第32話柏愛花の旅路2

「おいみんな! こんなところにSランクパーティーの奴がいたぞ」


 全身を鉄鎧で包んでいるため、歩くたびにガチャガチャと音を立てながら愛花を紹介する女。強引に紹介された愛花は、涙目になりながら、びくびくと何用か尋ねる。


「あ、あの、何か用ですか……?」


 不安げな視線で尋ねるが、白髪の女性は愛花の質問には答えず、勝手に自己紹介を始める。 


「まあなんだ。私はAランクパーティーのリーダーをやってるローズデッドだ。気軽にローズと呼んでくれ。それでこっちが」


 ローズが右から順番に指を向けると、パーティーメンバーが自己紹介を始める。まず初めに、戦士風の爽やかそうな男が。


「俺はダイスだ、よろしく」


 自己の紹介を済ませると、続けて女性陣2人が。


「私はマリーよ。よろしく~」


「私はエーデルです。よろしくお願いします」


 ペコっと頭を下げるので、愛花もそれに従い自分の紹介をする。


「あーと、柏愛花です」


 よろしくするつもりはなかったので、敢えてよろしくは言わずに頭だけ下げる。本当に、なんでこんな状況になっているんだ?


 自分が置かれている状況が飲み込めない愛花は、ジーとローズの顔面に目を向ける。腰まである長い髪に、目と眉が近くキリッとした顔立ちが特徴的な女性だ。


 同性である愛花も見入ってしまうほど、その造形は素晴らしい。だけど見惚れてる場合じゃない。


「あ、あの……。それで、一体何の用なんですか?」


 キリッと睨みつけるようにしてローズを見ると、彼女は大きな胸を反らせるように腕を組み、何故強引に連れてきたのか説明を始める。


「私はな、レベル10の冒険者だ」


「は、はあ……」


 いきなりの告白に、なんとも曖昧な返事をしてしまう愛花。愛花の反応が気に食わなかったのか、ローズは一層大きな声で、自分の鬱憤を目の前にいる愛花にぶつける。


「にも関わらず、私たちはAランク冒険者と呼ばれてる。それは何故だ! レベルも一緒。人数は私たちの方が2人も多い。なのに、何故お前たちがSランクで、私たちがAランクなんだ!」


 ギギギっと睨みつけてくるローズに、なんて返せばいいのかわからなくなる。この冒険者のランクシステムは、すべてベリトの主観によって行われている。もちろんレベルや、クエストをこなした実績などでも判断されるが、最後はベリトが主観的に判断してランク付けをしている。


 だから何故Sランクなのか問われても、愛花には答えられない。いやまあ、理由はわかるけど……。愛花が答えに悩んでいると、ローズはグイッと強引に手を引き、沼地にいるゾンビマンの方へ近づいた。


「ちょ、ちょっと! はなしてください!」


 ローズの唐突な奇行に驚き手を外そうとするが、僧侶である愛花の筋力では、騎士であるローズの手を外すことが出来ない。


 ローズは強引に愛花の手首を引いてモンスターの近くに接近すると、愛花を前に押し出してモンスターと対峙させる。


「私はな、お前たちがギルド長に贔屓されて、Sランクなんて大層な肩書きをもらっていると思うんだ。お前が本当にSランク冒険者なら、その実力を見せてくれ。そして私を納得させてくれ」


 意味がわからない。どうしてあなたを納得させる必要があるんだ! 愛花が声を大にして叫びたくなるが、バトルサークル——モンスターと対峙した時に生じる円——が出現し、ゾンビマンが愛花へ攻撃を仕掛けてきた。


 毒の沼地は足元がぬかるんでおり、思うように地面を蹴ることが出来ない。つまり瞬時に回避ステップを入れることが難しいのだ。思うように動けない足場。目の前に迫り来るゾンビ。


 どうあがいても攻撃を食らう。そう誰しもが思い、目を伏せた瞬間、愛花は手のひらを横に向け、魔法を唱える。


「《ウィンドブレス/衝撃風》!」


 魔法を唱えると愛花の手の平から風が吹き出し、彼女を横方向に吹っ飛ばす。そしてぬかるみに上手いこと着地すると、すぐに己へバフをかける。


「《ダブルマジックアタックアップ/二重魔法攻撃力増加》」


 自身に魔法の攻撃力が増加するバフをかけると、赤い光が愛花を包み、効果が掛かったことを知らせてくれる。


 これで下地は大丈夫だ。ゾンビ系統のモンスターは炎系の攻撃が弱点だから、これでさっさと仕留めてしまおう。

 

