#23 目が覚めたら……

 パチリ、と目が覚めた。数回瞬きをして、ゆっくりと脳が動き始める。

 ──寝ていたのか……? 

 そう自覚するのに少しだけ時間を有した。

 寝ていた、という感覚がない。まるで電源のオンとオフを切り替えるかのように、意識がはっきりと覚醒した。体に気だるさはなく、力を入れればすぐにでも起き上がれる。これから全速力で走ってと言われても、二つ返事で走ることができるほど、快適な目覚めだった。

 肩から下に感じる圧迫感。その正体は掛け布団。視界に映るのは白い天井。上体を起こして辺りを見回す。

 ──病院?

 簡素な部屋の正体が病室だと一目で分かった。なぜ自分はこんなところにいるのだろうか? 目が覚める前の記憶を探る。



 ……………………………………………………。

 ………………………………………………。

 …………………………………………。

 ……………………………………。

 ……? 思い出せない?

 それはおかしい、だが目が覚める前の記憶、自分が一体いつ眠ったのか、病室にいるということは何かしらの病気になったのか、それとも事故に遭って運ばれてきたのか。

 とにかく、この病室で目覚める直前の記憶が一切思い出せない。

 ──なんだよ、これ……。

 ゾワっとした感覚が背中に走る。

 頭を振ってその感覚を振り払う。

 ふと、室内にあるテレビ画面に自分の顔が映った。

 

「は?」


 目を擦りもう一度。

 黒いテレビ画面に映る顔は、やや幼さを残した青少年の顔。男子にしては長いまつ毛とクセのない黒髪。自分が瞬きをすれば画面に映る顔も瞬きをする。


「いや嘘だ……え? あー、あー、あああ」


 困惑の声が聞こえた。

 それが自分の口から出たものだと分かっても、すぐに受け止められなくて何度も声を出した。

 自分の耳に届く声。

 自分の目に見える顔。

 だがそれは──。


「あー! お兄ちゃん起きてるー!」


 無邪気な少女の声が聞こえてきた。

 見れば、病室のドアが開いていて、一人の少女が立っている。

 黒い長い髪の女の子。


「もう、心配したんだからねぇ」


 安心と怒り。とはいえ、安心の方が大きい。

 入室してきた少女はこちらへと歩み寄ってくる。

 無意識に体を引こうとしていた。


「? どうしたの?」


 少女が疑問の声をあげる。

 首を傾げて、頭に「?」マークを浮かべている。


「お兄ちゃん?」


 もう一度声をかける。

 

「……なあ、鏡、持ってるか?」

「鏡? なんで急に」

「いいから」


 強い口調で、少女の言葉を遮るように言った。

 少女は少し驚いた様子だった。


「鏡はないけど、スマホのインカメでいい?」

「……ああ、いい」


 少女はスマホを取り出すと、画面を数回操作してカメラアプリを起動。インカメの方を写すようにして、差し出してくる。

 それを受け取って、少しだけ緊張した面持ちで顔の前に持っていく。


「────」


 絶句。

 言葉を失くした。


「お兄ちゃん? どうしたの? この世の終わりみたいな顔して」


 少女の声は届かない。

 いや、届いてはいるが今それどころではない。

 ? ? 首を横に向けてみる。

 


「…………」

「もう、お兄ちゃん? しっかりしてよ」


 ? 


「……違う」


 絞り出すように声が出た。


「これは……俺じゃない……この顔は誰だ!! お前は誰だ!!」

「ちょっと! お兄ちゃん!? 何言ってるの!?」

「うるさい! 誰なんだお前は!? 俺に妹なんていない!! 俺はこんな顔じゃない!!」


 違う。

 違う。この顔は俺の本来の顔じゃない。別人の顔だ。

 この妹なんて知らない。俺は一人っ子のはずだ。

 ここは、こいつは、誰だ、どこだ。

 俺は──なんだ?




 ☆★☆★☆★



「実験の方はどうだ?」

「先ほどはじまりました。どうやら困惑しているようで、先ほど押さえつけたところです」

「そうか。でははじめよう」

「はい。しかし、なんとも不気味な実験ですねー。他人の記憶を植え付けるなんて」

「違う」

「あれ? そうでしたっけ?」

「記憶を植え付けるんじゃない。体の方を変えてるんだよ。目が覚めたら突然別人になっている。見た目と周辺環境。側から見ればその人だが中身は違う。彼も、元は平凡なただの学生だったらしい」

「はー。こんな実験になんの意味があるんですかねー」

「さあな。上の考えることはわからないものだ。さ、それより経過観察を怠るなよ」

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