第26話暇
「それよりも、この後どうする?」
意味もなく街道を歩くのには飽き飽きして、何かしないかと提案する。だけど愛花ちゃんは、くたびれた様子で。
「今日はもう疲れたから帰る」
なんてことを言って本当に帰ろうとしたので、必死になって止める。
「ちょっと待ってよ! まだ昼の12時だよ? なんでもう帰るのさ」
彼女の純白なローブの裾を掴んで引き止めると、愛花ちゃんはその場で足を止め僕を睨みつけてくる。
「今日はあんなクエストを受けたせいで死にかけた。だから帰って休む。むしろ、なんで彼方はまだクエストを受けようとしてんの?」
愛花ちゃんのもっともな疑問に、反論できない。確かに僕たちは死にかけた。今命があるのは奇跡と言ってもいい。それぐらいの苦境を乗り越えた後なのだから、当然休みたい気持ちはわかる。
なんなら休むという選択肢は至極当然だ。愛花ちゃんの判断こそが正常であり、僕の判断がおかしいのだと、こればっかりは思う。けど……。
「ほら、新しくスキルポイントを振ったからどんなものか試し斬りに行きたいんだよ。愛花ちゃんは後ろで立ってるだけでいいから」
流石に戦士1人で外に出るのは自殺行為に等しいし、なんとしてでも愛花ちゃんには付いてきてもらいたい。だけど必死の説得も虚しく、愛花ちゃんは僕の腕を振り払いマップを開き転移してしまった。
流石に転移してまで逃げられたら、諦めるほかない。どうしたものかと周りを見わたしていると、ちょうどタイミングよく先ほど別れた斧一行に声をかけられた。
「おーい彼方の兄貴! 何してんですかい?」
「あ……」
大柄でやけに目立つ盗賊のような格好をしたガタイのいい男に声をかけられ、僕は知らんぷりを決め込み人混みに紛れこもうとする。
だけど露骨に避けた態度をとると、大男はガタイに似合わない気持ち悪い声を出しながら近寄ってきた。
「彼方の兄貴ぃ~。そんな避けることもないじゃないですかい。普通にへこみましたよ」
気色悪い声に鳥肌を立てながらも、めんどくさい表情をこれでもかと顔に浮かべて返事をする。
「なに? 僕は忙しいんだけど」
「またまた。1人で暇そうに突っ立ってたじゃないですか」
この男よく見てるな。なんで見てんだようざいな。てか、なんでこの人は僕に対して気持ち悪いおべっかをしてるんだろう。
今朝と態度が違いすぎて気持ち悪い。
「ねえ、なんでそんな態度を僕に取るの? 今朝と全然違うじゃん。誰かに意識でも乗っ取られたの?」
僕が男の態度に疑問を抱くと、男はドヤ顔で胸を張りながら答える。
「俺は感動したんですよ。あの状況下で1人モンスターを打ち取った彼方の兄貴の姿に。あの背中に、俺は惚れたんですよ!」
ふんふんと鼻息荒く理由を説明する男の言葉に身の毛がよだつ。なんだよ惚れたって。僕が人生で初めて好意を抱かれる人間ってこいつなの?
