第19話化け物
目の前にいるゴブリンロードはふふっと不敵に笑ってみせると、パチンと指を鳴らす。
すると次の瞬間、明るく光っていた洞窟内が真っ暗に暗転し、ボッボと壁に青い光が灯され、不気味な雰囲気を演出した。
「さて、では人間どもよ。覚悟しろおおぉ!」
配下を殺された怒りからか、怒気を孕んだ叫び声をあげながら突進してくるゴブリンロード。右手に持った棍棒を振り上げ、僕たちのいる場所へ叩きつけてくる。
ドゴオオオンと洞窟内に鈍い音が轟いた。空中には砂埃が舞い、土でできた地面はえぐれている。
その威力に、斧や盾は心底恐怖したような表情を浮かべていた。当然だ。こんなの食らったら、確実に一撃であの世行きだ。
痛みを感じる時間すらないだろう。だが、渾身の一撃だったのか後隙が大きい。地面に叩きつけた棍棒を元の位置に戻すのに、若干の隙が生じた。
それを見逃す僕ではない。
「斧の人! 今のうちに攻撃!」
僕が指示すると、斧はハッと我に帰りゴブリンロードに攻撃を仕掛ける。右腕には僕の剣が突き刺さり、左腕には斧が叩きつけられる。
両腕からは大量の血を垂れ流し、普通の人間であれば武器を手に持つことさえ叶わなくなるほどのダメージだろう。
だが、奴のHPバーは数センチほどしか減っていない。あと何度攻撃を仕掛ければ、目の前の化け物はくたばるのか。
考えたくもない。だけど、絶対に勝てないとは思わない。この世界の戦闘行為というのは、ある意味ではターン制バトルのような側面が強い。
敵の攻撃を躱し、その後隙を突く。これが最も安全であり、ポピュラーな戦い方だ。
敵の行動というのはAIによってプログラムされた動きであり、規則性がある。そのため敵の行動パターンを観察し、一番隙のある攻撃を誘発すれば確実に勝てるように作られている。
こいつも一緒だ。言語を話しはするが、所詮は機械的にプログラムされた、感情のないモンスターでしかない。
理知的な行動はしてこないはず……。僕の予想通りゴブリンロードの攻撃は、ほとんどが大振りで隙の多いものばかり。
一撃で殺すことしか頭にない、馬鹿なモンスターの動きだ。勝てる、これなら勝てるぞ! 盾での防御は流石に防ぎきれないと判断し、盾を持っていた彼には盾を捨て、逃げることだけに専念してもらった。
この世界では戦闘中に持っていた武器を手放すと、そのまま地面に転がり落ちる。離しても消えない盾を地面に捨ててもらうと、盾だった人は洞窟に響くぐらいの大きさで。
「《ヘイト/攻撃集中》!」
そう叫び、自身に攻撃を集中させてくれた。彼が特技を発動すると同時、ゴブリンロードは僕たちが目の前にいるにも関わらず、何も武器を手にしていない盾に向かって攻撃を繰り出す。
彼が逃げ回っている間、僕と斧が背中を攻撃しHPを削る。見た目がデカくなっただけで、やってることは先ほどとなんら変わらない。
やっぱり、所詮はAIか。気づけば敵のHPバーは半分に近づいており、僕は勝ちを確信する。だと言うのに、そんな僕の浅はかな感情を嘲笑うかのような出来事が起こった。
ゴブリンロードのHPが半分を切ると、なんと走っていた足を止め。
「ウガアアアアア!!」
と雄たけびをあげたのだ。一体なんだ? 突然今までにない行動パターンを取り始めたゴブリンロードに警戒心を抱くと、奴は羽織っていたマントを脱ぎ捨てると、声高々に叫んだ。
「鬱陶しい人間どもがああ! 貴様ら、生きて帰れると思うなよ!」
本気の怒り。先ほどまでの僕たちなら、恐れ
それは僕だけではないようで、一緒になって殴っていた斧が。
「は、強がるなよワンパターンやろうが!」
舐めた口調でそんなことを口にした。だけど僕も同じ感想だ。流石にこの頭が悪いモンスターには負ける気がしない。
単なる脅しにしか聞こえなかった。僕たちが油断の表情を見せ、ゴブリンロードに舐めた態度を取っていると、奴は手に持った棍棒を捨て斧の方めがけて突進して行った。
それは今までにないほどの速度であり、踏み込みも凄まじくゴブリンロードの足音が耳の鼓動をうるさく揺らした。
