顧問私立探偵 紗禄のケースファイル
三彌
第1話 「Consultant Private Detective」
海が見える。今日は晴れているため日差しがキラキラと反射し、輝いて綺麗だ。
都内と違ってビル群は疎に生えており、平地が目立つ。
鳥になると丁度、これぐらいの視点で見下ろせるのかもしれない。東京湾の地平線も見える。
光が屈折して、モノレールの窓ガラスから外を眺めていた私と目が合う。
黒髪ロング、目力が強く、眉毛は長い。
鼻筋は長く、唇は出る前に塗ったリップで艶やかだ。白い肌が個々のパーツを映える下地となっている。
人からは端正だね、とか綺麗なんて評される。
褒められること自体は嬉しいのだけど、評されることが外見の姿しかなかった。
それもそのはず、私は人見知りで口数も少ない。
よく何を考えているのか分からないと言われた。実際のところ口下手で表情も乏しい。
短大を卒業してから特にやりたいこと、なりたい職業といったビジョンもなかったため、取り敢えず暮らしていくのに自分の容姿を切り売りする様な仕事に就くしかなかった。
窓ガラス越しに今日の仕事場、または目的地が見えてきた。
日本で1番有名なイベント会場と言えるだろう。
モノレールのアナウンスが最寄り駅の名前を告げる。
「国際展示前、国際展示場前」
モデル派遣会社に登録した本名を告げる。
受付の事務を終えて、制服が支給された。
今日はビックサイトで行われるイベントコンパニオンをしないといけない。
イベント名は何だったかな…?忘れたかもしれない。
とりあえず更衣室へ移動して制服に着替えよう。
会場内を移動中、館内は多くの人が行き交う。腕時計に視線を落とすと、まだイベント開始前であるため時間に余裕はある。今日は日曜日なので、イベント開始時刻には今よりもっと多くの来訪者が来るだろう。
そんなことを考えていると更衣室へ着いた。
室内に入ったあと、早速支給された制服を広げてみる。
これは…普段あまり着ない様なドレスロープだ。
袋に同封されたプリントに手順が書いてある。それに沿って衣装を着用してみよう。
メイドだ。秋葉原の路上にいる萌え系のメイドではなく、本来のクラシカルなメイド姿の自分が鏡に映る。
「わぁ綺麗…」「すごーい…」「似合ってる〜」
更衣室にいる他のモデルの子達から称賛された。
「あなたとても綺麗ね」
ふいに隣にいた女性から話しかけられた。
「背筋が伸びてとても凛々しいわ、何かスポーツでもしてるの?」
…隣の話しかけた人は女性の私からでも色気を感じられる。愛嬌というのだろう、自分にはないものだ。
例えるなら猫がピッタリかもしれない。
「はい、昔にちょっとしたことを。今はもうやめてしまいましたが…」
「あらそうなの、私も身体動かすの好きよ♡」
色気のせいか別の意味に聞こえる。
「あなたお名前は?」
「霧島 雪姫です。そちらは…?」
「ワタシはあいり、あいって読んでくれてもいいわ」
「えっと、その、あいさんよろしくお願いいたします」
「よろしくねユキちゃん」
会釈したのち、あいさんは先に更衣室から出ていった。
彼女のメイド姿もステキであったことを伝えれば良かったな。
スレンダーラインが綺麗な線を描いていた。
身体の線が綺麗なので、もしかしたら新体操なんかをしていたのかもしれない。
それにしてもメイドとは何のイベント何だったろう。
先程のプリントとは別にパンフが付いていた。よく見るとイベント名と見出しが書いてある。
かつてあの名探偵が闊歩したヴィクトリア朝時代のロンドンを再現!シャーロックホームズがジョンワトソンと共に駆け抜けてきた冒険の数々を再現したジオラマを設営!
さらに会場ではモリアーティ教授からの挑戦状として謎解きゲームが用意されている。
シャーロックホームズ展覧会1887
モリアーティ教授の謎解き挑戦状〜
とのことだ。
ヴィクトリア朝時代ではまだメイドが実在していたので、コンパニオンの衣装としてメイド服というのも納得出来る。
家事こそしないが、今日の仕事はチラシ配ったり来場者にジオラマの説明をする予定となっている。お手伝いとしてメイドは役割に沿っているかもしれない。
私もそろそろスタンバイするため会場へ向かおう。
イベント開始時刻を過ぎてから来場客がやってきた。
「こちら、彼のホームズが四つの署名にて、依頼の宝石を求めてギャングとのチェイスを再現したジオラマになります」
漁師のボートに乗り込んだホームズとワトソンがギャング達と対峙するシーンを再現している。
ボートは全体ではなく船の先頭と一部のみであるため実物と比べたら大きさは劣る。しかしジオラマとして見る分には十分な迫力がある。
ギャングらが乗り込む船には宝箱が置かれており、蓋が半分ほど開いて宝石が見える。
実はこの宝石、本物らしい。
有名なものだとやガーネット、サファイヤ、オニキス、オパール、ラピスラズリなどがある。
ギャングが川へ投げ捨てようとして手にあるのはダイヤだ。
こちらの宝石も謳い文句にして告知しており、客寄せになっている。
そのため、このブースはジオラマに立ち入ることは厳禁とされており、前に警備員も常駐している。
このため、こちらのブースは他よりも人気が多い。
勘弁して欲しいのだが仕事で持ち場を離れるわけにもいかない。
私はカンペの通りに台詞を吐く人形役に徹している。
その間、男性客が周りをウロチョロしたりするのでガンを飛ばして追っ払ってやった。
または家族連れのお子さんから宝石ではなくわたしを指差し、きれい〜など言われた。が別に思うことはない。だけど、こちらは悪い気がしなかった。
ホームズやワトソンといた今日の主役を模したレプリカの人形が鎮座している。
その近くには白線で定められた立ち入れる場所ギリギリから、虫眼鏡でホームズを汲まなく調べている人物の姿がある。
背は私より小さい女性だ。この人もコンパニオンだろうか、先程の更衣室で見た記憶は多分ない。
ホームズみたくインバネスコートを着ている。もしくは熱烈なファンなのかもしれない。
もう少し離れてもらう様に注意しよう。
「英国紳士にとって帽子は社会階級を表す、ところがこのホームズは狩猟帽をかけている。これがどういうことか分かるかい」
「はぁ…?」突然話しを振られて間の抜けた声しか出てこなかった。
「小説の挿絵で当時のイラストレーターによって脚色されたホームズ像そのものなんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ、ホームズは中流階級だからね。山師でもないし狩猟帽は本来被らない」
「知りませんでした…」
「うむ、一人の人間も見方によっては違う側面がある。例えば君とかね」
「わたし…ですか?」
右手に持っていた虫眼鏡越しに私を見つめてくる。
「道行く人は君を綺麗なコンパニオンと評するだろう」
「……」今まで散々言われてきた。
「私は操り人形さながら、凍てついてる様に見えたね」
「えっ?!」心臓が止まるかと思った!
