#24 好き嫌い

「なあ、今回も頼めるか」


 こっそりと耳打ちをしてきたのは、同じ班の溝川みぞがわくん。

 僕は溝川くんの言葉に頷くと、彼は「サンキュー。まじ助かる」と言って給食のメニューとして配られたミニトマトをこっそりと僕の皿に移動させる。そして入れ替わるように、僕が食べ終わったミニトマトのヘタを自分の方へと持っていった。


「ホント、まじサンキューな。桝菊ますぎくが同じ班で助かった」


 同じ班になって知ったことだけど、溝川くんはミニトマトが嫌いらしい。いや、ミニトマトに限らず、普通のトマトもダメと言っていた。トマトソースやトマトジュースなどは問題ないらしいのだが、生のトマトはどうしても受け入れられないらしい。


「いいよ。僕はトマト大好きだし」


 その反対に僕はトマトが大好きだった。小学生の頃、好きな食べ物に毎回「トマト」と書いていたくらいに好きだ。家でも、毎日食べているほどに好き。僕の体の半分はトマトでできていてもおかしくない。


「しかし、俺からしたら考えられねえわ。トマトのどこがいいんだか」

「逆に溝川くんはトマトの何が嫌いなの?」

「中身のあのグチュッとしたやつ。ぶつぶつがダメなんだよ」

「ふーん」


 むしろそれが美味しいのに、とは口にしない。

 人には向き不向き、好きと嫌いがあるのだ。わざわざ向いていないものをやる必要はないし、それと同じで嫌いなものを無理に食べる必要はない。


「ま、僕は溝川くんからトマトがもらえるから何も問題ないけど」

「問題ならあるぞ」

「え?」

「来年、クラス替えあるだろ? その前に席替えがあと一回あるけど……重要度はクラス替えの方がでかい」


 うちの学校は学年が変わるごとにクラス替えを行なっている。溝川くんとは今年初めて同じクラスになった。


「あ、なるほど」

「察しが良くて助かる。そうだ。お前とクラスが別になった場合、誰が俺のトマトを処理してくれるか。その問題が発生する」

「別になんとかなるんじゃない?」

「お前、んな簡単に言うけどよ」

「忘れたの? クラス替えってことは担任も変わるってことだよ。共口ともぐち先生じゃなくなれば、残しても問題ない」


 共口先生。今のクラスの担任であり、一部の生徒からの評判があまりよろしくない。共口先生といえばすごくルールを気にする先生だ。頭髪検査しかり、持ち物検査しかり、服装検査しかり、ちょっとでもルールから外れていたら厳しく注意する。よく捉えれば真面目、悪く捉えれば融通の効かない石頭。

 そんな共口先生が担任となると、給食にも影響が出ている。食べ残しを許さない先生なのだ。特に「嫌い」だからという理由でその食べ物を残すことをなかなか許してくれない。溝川くんがトマトを僕に渡してくるのもこれが理由。


「共口のやつ、別にいいじゃねえかよ。嫌いな食べ物を残すくらい」

「まあ──いや、やっぱりいいや」

「んだよ、やめんなよ気になるじゃんか」

「いいよ」

「いいから、言えって」


 溝川くんの圧に押されて、僕は渋々言う。

 

「……僕はトマトが好きだから、トマト嫌いな溝川くんは勿体無いなって思っただけ。でもほら、他人の食べ物の好き嫌いって別にどうでもいいかなって。わざわざ嫌いな食べ物を美味しいよって言うの無駄かなって」

「……ふーん」


 僕はミニトマトを一つ、口に運んだ。

 うん美味しい。


「そういえば、この前桝菊が言ってたアニメあるじゃん? あれ見たんだよ」

「どうだった?」

「うーん、俺にはちょっと合わなかったな。序盤はすげえ面白かったんだけど、中盤からの失速で冷めちまったってか、そのせいで最後まで見てねえんだよな」

「そっか。そうだよなー、やっぱりみんな中盤の失速でリタイアしちゃうよね。当時の人たちもそこのせいで嫌いになっちゃう人多いんだよね。けど、けどね? 序盤だけじゃなくて最後の最後の展開はいいと思うんだよ。中盤の怠みはスポンサーとかの色々な事情があったみたいだし、でも最後はやりたいことをやってるって感で、脚本家の力が思う存分発揮されてて面白いんだ。だから最後まで見てみたよ、お願い。絶対に面白いから。縦軸で物語がゴロゴロ転がって展開されるんだ。勢いが半端じゃない。視聴を諦めちゃうのは勿体無いから」

「…………」

「どうしたの?」

「いや、なんか、さっきと言ってること違うってか……なんでもねえや」

「???」

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