第3話 県大会、彼との勝負は

冬の寒さが激しい中、県大会は始まった。

選手は皆長袖のユニフォームに、スポーツ用の薄い手袋を着用して試合に臨む。

予選、本戦共にトーナメントの一発勝負。

負ければ終わりのサバイバル戦だ。

私と彼のチームは予選では同じブロックには入らなかった。

戦うにしても、お互いが本戦に進んだ先のベスト8である。私は何としてもそこに行きたかった。


予選の一回戦が始まる前日。日はとっくに暮れていただろう。彼の練習が終わり、帰宅するより早く私の家を訪れた。

「久しぶりに一緒にどうだ」

と言われ、私達は近くの公園へ赴いた。(とは言っても、休み時間などは一緒にやっていたが)

いつもの1 on 1が始まった。

「負けるなよ」

「そっちこそ」

「俺は負けないさ、優勝候補だぜ」

たしかこのような会話であったと思う。

彼のチームはネットに載るほど注目を集めていた。片や私は一小学校の少年団チーム。

厳しい戦いになるとは分かっていた。必ず予選を突破する。今一度私は決意を胸に固めた。


彼のチームは危なげなく、私のチームは苦戦しながらも順調に勝ち上がった。

予選ブロックの決勝では、私がゴールを決め、英雄として慕われた。

予選を突破した両チーム。ここで生き残ったのは僅か16チームだ。

あと一つ。あと一つ勝てば戦える。私は気持ちの昂ぶりを押さえられずにいた。


その昂ぶりが爆発したように、私達は本戦一回戦を快勝した。

彼のチームも同様であった。ここまで圧倒的な成績で勝ち上がってきた。

二人の目標が、叶った瞬間である。私はその瞬間を鮮明に覚えている。思わず笑みがこぼれるような不思議な気持ちだった。


決戦前夜。手の内を晒すわけにはいかない、と今日は公園には行かないということにした。

すぐにベッドに入り、私は心の昂ぶりを鎮めるように、眠りについた。


余り眠れなかった。たしか、そうだったはずである。

しかし自然と眠たさは吹き飛んでいた。

小学校に集合し、親御さんの車に乗せて貰った。

車に揺られる中でも、私は彼との1 on 1のシミュレーションを行っていた。


試合会場に着き、私達はウォーミングアップを開始した。

サッカーのウォーミングアップでは、現在コートで試合しているチームがハーフタイムで休んでいる時に、次の試合をするチームがシュート練習などを行えることが殆どだ。私と彼のチームはコートを半分ずつ使用し、シュート練習を開始した。

たまたま、彼と目が合う瞬間があった。

しかしお互い、表情一つ変えずにやり過ごす。緊張感が高まった。


試合開始前、私は監督に一つ頼み事をした。

それは、普段のポジションとは違う、右サイドのフォワードをやらしてほしいということだ。

その理由は一つ。彼とマッチアップしたかったからだ。

監督は快く引き受けてくれた。このときの私もまた、笑っていたことだろう。


選手同士が握手を始め、試合始開始のホイッスルが鳴った。彼は私が左サイドのフォワードをやると思っていたのか、一瞬驚きを見せたが、すぐに笑みをこぼした。


私達のチームはとにかく走るチームだった。走って走って、何とか食らいついていった。

ある時、私にボールが渡り、目の前には彼とゴールキーパーのみ。

絶好のチャンスであった。そして、いつもの1 on 1が始まった。


幾つかフェイントをしかけるも、種も仕掛けも丸わかり。彼を抜くのはやはり難しかった。

しかし、いつもと違うのは、そこにゴールがあることだ。

私はそこに一瞬の隙を見つけ、足を振り抜いた。

よくボールがゴールに吸い込まれる、という表現をするが、まさしくその通りであった。

私は貴重な先制点を奪った。

彼の表情を確認するよりも先に、仲間が飛び込んできた。


その後は彼のチームが延々と攻めのペースを握っていた。

試合も大詰め、コーナーキックのピンチだった。キッカーは彼。

これを守れば私達の勝ちだった。

しかし、サッカーというものはこういうときこそ牙をむく。

打点の高いヘディングシュートが私達のゴールに突き刺さった。


この大会は、延長戦というものは存在しなかった。

即ち、PK戦である。

しかし、勢いは完全に向こうにあった。

PK戦は技術は勿論、メンタルも重要になってくる。

私達は三連続で失敗という、無残な結果を残してしまった。


その後のことはよく憶えていない。

次の記憶は彼との熱い抱擁だった。私は辱めも無く、泣きじゃくっていた。

「必ず次は勝つから」

そう私は声を掛けた。

彼は、「ああ、楽しみにしてるよ、約束だ」

彼は確かに、私にそう言った。


結局、彼のチームは優勝まで辿りついた。

彼は大会NVPに選ばれるほどの活躍だった。



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