第18話憧れ

 圧倒的なレベル差。後に引けない絶望的な状況。だと言うのに、ガーランドの目の前にいる青年は一歩も引かずに戦っている。


 ガーランドと同じように、この状況に恐怖しているはずなのに、決してモンスターに遅れをとることなく勇敢に立ち向かっている。


 そんな男の有志を見たガーランドは、心の奥底から打ち震えていた。自分はなんと愚かな人間だったのだろうかと。


 自らが嵌めようとしていた人間に助けられるこの現状に、ガーランドは羞恥心を抱く。それと同時に、青年への尊敬の念も。


 今まで酷いことを言った。悪態をついた。ロクに名乗りもせず、無理やり高難易度クエストに連れていき、あまつさえ置いてけぼりにしてやろうとさえ策略していた。


 だと言うのに、この人は……。ガーランドは初めて他人に対して感嘆したかもしれない。怯えて戦うことを放棄しているガーランドたちを守るように、1人で戦っているあの戦士に。


 情けない。あの人と比べて、なんて自分は矮小でくだらない存在なのだと、己自身を嫌悪する。このままでいいのか? いや、いい訳がない!


「おいお前ら! 俺たちは仲間を1人で戦わせるような腑抜けなのか!? 全力であの人の援護に回るぞ!」


 彼方の姿に感銘を受けたガーランドは、仲間を鼓舞するように言い放つ。そう言わせたのは、ガーランドの男としての矜持か、はたまた彼方への尊敬の念からか。


 ガーランド自身も深くは理解していないが、ここで動かなければ男ではないと本能でわかったからこその発言。


 そんなガーランドの発言を聞いた子分たちは、まるで人が変わったのではないかと思わせる彼の発言に驚く。この子分とガーランドたちはかなり長い付き合いである。


 それ故に、ガーランドという男の性格をある程度は熟知しているのだ。だからこそ、あの傲慢でプライドの高いガーランドがこのような発言をすることに、とても驚いたのである。


 だけど、ガーランドの心情が変化する気持ちもわからなくはない。何故なら目の前で戦っている男の背中が、純粋にカッコよかったから。


 私怨でこんなことに巻き込んだのに恨み言ひとつ言わず、それどころか誰よりも早く、勇敢に戦う彼の姿に鳥肌が立ってしまったのだ。


 男として、これ以上恥を晒すわけにはいかない。悪党3人の思いが一致すると、武器を手に取り彼方の元へ駆け寄る。





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 1人ゴブリンとタイマンを繰り返すが、正直かなりきつい。敵の動き、ステータスの高さ、どれを取ってもそこらのモンスターとはレベルが違う。


 これはもしかしたら共闘と言う特殊な使用故に、相手モンスターの能力が強化されているのかもしれない。参ったな、本気でやばいかも。


 今はゴブリンを三体討伐したが、もうすでに僕の体力は限界のところまで来ている。MPは温存しているためまだ有り余っているのだが、そんなことでどうこうできる状況じゃない。


 愛花ちゃんに掛けてもらったバフも切れかけているし、このままじゃジリ貧だ。肩で息をしながらゴブリンに攻撃を仕掛けるが、通りが悪くなる。


 疲労により、明らかに動きが悪くなっているからだ。足の動き、剣を振るう速度、状況を見極める判断能力、そのどれもが低下しているこの現状。一体どうすれば……。


 剣を構えゴブリンと対峙していると、後方からタタタタとこちらに向かって走ってくる足音がした。


「あの、俺たちはどうすればいいですか! 援護しますよ」


 男の唐突な敬語に驚愕する。なんだこの男。さっきまではあんなに上から目線で威圧的だったのに、人格でも乗っ取られたのか?


 いきなり敬語を使ってきた男に不気味な感情を抱きつつも、今はそんなことに触れてる余裕はない。猫の手も借りたい状況なのだから、男たちの助力を断る理由はどこにもないのだ。


 だが、指示を出そうにもこの人たちの名前を僕は知らない。だから手に持っている武器で呼ぶことにした。


 リーダー格であろう男は両手斧。女々しく気弱そうな男はステッキ。丸っこい体型をした無精髭が特徴的な男は盾を持っている。


 職業は戦士、僧侶、騎士と言ったところか。よし……!


