第30話柏愛花の憂鬱2
「ベリトー。鍵取ってきたよ」
新しく人間が設立した冒険者ギルドの門を潜ると、彼方はまるで採取クエストを達成したかのような感じでベリトに報告をする。この鍵を取るのは常人からすればかなり困難なことなのだが、彼方からすれば薬草採取となんら変わらないのだろう。
ベリトもそんな彼方の態度に思うところがあるのか。
「す、すごいよ彼方。疲れてるだろ? 奥でゆっくり休むといい。もちろん愛花も」
2人を奥に案内して休ませようとする。だけど彼方は必要ないと判断したのか、ベリトの気遣いを断る。
「気遣いありがとうベリト。だけど問題ないよ。傷も受けてないし、そこらの雑魚モンスターと変わらない強さだったから」
彼方の言葉を聞くと、ベリトは愛花に視線を向け、彼女は首を横に振る。そんな訳ないだろ! 何を言ってんだこの狂人は。愛花が思わずツッコミたくなるが、ぐっとこらえる。
彼方とはこう言う人間なのだ。人とはだいぶかけ離れた感性を持ち合わせている。まあそれ故に、これだけの強さを手にしているのだろうが……。
ベリトは彼方の発言に呆れつつも、鍵を受け取ると報奨金を支払う。値段にして40万ゼニー。NPCから受けたはずのクエストなのに、何故ベリトが金銭を支払うのか。それはこれが、この世界を攻略するために必要なアイテムだからであり、冒険者ギルドが喉から手が出るほど欲しいものだからである。
もしこの鍵を冒険者ギルドのメンバー以外が手に入れたとしたら、そいつから鍵を譲り受けない限り、一生このエリアを攻略することが叶わなくなる。そのため冒険者ギルドが必要なアイテムに関しては、高値で買い取っていると言う訳だ。
もっとも、この鍵も10本中7本は彼方が集めており、他の3本もベリトや他の冒険者ギルドに所属するメンバーが集めたので、高値で取引する必要はなかった訳だが……。
ベリトは彼方に20万。愛花に20万のゼニーを支払うと、ちょいちょいと愛花に向かって手招きをする。
ベリトから手招きを受けた愛花は。
「それじゃあ彼方、私は奥で休むから」
そう言うと、彼方をほっといて受付の奥へ進んでいった。後ろから「え、愛花ちゃん?」と言う彼方の声が聞こえたが、彼女は普通に無視した。
冒険者ギルドの受付の奥にはたくさんの職員——受付組——の人たちが、情報をまとめたりと、いろいろな仕事をこなしていた。これも全部ベリトのおかげだ。
モンスターと戦えない、戦う気力の湧かない人たちに畑仕事やギルドの受付管理などの仕事を
この世界が支配されて早二ヶ月。エデンワールドに囚われていた人間は、すでに一千万人ほど死んでしまった。だが、ベリトがいなければもっと膨大な人が死んでいただろう。なぜなら戦えない人間は金を稼ぐことが出来ずに、食いつなく術を持ち合わせていないから。
そのためベリトがいなかったら多くの餓死者が出たに違いない。本当に、ベリトという人間は素晴らしい。愛花が心から尊敬している唯一の人間だ。ちなみに彼方は別に尊敬していない。すごいとは思うし、信頼もしてるけど、モンスターよりも化け物じみてると思っているため、なんだか尊敬はできない。
彼方のことを考え頰を熱くしていると、受付の奥の更に奥にあるベリトの個人的な部屋に案内され、愛花は「お邪魔します」と言い中に入る。
ベリトの部屋は両サイドにたくさんの書籍が入った本棚が置かれており、奥には社長などが座っていそうな、豪華な椅子と机が置いてある。そして中央には長机と、それを挟むように白いソファーが配置されていた。
愛花が右に、ベリトが左のソファーに腰をかけると、ベリトはなんとも気難しい表情をして愛花に視線を送る。
いったい何の話をされるのかあまり検討はつかないが、何だろう? 彼方がいてまずい話なのかな?
