#272 クッションになる獣

「…………」

 稲貞いねさだは思った。

 この買い物はしてよかったのか? と。詐欺に引っかかった。騙された、とマイナスの感情が次々と思い浮かぶ。

 今目の前にいるのは『猫』に見える獣。どこからどう見えも猫にしか見えないが、その実猫ではない。猫の見た目をしているが、これはクッションだという。

 仕事の疲れを癒したくて、猫を飼いたいと思った。しかし『命』を飼うということの責任感に耐えられないと思い、何度も断念をしてきた。

 そこで見つけたのが、猫に見えるが猫ではなくクッションだというもの。ある時は猫として癒しを与え、ある時はクッションとして癒しを与える。そんな二面性を秘めた商品だというポイントに惹かれ、買ってしまった。

 擬似的に猫がいる生活もできるのだから、一石二鳥とも言えるが、果たしてどうなのか。

「えっと……切り替えの合言葉は『モード、クッション』」

 合言葉を言った瞬間、猫だったソレは形状変化を起こしてクッションへと変わった。

「おお……マジか……うわっ、フワッフワじゃん」

 手触りも良かった。なんて完璧な商品なんだ、最高だな、と先ほどの不安は消え一気にテンションが最高潮へと高まった。



 ひらりと、一枚の紙があった。

 そこにはこう書かれていた。

『ご購入ありがとうございます。本商品は猫モード、クッションモードの切り替えが可能です。注意点として、クッションモードで乱雑に扱うと猫モードが機能しなくなりますのでご注意ください。決して、投げる、叩く、踏む、汚すなどのないようにお願いいたします』

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