「そこの盾の人。物理攻撃のカット率は何%?」


 質問すると、大きな盾を持った男は自慢げに。


「100%ですぜ。ヘイト役なら任せてくだせえ」


 ガンと大盾を自分の前に構えると、ゴブリンと対峙する。そうか、なら簡単だ。チームワークのかけらもないこのパーティーでは、複雑な連携をとることは困難である。


 なら、簡潔に自分の仕事を明確にしてやるだけでいい。


「ステッキは状況を見て回復に専念! 盾がスキルでゴブリンのヘイトを集め、その隙に僕と斧で攻撃。愛花ちゃんは僕と斧にダメージバフを重ね掛けして!」


 これでもないぐらい分かりやすい指示を出すと、僕たちはゴブリンに攻撃を仕掛ける。


 幸いなことに、このゴブリンはあまり頭が良くない。正しくは、単純な行動をとるようにプログラムされている。


 特に何も考えず一番近くにいる盾に向かって棍棒を振っている姿を見れば、モンスターがあまり賢くないことはすぐにわかる。


 ゴブリンが盾を攻撃している間に、攻撃バフを重ね掛けされた僕と斧がありったけの一撃を繰り出してやる。


 この世界の使用上、ダメージが一定になることはありえない。例え攻撃力が100だとしても、あまり力を入れずに攻撃すればHPバーの減りは少ないし、力を込めて攻撃すればかなりの量のHPを削ることができるのだ。


 先ほどまでは、隙をついて攻撃するという形をとっていた関係上、あまり力を込めることができなかった。攻撃をヒットさせる場所もまばらであり、攻撃回数の割に大してHPを削ることができなかったのだ。

 

 だが、今度の一撃は違う。最高のバフを二重に掛け、さらに足から腕に掛けて全力で、弱点部位であろう頭部に渾身の一撃を繰り出したのだ。

 

 いくら相手が1レベル上とはいえ、半分以上もあったHPバーが1発で消滅した。流石だ。これほど楽に倒せるなんて。


 この世界で重要なのはステータスや特技や呪文などではなく、パーティーメンバー同士の連携なのだと思い知らされる。


 ここまで戦闘が楽になるなら、騎士職の人間も引き込みたい。って、それはとりあえずこの戦場を生き残ってから考えることか。


 盾がタゲをとり、僕と斧が攻撃する。だが、この理想的な状況も長くは続かない。どうやら盾というのは攻撃を食らうとかなり体力を持っていかれるらしく、全ての攻撃を受けきっている盾には、相当疲労の色が見えていた。


 流石にこのままだと一気に瓦解する。一度盾の息を整えさせなくてはいけない。そのために一旦戦線から離脱させ、もう一度僕が1人で戦うか?


 幸い盾のおかげで体力は回復してきたし、盾が回復するまで1人で戦うことも可能だ。だけど後ろに控えてるゴブリンロードのことを考えると、体力を温存しておきたい気持ちもある。


 どうしようか迷うこと数秒。後ろにいた愛花ちゃんが突然、何も指示を出していないのに。


「《スタミンアップ/体力増加》!」


 と叫び、呪文を唱えた。スタミンアップ? 初めて聞く呪文に困惑していると、盾の疲れ切っていた表情が、みるみる晴れていく。


 息切れも無くなっているし、汗も引いていた。なんと素晴らしい呪文だ。これならゴブリンを難なく倒せる。


 愛花ちゃんの顔を一瞥しニコッと微笑むと、同じ作業を繰り返しダメージを与えていく。

 

 緑色の皮膚から飛び散る血しぶきを浴びながら、なんとか最後の10体目を討伐することに成功した。


 後はボスのみ。5人で奥の穴から出てくるボスを待ち構えていると、ドスンドスンという足音を洞窟内に響かせながら、その巨漢は登場した。


 肥満的な体型に、おとぎ話の鬼が持っているような黒くトゲのついたイカつい棍棒を手に持ち、頭には王冠をのせ、赤いマントを背中に羽織っている姿をしたゴブリンの主人が、僕たちの前に堂々と姿を現した。


 見ただけで分かる、今まで戦ってきたどんなモンスターよりも格が違うと。身震いが止まらない。これは恐怖による怯えか、強者と対峙した時の武者震いかわからない。

 

 だけど本能が、目の前にいるモンスターをやばいやつだと知らせてくる。


「よくぞ吾輩の配下たちを打ち倒した。その褒美として、吾輩が直々に貴様らを殺してやろう!」


 モンスターから向けられた明らかな殺意。その言葉が、僕たちをより一層恐怖のどん底へ叩き落とす。


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