第31話柏愛花の旅路

 どこに行こうかと悩みながらも、街の北側にある城門を抜ける。城門を抜けると爽やかな風と、草原のいい香りが出迎えてくれた。 


 サーと音を立てながら草原を揺らす風が気持ちいい。こんな日は洞窟なんかに潜らず、外でモンスターを討伐しよう。だけどあまり遠くまで行くのはよそう。愛花は彼方と違って慎重派なのだ。


 無理して高レベルのモンスターと戦うのはあまり好きじゃない。それに今は1人だから、万が一のことがあったら最悪だし……。


 愛花はこれでもレベル10の冒険者だ。レベル10まで到達している冒険者は少ないため、愛花でも失えばかなりの損失になる。次のエリアボス攻略のためにも、絶対に死ぬことなんてできない。

 

 涼しい風を全身に浴び、スゥーと息を吸うと、気まぐれで近くにいたレベル1のイノシシに向かって魔法を放つ。


「《ライトニング/雷》」


 愛花がそう唱えると、指先から紫色の雷光がほとばしり、イノシシを感電死させた。不意打ちで死ぬなんて、さすがレベル1。1発でモンスターを仕留めたことに爽快感を抱きつつ、愛花は適当に草原を踏み歩く。


 そういえば、なんだかんだ1人で街の外に出るのは初めてかもしれない。いつも隣には彼方がいたし、愛花も1人で出掛けようなんて思いもしなかったから……。


 彼方という人間に対する愛花の評価は、頭がおかしい戦闘狂だ。自分より強いモンスターと戦うのが好きで、死ぬことを恐れない。いや、むしろ死ぬことを望んでるんじゃないかとさえ思える。


 自分の命に執着がないのだ、彼方という人間は。愛花はそれが、とてつもなく怖い。小さい頃から親はおらず、学校にも通ってこなかった愛花にとって、彼方という人間は初めてできた友人なのだ。

 

 初めて気心が通った相手でもあるし、友人に向ける以上の感情を抱いている。愛花は時折、あのゴブリンロードとの戦闘を思い出す。


 後にも先にも、あそこまで死にかけた戦闘はない。本当に全員が瀕死になり、死んでもおかしくない状況下に陥ったあの時のことを。そして戦いに勝利した彼方が、愛花の眼前で涙を流したことも……。


 モンスターと戦うのが好きで、自分の命に執着がないくせに、愛花のために涙を流したのだ。そのどこか儚げで、だけど可愛らしい彼方の顔が、愛花は未だに忘れられずにいた。


 本当に、どうしてあんなのを……。


 頬を赤く染め、しゃがんで顔を伏せる愛花。もともと彼方に対して悪い感情は抱いていなかったが、あのことがきっかけでどんどんと好意は膨らんでいき、今では確信に変わった。


 ベリトなんかは、彼方を戦闘狂の狂人と呼び、若干恐れている節がある。愛花もそれには同意している。彼方の戦い方というのはどこか獣じみていて、普通ではないから。


 だけどそれ以上に、かっこいいと愛花は思っている。1人でモンスターに特攻する姿も、勝利に貪欲なところも、何もかもがかっこよく見えるのだ。


「はぁ……」


 深いため息を吐き、地面の草をなんとなくむしる。なんであんな奴のことなんか……。別に付き合いたいとかはない。彼方は恋人とかに興味なんてないだろうし、告白されても迷惑なだけだろう。


 それに、もし振られて気まずくなったら最悪だし……。このエデンワールドはAIによって囚われて、みんな苦しんでるんだ。なのに自分だけ恋愛にうつつを抜かすなど、言語道断だ! 