「もっと笑うと可愛いよ、綺麗な顔が勿体ないじゃないか」
その人の顔付きは黄緑色の瞳と明るく焼けた茶髪が印象的だった。目はキリっとしていてツリ目がちだったが、顔の造形は可愛いに寄っていた。カッコイイと可愛いの丁度中間だろうか。ボブカットはふわふわと動く度に揺れて軽やかさを感じる。
これまでに男性からアプローチをされたことは幾度かあったけど、ときめいたことはない。皆がみんな予定調和に容姿のみしか褒めないからだ。
なのに、こんな風に突然本心を見透かされて口説かれたのはさすがに始めての経験…!
これがときめき?!
私が人生で感じる始めての感情に悶えるのを余所にその人は踵を返す。
「もう少し話していたいけど、会場を見回らないといけないんだ、またね」
「え、あ、ま、まっ…」
待ってと言う前にその人は去ってしまう。
せめて名前だけでも知りたかったな…。
しばらくしてお昼休憩の時間となったので、代わりのコンパニオンに交代してもらった。
館内のコンビニでお昼ごはんを買った際、手元が滑ってお釣りを落としてしまった。
屋上の空いてるベンチで買ったパンを食べている間、食べくずがポロポロと膝に落ちていたのにしばらく気が付かなかった。
笑うと可愛いか…。
手鏡を取り出して口元を釣り上げてみる。
…若干引きつっている様に見える。普段余り笑わないせいかもしれない。
上の空な間、ふと腕時計に視線を落とす。
気が付くと休憩時間が終わろうとしている。ゴミを片づけて持ち場へ戻ろう。
館内に戻ると何やら騒がしい。一体なんだろう。
視界が薄暗い。本来なら付いているはずの照明が消えており、非常灯が蛍光している。
辺り一帯から騒めきが聞こえる。まだアナウンスもない様だ。
こういう時は一体どうすればいいのだろう。私も暗闇は怖い。はっきり言って苦手だ。
この様な事態のマニュアルなど貰ってない。他のコンパニオンの子と合流して話を聞いてみよう。
その矢先、照明が不意に甦る。
良かった、復旧したみたい。
安堵も束の間。遠くにいた男性の集団がこちらを見ている。
今度はいったい何…?
スーツを着た中年の男性が多数向かってくる。
腰が引け気味の私を尻目に、先頭に立っていたいた男性が口を開く。
「私は湾岸署刑事課窃盗犯係の中山と申します」
け、警察?!懐から出てきたのは警察手帳だ。初めてみた。
「先ほどこちらで展示物の貴重品が盗まれる盗難事件が発生しました。あなたが事件発生時、現場近くにいたという証言があります。事情聴取させてください」
物腰こそ柔らかいが、既に決定事項の様な圧を感じる。
あまりに突然のことで頭が真っ白になってしまう。元々回らない口がさらに回らない。
「まぁ待ちたまえ君たち、犯人は彼女ではない可能性が高い、恐らく別にいる。それに男性が複数人で1人の女性を取り囲むなんて野暮だよ」
私の後から女性の声がした。
振り返るとそこには先ほどのインバネスコートを着たあの人がいた。
「あなたは一体…?」
中山刑事が訝し気に伺うも、あの人は臆面、気にする様子もない。
「私は屋処紗禄、探偵さ。善良な市民の味方である顧問私立探偵と付け加えておこう」
ヤカシャロク、何だか変わった名前をしているけど、これがあの人の名前らしい。
「彼女に嫌疑をかけて犯人扱いするのは早計だよ所轄の諸君」
ヤカさんはどうやら私の味方をしてくれるらしい、内心1人ではどうすればいいのか分からないので正直ありがたい。
「顧問私立探偵…?ホームズじゃあるまいし。……あ!もしかして本店で噂になっているホームズの子孫?!」
「いかにも、私はホームズの子孫だ。ひいひいひいおじいさんくらいにあたるかな。この前、本庁に協力もしたね」
ホームズの子孫?顧問私立探偵?現代に実在したんだ…!
今日という日は自分が思いもしない、とんでもない日になってしまった…。
警察からも嫌疑を掛けられてしまい、わたしは一体どうなってしまうんだろう。
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