#51 チョキチョキと切るもの
「
「いいよ〜」
チョキチョキチョキと、聞き慣れた音が刃座見の指から聞こえてくる。
刃座見は俺が渡した折り紙をその手を使って切っているのだ。その傍で、俺は次の折り紙を手にとる。何回か折って、次にシャープペンで人の形の線を引いていく。
今俺たちがやっているのは、文化祭に向けての飾り作り。俺たちのクラスはお化け屋敷をやるため、その小道具や看板につける人形を作っている最中だ。
「はい、完成」
切り終えた刃座見は折り紙を広げる。そうすることで、切り抜かれた人の形が出来上がる。一つだけではなく、三人の人形、手が繋がっているように見えるやつだ。
「おお、さすが刃座見。綺麗にできてるな」
「へへっ、そうでしょ〜。数少ないわたしの自慢なんだから」
そういって、刃座見は自分の右手を掲げる。
刃座見の右手は、いや、正確には両手の指なのだが、とにかく刃座見の指はめちゃくちゃ細くて綺麗だ。今の時代、大抵の女子の指は細く綺麗なのだが、刃座見の場合は群を抜いている。すらっと長く、手のモデルができるんじゃないかと思うくらいだ。乾燥する冬の季節であろうと、こいつの手が荒れているところは見たことない。
「ま、お前の指が綺麗なのは認めるさ。んじゃ、次も頼む」
「えー、たまには
「……あのな、俺の指はお前ほど綺麗じゃないの。見てみろ、この太い指を」
刃座見の目の前に自分の右手を突き出す。俺の右手は刃座見と比べて……いや、他の男子と比べても太い部類に入る。
だから俺は刃座見のように綺麗に切れない。
人の右手は不思議なもので、チョキの形を作って、人差し指と中指を動かすことで物を切ることができる。チョキチョキと音が聞こえると、物が切れている証拠。
これには人によって差があり、さらには男女でも違いが見られる。
女性の場合は、男性に比べて指が細い人が多い。加えて長さも長ければ、今のように何かを切り抜くことに特化できる。美容師だって女性の方が多い。
反対に男性は太く、短いケースが多い。この場合、女性のように細かな作業は向いていないが、逆に女性ではできない厚いものを切ることができる。まあ、人によっては「切る」じゃなくて「押し潰す」に近いだろうけど。
そして俺の指だと、見事に後者に該当する。ただでさえ細かな作業に向いていないのに、太いせいで余計に切ることに向いていない。
「あははは、ほんと志座須の指って太いよね〜」
ケラケラと笑う刃座見。ムカっとするが、事実なので仕方ない。
「仕方ないな〜、んじゃ、この後スイーツ奢ってよね」
「は? なんで」
「この量をわたしがやるんだから、それくらいのご褒美頂戴よ」
「……わかったよ」
「やったー! やる気出てきた!」
事実として、刃座見のチョキチョキは綺麗なのだ。幼い頃から交友がある俺だから知っている。刃座見の手は本当に綺麗で、こいつが切るものはまさに芸術だ。将来、芸術の道で仕事できるだろうと思えるほどに。
それなのに、突然の不幸とはやってくるものだ。
「刃座見!!」
病院だとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。
病室のドアを開けると、ベッドで横になっている刃座見の姿が。
「……もう、病院なんだから静かにしなきゃ……」
仕方ないな、といった表情を浮かべる刃座見だが、そこに力はない。
「お前……右手が……」
刃座見の右手は痛々しく包帯に巻かれていた。
「……うん。ダメみたい」
「……っ!!」
刃座見は学校の帰りに交通事故に遭った。こうして命があることは本来喜ぶべきなのだろう。しかし、命と引き換えに、刃座見は右手の指を失った。
刃座見の綺麗な指がなくなった。間違いなく、芸術を作れる才能があった手が。
「……ごめん、ちょっと、今は一人にさせて」
力なくいう刃座見。俺はなんて声をかけていいか分からず、病室を後にした。
刃座見はもう、物を切ることができない。あの綺麗な指がもう使えない。
どうして、どうして、こんなことになった……。物を切ることはこの先の人生で幾度も必要になってくる。それを刃座見は失った。綺麗な指と同時に、生活するための能力を失ったのだ。
俺が力を貸してやるか? ……だめだ、俺の指じゃ「綺麗に切る」なんてできない。どうすればいい、どうすれば……。
そこから俺は考えた。刃座見の失った指に代わるもの。あの綺麗な指はもう戻らない。けれど、切る力はなんとかならないだろうか。
考える。考えて、ふと、ナイフが目に入った。もし、ナイフの刃で物を挟むようにしたら、切れたりしないだろうか。
それを思いついた時、俺はすぐに始めた。ナイフじゃ刃が足りない。挟むのがうまくいかない。俺は考え、考えて、刃座見の助けになるように考えた。
そして、何年かかかって完成したのが「ハサミ」と後に呼ばれる物を切る物だった。
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