旅する少女がキャンプ飯を食べる話
南区葵
第1話
一面真っ黒だった景色にほんの少し白みがかかって、火の消えたランタンがぶらさがっているのを見て取れるくらいになったころ、アサは寒さで目を覚ました。
「寒い…寒すぎるよ…。」
一人文句を言いながら、まとった寝袋を頭まで被り、少しでも暖かくなろうとあがいてみる。
それからほどなくして。
「…全然寒い。背中が寒い。もう無理。」
容赦なく背中を刺してくる放射冷却に負けた彼女は、仕方なく寝袋から顔を出しジッパーに手をかけた。
「せー…の…!!」
意を決して寝袋から這い出る。
こういうのは勢いが大事だということを、彼女は長いキャンプ生活でよく学んでいた。
「ううぅ!寒い!寒い!」
寝袋から出た彼女は次いでテントのジッパーを開け、外へと出る。
辺りは次第に明るさを取り戻してきたところで、
山間に構えた本日のキャンプ地からは、まだもうちょっと日は拝めそうにない。
靴を履き踏みしめた足元には、朝露に濡れた草っぱらが一面に広がっており、どうりで冷たいはずだと納得する。
「ふー...。すぅーーー はぁーーーっ…。」
アサは大きく一つ深呼吸をする。
冬の朝特有の凛とした空気は、肺から脳から全身を吹き抜けたようで、ぼんやりとしていた視界がそれだけでぐっと視力が上がったようにさえ感じた。
「よし。火を起こすか。」
そう言うと彼女はテントからマッチと乾いた薪、そして着火剤を用意し、慣れた手つきで火おこしの準備を始める。
火はほどなくして付いた。
赤がきらきらと揺らめき、一帯がぼんやり明るくなる。
暖かさと火の持つ不思議な魅力に惹かれ、彼女はしばらくの間火に当たり暖をとった。
空が白み、山の稜線が見えてきた。
北側の山々では総じて、山頂から中腹にかけ、雪が降り積もり白くなっているのが見える。
暖かさを求め、あてもなく南下を続けてきた彼女だったが、その様子を見て一人ため息をつく。
「これは雪に追いつかれるのも時間の問題だな…。」
旅の今後について、一抹の不安を感じずにはいられなかった彼女だったが。
「まぁ!なんとかなるでしょ!」
彼女は存外楽天的だった。
「それより!朝ごはんを食べようかね~。」
火が十分な大きさに育ったことを確認して、テントから油のしっかりしみ込んだ愛用のスキレットと、すすけて底が黒くなったチタンマグカップを持ってくる。
ウインナーと一口サイズのチーズ、それと小さくちぎったパンをスキレットに入れそれをそのまま火にくべる。
マグには水を注ぎ、倒れないよう気を付けながら火に置いた。
バッグから取り出した、ローズヒップティーのパックを沸騰するマグの中に入れ、パンが焦げないよう気を付けながら全体を温める。
ウインナーがジュウジュウとおいしそうな音を立て始め、とろけたチーズはスキレット全体に広がり、パンをひっくり返すたび一緒にのびーっとついてくる。
子気味の良い音をたてウインナーがパツンと裂けた。
そろそろ食べごろのようだ。
マグからティーパックを取り出し、ルビー色に浸ったお茶を手元に寄せた。
暖かい湯気とともに、ハイビスカスの甘い香りが漂ってくる。
丁度その頃、日は東の山を越したようだった。
徐々に白みだしていた辺りは一気にその明暗を分け、山間は暖かい日差しで満たされてゆく。
彼女のテントと相棒の自転車、そして今作ったばかりの朝食が日に照らされキラキラと輝く。
「それじゃあ、いただきます!!」
朝食に手を付け始めた彼女もまた、日が暖かく包んでゆく。
今日という一日が始まった。
旅する少女がキャンプ飯を食べる話 南区葵 @aoi3739
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