第4話 約束

その日以来、私はさらに努力をするようになっていた。

話は小学校を卒業するところまで飛んでしまうが、私は複数のクラブチームからオファーを貰っていた。

私は、『今度こそ』と思っていたが、それは叶わなかった。

親の事情で中学は別の県に、ということだった。

彼とはずっとサッカーをしていたかった。そのことで家出を何度もした。

しかし、現実とは無情なるもので、その時はすぐ訪れた。


大量の荷物を段ボールに詰め、小さな荷物を車に詰め込んだ。

車に乗り込み、シートベルトを締める。

父親が車のキーを軽くひねり、エンジンをつけた。

その時だった。

彼が姿を現したのだ。サッカーボールを持って。

「これ持ってけよ」

そう言うと、私にそのボールを手渡した。

私は窓を開け、涙ながらにそれを受け取った。

「あの約束、忘れてないよな?」

彼がいつかのような、真剣な眼差しで私にそう言った。

「……うん」

私はようやく絞り出した一言を、力の限り言い放った。

その声を聞いて、彼は満足そうな顔をすると、すぐに踵を返して行ってしまった。

彼らしいな、とその時の私は思っていた。

離れていく彼の背中を私はぼーっと見つめていた。


中学生になって、最初の方は連絡を取っていた私達であったが、新たな人間関係や環境に慣れていく内に、その頻度は徐々に減っていった。

私は勿論サッカーを続けていた。彼は、どうやら中学生のサッカー日本代表に選ばれたらしい、というのはネットニュースで知った。


そして高校生、大学生になり、今やそのサッカーボールは倉庫の奥に、思い出は心の奥に行ってしまった。あの日の約束も、もう心には無かった。

サッカーは続けていた。何と無く、という訳ではない。サークルではない、れっきとした体育会の部活だ。


大学生のあるとき、試合に遅れそうだった私は、ドタバタと家中を走り回っていた。

サッカーには『すね当て』という、ソックスの中に入れる、すねをガードする道具があるのだが、それがどうしてか見当たらなかった。

私は右往左往する内に、ついに見つけ出した。いや、見つけ出してしまった。

すね当てではない。

小学校三年生の時に貰った、彼からの手紙だ。

手紙を開くと、まだ若かりしリオネル・メッシと

「いつかメッシを超えような」というメッセージ。

私はえらく懐かしい物を見つけたな、とあの日の思い出を解雇しようとしたが、時間がそうさせてくれなかった。

すね当ては誰かに借りれば良い、そう思い家を飛び出た。


試合自体には何とか間に合った。土下座して友達から借りたすね当てをつけて、選手同士の握手が行われた。

そこで気づいた。

忘れもしない。あの時が、あの彼が、私の手を握っていた。

「『あ』」

タイミングに一秒のずれも無く、二人は同時にそう言った。

男子は意外と面影が残っているらしい。


私は右のフォワード。彼は左のサイドバック。あの時の約束が、突如として果たされようとしていた。


いつもより長い、試合開始の笛が鳴る。

私はいきなりボールを受けた。


そして、いつもの1 on 1が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘れかけていたあの日の約束が、突如舞い降りた日 稚拙 @yuto1381

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