユキさんだった?人の記憶というのはあやふやなもので印象で左右される」

「は?あー…いやでも」

「コンパニオンは全員メイド姿をしている。見間違えることもある」

「立ち姿がなんというかシュッとしてたし、横顔も鼻筋が通っていたから」

「声は?罵倒された時に初めて聞いたんじゃないか。ユキさんは睨みつけただけと言ってる。最初のファーストコンタクトは言葉を躱していないはずだ」

「え?え?確かに…」

「ちなみに何て言われた?」

「邪魔をするな、このクソ豚野郎…って」

「……わぉ」


男はそれきり口を閉じてしまった。まぁショックだったんだろう、うん。


「ユキさん」振り返り視線を合わす。

「はい、なんでしょうか?」

「邪魔をするな、このクソ豚野郎って言ってみて」

「えぇ!?でもええ??」

「躊躇するかもしれないが、彼に聞き分けてもらわないと」


嫌そうにしてはいるが確かめてみてもらわないと。


「いや、ちょっとなにしてるんだ。こんなの捜査じゃないだろう」

中川が口を挟んできた。


「いや捜査だよ、これで彼が発言を撤回すれば証言が変わる。導き出される事実がある」


「……」

中川が苦虫を嚙み潰したような顔をしてる。くくっ。


「はいじゃあユキさんお願い」

「え、え…」

「君のためでもあるんだよ」

「…はい」


「…クソ豚野郎」

「全文でお願い」

「…邪魔をするな、このクソ豚野郎」

「もっと声量をあげて!」

「邪魔をするな、このクソ豚野郎!!」


「ありがとうございます!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


!?男が唐突にお礼を言ってきた。さすがにこれは私もびっくりした…。

周りが引いて若干空気が凍ったがやるべきことはやった。えらいぞユキさん。


「それで君に対して最初にクソ豚と言ったユキさんと今のユキさんは同一の人物だった?」

「……違う。最初のは何というがドスがあったというか、声はもっと高かった。今のは最初に聞いたのよりも声が低いし、優しさがあった。停電前にいたのは別人だったんだ…」

「…的確な証言ありがとう」優しさってなんだよ。


「まぁこれで証言が変わったことを確認出来ただろう中川刑事、ちゃんと調書に記録しときなよ」

「とはいえこれは…声など作れるのでは」

「あとは監視カメラなんかで裏を取りな。屋上に本当のユキさんが映ってることだろう。それと顛末は警察文書風に直せばいい。これではっきりとしたね。ユキさんは事件現場発生時にはいなかった」


導き出される事実は一つ。

「あのヤカさん、これは一体どういうことなんですか?」

ユキさんが私に尋ねてきた。本人が今一番知りたいことだろう。


「誰かがユキさんになりすまして嫌疑をかけようとしていた」

「わたしに罪をなすりつけようと…!?そんなことしたのは誰なんですか…」


取り巻きが私たちを眺めている。その中にはメイド達の姿があった。

私はそちらへゆっくり近づく。

ユキさんを心配していたのだろう、それぞれ不安そうな顔をしている。

お互いに身を寄せ合ったり、縮こまって首を竦めていたりと心理的な防御姿勢を見せている。

ノンバーバル、人の行動にこそ感情と思考が反映される。

その中に1人、重心を崩してリラックスしている人物がいた。

ドレスローブ越しだろうが私に掛かればお見通しだ。腰の位置からスタイルの良さが見える。

その人物の表情は最初こそ無表情だが、私が近づく度に瞳孔が拡大する様子が見て取れた。

背格好もユキさんと同程度。

証言からメイド服を着た女性であることは明白。

体形と心理状況を加味するとこの中の1人しかいない。

衆目の中でお宝を盗み出せる土量を持つ人物。それは───


「犯人はお前だ!」一度言ってみたかった。

「…あいりさん?!」

ユキさんが驚いてる。知り合いの様だがこいつは君を騙してなすりつけようとした利己的な人物に他ならない。


「アタシが犯人なんて嘘よ、きっと何かの間違い。彼女は推理を何か間違えてるはず!」

「おい猿芝居をやめろ、所持品を確認だ、まだ持っているはず」


「すみません所持品検査をさせてください、チェックするのはこちらの婦警にやらせます」

中川があいりを注視する。物腰こそ柔らかいが徹底的にマークしている。

呼ばれた婦警があいりを調べ始めた。メイド服という生地面積が多い服のため若干の時間がかかる。


「ありません…」

婦警が放った言葉は驚くべきものだった。衆目の中でスカートをひっくり返すわけにもいかない。しかしこれでは奴に逃げられてしまう。

何とかしなければ、そういえばまだ調べてない場所がある。…隠すならそこの可能性が高いのでは?


「私がやる!」ええいままよ!

「ちょっと何を」


婦警の制止などものともせず、胸の谷間に手を突っ込む!

「…!!あんた何をして」

「うるさい!ん、何か固い感触があるぞ!お、これは」あいりの言うことなど気にしない。

「あ、ダメ!」


私の右手の平に収まっているのはダイヤだった────

「おおおお!ダイヤ取ったどー!!」


カラン、カラン。

地面に硬いものが落ちた音が響く。突如どこからともなく辺りが煙に見舞われる。

これはスモークグレネード!!

煙たい中であいりがスカートの裾をつまんでいたのが見えた。

ゴホッゴホッと煙でむせかえる、早くこの煙から出なければ。

しかし、辺りは突然の事態に混乱が起きている。みんながみんな右往左往していた。


独身未婚男性がいの一番に逃げようと人を突き飛ばしている。前にはユキさんの姿!

「危ないユキさん!」食らえご先祖様直伝バリツ神拳!あちょー!

「ご、がぅっは!!」

実際にはただのひじ鉄投身アタックである。


「返して」

右手を誰かに捕まれる。振り向くまでもなく声の主は検討がつく。

「バリツ神拳!」

空を切った。空振りか、くそ!視認性が悪い中避けただと?!なんだこいつ!


「犯人のクセして被害者ぶるな、くそブス…!」押し殺した声で言い放つ。

「黙れ!」

あいりが私の右手をこじ開けようする。うおおおおこいつ思ったより力強いぞ!まずいこのままだとダイヤが取られてしまうううううぅぅぅぅぅ!!


────横凪一閃

私の眼前をその様に形容出来る鋭い蹴りが横切る。

パンプスがあいりのこめかみに着弾した。


綺麗に命中にしたハイキックであいりは脳震盪を起こしてその場に崩れ落ちる。

地面に頭を打つ前に確保っと。

煙が晴れて目の前にいたのは左足で一本立ちして右足を空に高く掲げるメイドもとい、ユキさんの姿だ。


「ナイスキック!キックボクシングやってたんだね」

「昔に少し…だけですけど」

「いいね、気に入った。君うちの事務所で助手しない?」

「え、助手ですか、……やります!」

「OK!芸名はそうだな和登島とかどう?」

「はい…!」


犯人確保して助手もゲットしちゃった、やったぜ☆彡





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