 だから告白するなら、無事に魔王を倒してからだ。でもなぁ、その前に彼方が他の女性ひとと付き合ったらどうしよう。


 彼方は強いし、言い寄ってくる女も少なくないと思う。今はまだそういった人の姿は見られないけど、このまま行けば、絶対に出てくる。


 あー嫌だ。彼方なんかに恋慕れんぼの感情を抱いている自分も嫌だし、この感情を素直に吐露できない性格も嫌だ。愛花は自分の引っ込み思案な性格が嫌いなのだ。昔っから人と喋るときに緊張してしまうのも、気を使って思ったことを伝えられないのも、全部が嫌だった。


 彼方が時折インキャなどと愛花を煽ってくるが、その軽口にも地味に傷ついていた。でも、愛花も彼方のことを狂人やキチガイなどと言っているので、おあいこだ。


 この、人を傷つける言葉を発してしまう口も、愛花はあまり好きじゃない。つまり愛花は、自分自身というものが好きじゃないのだ。小さい頃からひとりぼっちで、誰からも認められない人生を歩んできた愛花は、極端に自己肯定感が低い性格に育ってしまった。


 だから自分に自信がなく、彼方への告白もできない。


「はぁ……」


 またもため息を吐くと、自分に嫌気がさしてうなだれる。すると、そんな愛花の様子を見ていた近くの冒険者パーティーが、後ろから声をかけてきた。


「おーい、大丈夫~?」


 心配そうに声をかけてきたのは、あまりレベルの高くない紫色の髪が特徴的な女性だった。愛花は女性から声を掛けられるとすぐに狼狽し、あ、あ、と口を開く。


「え、いや、その」


 まともに脳みそと口が回らず、目ん玉をぐるぐると回転させてしまう。


「だ、大丈夫です。お、お気になさらず!」


 愛花がテンパりながら言うと、すぐにメニューウィンドウからマップを開き、適当な場所へ転移した。


 シュンと一瞬で愛花は草原から姿を消し、次の瞬間にはジメッとした毒の沼地にワープしていた。空は曇天どんてん模様で、空気は淀んでおり、そこら中にゾンビのようなモンスターが大量に湧いている。


 しかもほとんどの雑魚が8~9という中々の高レベル。ここは後半に訪れる毒の沼地だ。最悪。こんな天気のいい日なのに、なんで毒の沼地なんかに……。まあでも、すぐに転移すればいっか。


 愛花はまたもメニューウィンドウからマップを開くと、城門付近に転移しようとする。だが、愛花は視線の先にあるものを発見し、転移しようとしていた指を止める。


 愛花の目に映ったもの。それは、毒の沼地でモンスターと戦う冒険者の姿だった。白髪の綺麗な女性が先頭に立ち、ゾンビマンと呼ばれる毒の沼地によくポップするモンスターと戦っているのだ。


 白髪の女性が左手の盾で攻撃をガードすると、右手の片手斧で敵の首元を攻撃し、怯んだ隙に戦士であろう男が剣で追撃。その後ろから、白を基調とした服装に身を包んだ僧侶の女性が味方を回復させ、紫色のローブを着込んだ魔術師であろう女性が炎呪文を唱え、モンスターを討伐した。


 その光景を見ていた愛花は、なぜか無意識に手をパチパチと叩き、彼女たちの戦いに感動していた。これだよこれ! パーティーでモンスターと戦うって、普通こういうことだよ。


 彼方と戦っていたせいで感性がバグっていたが、本来の戦いとは、こういうものなのだ。いいものを見せてもらったと手を叩いていた愛花だったが、冷静になると何やってんだろうと我に帰る。


 いきなり手を叩いてしまったけど、もし話しかけられでもしたらどうしよう。なんてことを思っていると、案の定先頭で攻撃を受けていた騎士であろう白髪の女性が愛花に話しかけてきた。


「何者だお前。見るからに僧侶っぽいが、なぜ1人でこんなところにいる」


 女性はキリッとした目つきで愛花を睨み、威圧する。見た目の通り、だいぶきつそうな性格だ。そんな相手に話しかけられた愛花は、やはりテンパり逃げるようにマップを展開する。


「あ、いや、ちょっと迷っちゃって。でももう帰ります、さよなら」


 早口でまくし立てると逃げるようにマップを開く愛花だが、白髪の女性はそんな愛花の手首を抑える。


「おい待て。お前、Sランクバーティーの柏愛花だろ。ちょっと付き合え」


 強引な誘いを受け、愛花は意味がわからず泣きそうになる。なんなんだこの人。付き合うって何に? こんな場所でご飯でも食べようというわけでもないだろう。


 どうしてこんなことになったんだ。ただ天気がいいから散歩がてらモンスター討伐をしようかなって考えてただけなのに。


 愛花は心の中で彼方に助けを求めるが、その声が届くことはなく、強引に女性に連れてかれてしまう。


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