唐突な行動の変化についていけない斧は、ゴブリンロードの突進を一身に受け、壁まで吹っ飛ばされ地面に倒れこむ。
な、なんだあの速度!? それにあの攻撃方法。まるで獣じゃないか! 武器とマントを捨てたことで、威厳はなくなり、あるのは獣としての本能のみ。
ゴブリンロードは倒れこんだ斧には興味を示さず、先ほどから後方で支援魔法や回復呪文を唱えていた愛花ちゃんたちに視線を向け、凄まじい速度で突っ込んでいった。
まずい! 僧侶職である彼女たちは、耐久面が非常に脆い。さらに後方で支援ばかりの関係上、モンスターの攻撃を避けることも困難だろう。
だと思っていたが、愛花ちゃんはゴブリンロードの股の下をスライディングして、攻撃を躱してみせた。
普段は後ろで突っ立てるだけなのに、あんな動きができるなんて……。僕は愛花ちゃんを過小評価していたかもしれない。
でも、誰しもが彼女のように俊敏な動きを咄嗟に出せるわけではない。ゴブリンロードはステッキの目前まで走り込むと、一旦その場で足を止める。
なんだ? どうしてさっきみたいに突進攻撃をしないんだ? 疑問に思いつつも行動を観察していると、ゴブリンロードは目の前にいる矮小な人間を片手で掴み、盾のいる方に向かってぶん投げた。
なに!? なんだその行動。とてもプログラムされたAIの動きとは思えない。まるで意思を持った化け物だ。
何も考えず無我夢中でヘイト役の盾を追いかけるだけだったから勝機を見出せたのに、知恵をつけたとなれば勝ち目はない。
絶望という2文字がお似合いな状況がこれ以上にあるだろうか。斧は地面に倒れたままで、ステッキと盾はぶつかった衝撃で気絶しており、戦えるのは僕と愛花ちゃんのみ。しかも愛花ちゃんのMPは、もうほとんど残されていない。
「ガハハハ! 己の無力さを思い知ったか人間!」
高笑いをして、尚もこちらに向かって突進してくる。まるで闘牛だ。僕は先ほどの愛花ちゃんと同様にスライディングで股下をくぐり抜け、直ぐに方向転換するとゴブリンロードの巨大な背中に剣を突き刺してやる。
かなり力を入れた、渾身の一撃といっても良い攻撃だったのだが、HPはほとんど減っていない。
どういうことだ? 先ほどよりも確実にダメージの通りが悪い。心なしか皮膚も固かったような気がするし、もしかしたらHPの総量が半分を切ったことにより、奴のステータスに変化が生じたのか?
だとしたら、本気できついな……。今のHPの減りからみて、あと100発ほどは攻撃を繰り返さなくてはいけないだろう。
だが、そんな余裕がどこにある? 隙をつくこともできない。タゲを取ってくれる仲間もいない。おまけに攻撃を喰らえば1発で意識が吹っ飛び致命傷を負う。
こんな化け物に、いったいどうやって勝てというのだ。幸い……と呼べるかは微妙だが、僕のMPがほぼ残っていることだけは救いか。
だけど戦士の特技でどうにかなるような状況じゃない。通常攻撃よりも多少ダメージの勝る属性攻撃か、今はなんの役にも立たない特技があるだけ。
この状況を打開できるような起死回生の一手を打てる特技を、僕は持ち合わせていない。恐怖からか諦めからか「はは」と謎の笑い声が漏れ出る。
そんな僕の気持ちなど知らないであろうモンスターは、何の遠慮もなくまた僕に向かって突進してくる。しかも今度は足と足の幅を狭めて。
……! もしかしてこいつ、僕たちの戦いを学習したのか? つくづく厄介だなと呑気なことを考えながらも、なんとか右に逸れて躱すと、モンスターは進路を変え愛花ちゃんの方へ向かって走り出す。
今度の攻撃は躱せない。それでも愛花ちゃんは攻撃を避けようとするが、俊敏性の低い彼女はゴブリンロードから逃げることができず、敵が放った拳に腹を殴られ壁に衝突し、地面に倒れこむ。
「ま、愛花ちゃん……?」
掠れてしまいそうなほどの小さな声で、僕は彼女の名前を呼ぶが返事はない。
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