 愛花が次は手の平をゾンビマンに向けると、呪文を詠唱する。


「《トリプレットファイアーボール/三重火球》」


 愛花がそう唱えると、ボンボンボンと3発の火球が手の平から放出され、ゾンビマンを焼け焦がす。Fランクのファイアーボールであるはずなのに、ものすごい爆発を起こしたことにローズたち一行は感嘆の声を漏らす。



ーーーーーーーーー



 魔術師であるエーデルでさえ、ファイアーボールでこの威力は出せないだろう。つまり愛花は、僧侶でありながら、魔術師よりも総合の魔法攻撃力が高いということになる。


 恐ろしいことだ。ローズは正直、どうせ勝てないだろと思いながら、愛花をゾンビマンと戦わせた。僧侶職の人間が、一対一でレベル9のゾンビマンに勝てるわけがないと、勝てるはずがないと思い込んでいた。


 当たり前だ。僧侶なんて後ろで支援魔法か回復魔法を唱えてるだけで、実際の戦闘力など大したことないのだから。


 いつも後ろで騎士や戦士に隠れて魔法を唱えてるだけだと、ローズは自分が騎士であることを誇りに思いつつ、どこかで魔術師や僧侶を見下していた。


 だというのに、なんだこの少女は。明らかに動きがおかしい。彼女はファイアーボールを3発受けてよろめいたゾンビマンに、追撃と言わんばかりに、


「《ダブルアイシクルランス/二重氷結槍》」


 と唱えると、ゾンビマンの足に2本の氷柱つららを差し込み動きを止め。


「《セクスタプレットファイアーボール/六重火球》」


 冷徹にそう言い放つと、6個の火球が順にゾンビマンへ放たれ、モンスターを焼き殺した。愛花の動きに戦慄するローズは、だらりと冷や汗をかく。


 これがSランクの力なのか? 圧倒的な差だ。同じ10レベルだと言うのに、うちのマリーとは大違いだ……。愛花の闘いぶりに驚いていると、彼女は息ひとつ切らさずローズの方へ近寄ってきた。


「あ、あの、これで満足しました?」

 

 気弱な様子で、伺うように聞いてくる。なんだこの女。どうしてこんなにも強いのに、こんなにもおどおどとした性格なんだ? 圧倒的強者が見せる余裕というものが、まるで感じられない。

  

 くそ、同じ10レベルなはずなのに、どうしてここまで差がついてるんだ。もしかしてこいつと同じパーティーの三木彼方とかいう奴は、こいつと同じぐらい強いのか……?


 ローズは一瞬だけ思考を巡らせると、それはないかという結論に至る。


「おい愛花。お前のパーティーは、お前のおかげでSランクパーティーにまで登り詰めたんだろ。お前が与えるバフと回復と攻撃呪文のおかげで、お前たちのパーティーはSランクと呼ばれるほど強くなった。どうだ? あってるだろ」


 自信満々にローズはいうが、愛花はブンブンと首を振り、ローズの言葉を否定する。


「わ、私なんか全然強くないです……。わ、私たちがSランクと呼ばれるのは、全部彼方のおかげだから……」


 卑屈気味に言ってくる愛花だが、ローズは彼女の言葉を素直に信じることが出来なかった。お前が全然強くないは、流石にねえだろ。でもここまで否定するってことは、本当に彼方ってやつが強いのか?


 確か戦士だったよな。にわかには信じられないけど、愛花がここまで言うのなら……。

あー気になる! 是非とも話を聞いてみたい。この愛花でさえも強いと言われるやつがどの程度強いのか。

 

 噂ぐらいは聞いたことあるけど、実際に目で見たことはない。だから仲間である愛花の口から、直接聞いてみたい。よし、愛花は気弱そうだし、強引に誘ってやれば断りはしないだろ。


 ローズは愛花に向き直ると、一回限定のお試しサポートを使う。これは他のパーティーから24時間だけ1人借りることが出来るという、かなりありがたい便利システムである。

 

 突然お試しサポートを申請された愛花は狼狽え、あ、あ、と声を漏らすが、ローズが顔を近づけて。


「なあ愛花。私たちこれから沼地にいるボスを倒しに行くんだよ。なぁ、よければ手伝ってくれないか。いいだろ? 頼むよ!」

 

 無理やり強引にほぼ強制的に頼み込むと、愛花は目元に涙を浮かべながら了承ボタンを押してくれた。


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