鬱屈とした気分になり、外でモンスターを斬り裂きたくなる。
「てか今更だけど、なんで自分たちですら勝てないような高難易度クエストを僕たちに持ちかけてきたの? しかもそれで惚れたって、だいぶおかしいこと言ってない?」
ふと疑問に思ったことを男たちに問いかけてみると、ギクゥという効果音が聞こえるぐらいあからさまに動揺して。
「ま、まあその話は置いときましょうや。それで、彼方の兄貴はこの後予定とかあるんですかい?」
露骨に話をそらしてきた。一体なんなんだこいつは。もしかしてこの後ついてこようとしてる? 普通に嫌なんだけど。ゴブリン達と戦ってる時は確かにちょっとだけ頼りになったかもしれないけど、第一印象が最悪すぎて未だに好感度がマイナスのままだ。
「別にどこでもいいだろ」
無愛想にそういうと、僕はマップを開き城門前に転移する。シュンと一瞬で転移し、男のゴツい顔が視界から消え失せ気分が晴れる。だけどその2秒後に、またも僕の視界を汚染するかのように汚い顔が笑みを携えて映り込む。
「いきなりワープしないでくださいよ。城門前に来たってことは、モンスターをぶっ殺しに行くんですね」
僕のマップを盗み見てストーカーしてきた男の行動に折れて、僕はこの人たちと同行することにした。
でも、考えれば悪くないかもしれない。戦闘中は他のパーティーから支援や回復をもらうことはできないが、戦闘が終われば回復してもらうことはできる。
なんならバフに関しては、戦闘前に掛けてもらえば戦闘中に恩恵を預かることだってできる。そこでこの男達はちょうど三人だなと思い、一時的にパーティーに加入させてもらおうと考えるが、それが出来ないことを思い出す。
この世界では一度パーティーを組んだ以上、解散することが出来ない。例え気に入らないやつとパーティーを組んでしまったとしても、死ぬまで一緒にいなくてはならないのだ。
つまりは一心同体ということ。だから安易にパーティーを組むのは避けたほうがいい。僕と愛花ちゃんが魔術師や騎士をパーティーに加えていないのには、そう言った理由もあるのだ。
まあそれ以上に、愛花ちゃんがコミュ障で人を選ぶというのが理由だけど。ほんと、よく僕とパーティーを組んでくれたなあの子。
愛花ちゃんに感謝しつつも、僕たちは先ほどの廃村へ転移し、その近辺にいるモンスターを狩ることにした。
流石に街から遠いだけあり、レベルもまあ高い。村周辺にはキモい人型のカメレオンに似た《Lv5ガメレオン》がおり、僕たちはそいつらを適当に狩る。敵のレベルは先ほどのゴブリンと同じだ。
だというのに先ほどのゴブリン達とは違い、一発剣で斬るたびにゴリゴリHPが減っていく。このモンスターのHPが低いのか、はたまたゴブリンのHPが高かったのか、もしくは僕のステータスが上がりすぎたのか。
いずれにしろ、同レベルだというのにこんなに1人で簡単に倒せるなんて……。心なしか、体も軽い。
多分先ほどの戦闘で隠しステータスが大分向上したのだろう。剣を振っても、全く疲れない。
「流石彼方の兄貴! 俺たちが3人がかりでやっとのやつを、1人で簡単に倒しちまうとは」
下手くそなお世辞だが、素直に受け取っておこう。褒められるのは嫌いじゃない。こんな賛辞でも、僕の心は高ぶってしまうのだ。
そういえば、冒険者ギルドのことをこの人たちにも話しておこうかな。一応は僕のおかげとはいえ、数少ないレベル5到達者だ。今後この世界を攻略していく上でも、必須の戦力になってくるだろう。
話して損はないはず。
「ねえ斧、ちょっといい?」
男のことを呼ぶと、彼はがっかりした様子で僕に訪ねてくる。
「斧って、もしかして俺のことですか?」
「そうだけど……」
「なんですかその呼び方! 呼ぶならガーランドってちゃんとした名前で呼んでくださいよ」
いきなりそんなことを言われるが、僕は今初めて目の前にいるこの男の名前を知った。
思えば、自己紹介とかしてなかったな。ガーランド以外の取り巻き2人も自己紹介をしてないことに気がついたらしく、慌てて僕に名乗ってきた。
「あ、あの、俺はガラって言います。そんでこっちが……」
「あっしはザリスっす」
気弱そうな男がガラ。スキンヘッドに無精髭を生やした男がザリスと名乗る。なのでこちらも名前を名乗る。
「僕は三木彼方です。よろしく」
握手を求めると、取り巻き2人と握手を交わす。そんな僕たちのやり取りを見ていたガーランドは、いきなり口を挟んでくる。
「か、彼方の兄貴! 俺とそいつらとで態度が違くないですか?」
こんな大男が突然メンヘラのような発言をして心底キモいと思ってしまう。何に嫉妬してんだこいつは。そもそも僕がこんな態度を取るのは、全部このガーランドの言動のせいだろ。
「別に僕はこの人たちは嫌いじゃないから」
ハッキリ言ってやると、ガーランドは確認するかのようにして。
「じゃあ、俺のことは嫌いってことですかい?」
そんな至極当然のことを聞いてくるので、包む隠さず「うん」と言いながら首肯してやる。
「そんなことよりさ、3人に話したいことがあるんだよ」
涙目でいじけるガーランドを無視して、僕は2人に話しかける。
「話ってなんですか彼方さん」
細身長身のアンバランスな肉体をしたガラが首を傾げて聞いてくるので、僕は先ほどベリトと話した内容を伝え聴かせる。
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