頭に疑問符を浮かべて考えるが、答えは出ない。ベリトが何を考えているのか考えていると、彼は眉間から汗を流し口を開く。
「ね、ねえ愛花。鍵は10本集まったけど、このままエリアボスに向かってもいいと思うかい?」
そんなことを聞かれても、愛花には判断することができない。なぜなら愛花は人見知りであり、他の冒険者とあまり交流を持たないため、自分たち以外の冒険者の実力を正確に知らないためである。
彼方が強く、彼方以上に強い冒険者はいないと言うことはなんとなくわかるのだが、他の冒険者がいかほどの実力なのかは知り得ない。強いと噂される冒険者がモンスターと戦う姿を遠目から見て、この程度かと思うぐらいの知識しかない。
確実に相談相手を間違えてる。だから愛花は素直に答える。
「それはわからない。ベリトがそう思うなら、そうなんじゃない?」
疑問形で返すと、ベリトは眉間にしわを寄せて考える。
「僕は冒険者ギルドを束ねて、多くの冒険者の情報を集めて、実際にこの目で見てきた。だけどエリアレベルに到達している者は50人もいない。更にはその到達者でさえも、実力では彼方に遠く及ばない。こんな状態でエリアボスに挑んで大丈夫かな? 僕は不安でたまらないよ」
エリアレベルとは、このエリアでの成長限界のことである。例えばこの一番はじめのエリアではレベルが10までしか上がらず、それ以上の経験値を獲得することはできない。いや、もしかしたら内部的には溜まっていて、レベル上限が解放されれば一気に上がるのかもしれないが、今の現段階では10レベル以上あげることができないのだ。
愛花と彼方はもちろんエリアレベルに到達しているが、その2人を含め到達している者は50もいない。なら……。
「なら、もう少し待てばいい。別にエリアボスは逃げない。だからもう少し時間を置いて、冒険者の育成を待てばいい」
愛花が当然のアドバイスを送るが、ベリトはため息を吐く。
「でも、彼方はすぐに行きたがるだろうね。あの戦闘狂は強敵という餌を欲してる化け物だから」
彼方のひどい言われように、愛花も納得する。彼方が化け物というのは、2人の共通認識だ。最初はまだ常人を装っていたのに、はじめのゴブリンロードを倒してからというもの、日に日に悪化している。
強敵と見るや否や嬉々として突っ込んでいく様は、まさしく狂戦士と呼ぶにふさわしい姿だ。本当に、なんであんな奴を……。
愛花は心臓を抑えると、頭を振る。
「大丈夫。あの化け物は私が抑えてみせる。だからベリトは、彼方が暴れる前に最低100人はレベル10まで育てて欲しい」
「はは、善処するよ。まあ彼方が暴れるとは思えないけど、それでも早めに育てるに越したことはないからね。それで愛花、今回のクエストも彼方が1人で?」
「うん。ほとんど1人で片付けた。私はちょっと支援魔法を放っただけ……」
「そうか……。ほんと、彼方並みに強い人が100人いてくれれば、すぐにでも攻略できるのになぁ」
「それは無理。ベリトも彼方の戦いを近くで見たことあるでしょ」
「わかってるよ。本当に、なんであんなに強いんだろうね。チートでも使ってるとか?」
「な訳ない。だったらこの世界の支配権を取り戻して欲しい」
「あはは。冗談だよ。でも、それぐらい彼は強いからね。絶対に失いたくないよ。彼が負ける姿はあまり想像できないけど、それでも万全の状態でエリアボスに挑みたいから」
「わかってる。私も彼方には死んでほしくないから、出来るだけ準備を整える」
「うん、よろしく頼むよ」
なんて会話をすると、愛花はベリトと別れ冒険者ギルドを後にした。冒険者ギルドを出るとそよ風が愛花の頬を撫で、髪を揺らす。気持ちいい天気だ。そういえば、普段は彼方と一緒に冒険をしているから、1人でじっくりとこの世界を見て回ったことがない。
こんないい天気だ。たまには1人で外に出てみようかな。大丈夫。愛花はレベル10だ。たとえ僧侶職であっても、そこらの雑魚モンスターには負けない。
愛花が戦った限りでは、レベル7までなら問題なく1人で対処できる。それ以上となるとちょっと難しいけど。
こうして息抜きがてら、愛花は1人でこの世界を改めて旅してみようと考え足を動かす。
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