#22 街灯の下で

 とある町のとある街灯。

 そこはつい先月までは至って普通の街灯だった。いや、『普通』というにはいささか語弊がある。

 その街灯付近は灯りもなく、人通りも極端に少ない。夜になれば、女性が一人で歩くにはとても危険だ、と誰がみても思ってしまうほどの夜道と化す。

 もちろんこの町でもこの街灯付近は要注意場所となっていた。

 そんな街灯にも、今はホットな話題が付いて回っている。

 なんでも、深夜になると花柄の服を着た男が現れて、ぶつぶつと独り言を呟いたのちに消えるというもの。それがここ一ヶ月は繰り返し目撃されているのだ。

 ──そう。有り体に言えば『幽霊』というやつだ。花柄男の幽霊。それが今女子高生たちを賑わせている。


「花柄男の幽霊ねぇ……」


 そして、深夜の時間帯に二人の人間が例の街灯付近に現れた。


「そうです。絶対これは霊の類です。さっ、お仕事ですよ」


 そう言って、気怠そうにしている着物男を案内するのはポニーテールが特徴の少女──吉美菜こびな那津なつ。やや幼さが見える顔つきは、笑顔になっている。


「張り切ってるね。なんかいいことでもあった?」

「だって久しぶりのお仕事ですよ! 張り切っちゃいますって!」

「久しぶりって……二週間空いただけじゃないか」

「二週間ですよ!? 二週間!! 一月の半分もお仕事してないってことなんですから!」


 どうやら彼女にとってはその二週間がとても長い期間らしい。着物男からすれば刹那の時間と変わりないため、古美菜のテンションについていけないと内心で思っていた。


「僕としては、最近お前の夜の散歩に連れ出されて傍迷惑しているわけだが」

「でも、私が外に出ないと滅多に外出ないじゃないですか。ダメですよ、私と違ってしっかりとお日様に当たらなきゃ」

「連れ出すのが夜じゃなければいいんだけどな」

「だって私夜型なんですもーん!」


 バタバタと元気に腕を振って古美菜は答える。

 もう日付が変わる時間帯だっていうのに、眠気は一切感じられない。


「それで、改めて聞くけど、その『花柄男』が今回の対象者?」

「はい! 近頃女子高生たちの間でホットな話題になってますから」


 そうか、と着物男は短く答えて、ちょうどそのタイミングで例の街灯のところに到着した。

 着物男は時計を見て、そして周辺を見渡す。


「まだ現れていない、か」

「現れる時間はバラバラですからね〜。深夜ってのだけは確定事項なんですけど」

「時間帯は合ってるんだよな?」

「はい」

「そっか。なら男が来るまで待とう」


 そう言って、着物男は袖から一冊の文庫本を取り出した。器用にスマホのライトを当て読書を始める。

 そして突然、


「ところで、僕は数日前までは花柄の着物を着ていたわけだが、そしてお前は僕の取り憑く幽霊。側から見れば僕は独り言を言っているやばい成人男性だ。まさかとは思うが、お前のせいで僕が霊になっている、とかじゃないよな?」

「あれ? もう気づいちゃいました? さすが先生です。残念。あと少しで先生を幽霊化させることできたのに」

「全く。それは何度目だ? 僕を幽霊話の当事者にして幽霊にしようなんて通用しないぞ。少しは学べ」

「先生こそ私が毎回毎回こんな手を使うって学ばないんですかー? 何回引っかかりそうになってるんですかー?」

「おいおい君を祓わず一緒に居させてあげてるのはこっちだぞ? いい加減に自分の立場を理解しろ。手綱を握っているのはこっちだ」

「握りきれてないんじゃないですかー?」

「そうだな。君を祓いたくないという僕個人の感情もあるわけだし」

「え?」

「さて、もう少し話そうじゃないか。せっかく君が起きている時間なんだ。眠気なんて押し殺して君に付き合おう」

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