第10話才能
ようやく僧侶を仲間に引き入れることに成功すると、僕たちは早速街の外に赴きモンスターの元へ向かう。
「じゃあもう戦うけど、愛花ちゃんってモンスターと戦闘したことある?」
「ないけど、多分いける」
戦闘経験がない割には自信たっぷりな彼女。本当に大丈夫かなと心配するけど、多分平気だろう。
僕が彼女に求めている仕事は回復のみであり、殴り合いの戦いは全て僕が担う。愛花ちゃんはただ、僕の後ろで回復をしてくれるだけでいいんだ。
「じゃあ行くよ」
久しぶりの戦闘に心が躍り、僕は剣を抜刀すると街の周辺にいるデカイ蜂のような見た目をしたモンスターに殴りかかる。
不意をつきぶん殴ると、蜂型モンスターのHPバーは3分の1ほど削れ、それと同時に周囲にサークルが形成され戦闘態勢に入る。
ブンブンと不快な音とともに飛び回る蜂型モンスター。よく見るとHPバーの上にはLvと名前が小さく記載されており、驚く。
あんなの、最初のイノシシに書いてたっけ? まあいい。重要なのは敵の行動パターンを読むことだ。
《Lv1キラービー》と書かれている蜂モンスターは、動きが素早く攻撃が当てずらい。だが代わりに、HPの総量は抑えめにして創られている。
キラービーは不快な音とともに近づいてくると、尻についてる大きな針で僕に襲いかかってくる。
サッと右に避けるが、それでも向きを瞬時に変えキラービーは僕の右腕に針を差し込む。
痛いデカイキモい! だけど敵の動きは止まった。右腕に刺さったキラービー目掛けて、思いっきり左ストレートをお見舞いしてやる。
僕にぶん殴られると、キラービーは腕を離れ空中でよろめく。その隙をつくようにして、すかさず木製の剣を振り上げ、叩き込む。
よし! 敵のHPバーは残り2割ほど。僕のHPはまだ7割以上もある。でも念の為、愛花ちゃんに回復してもらおう。
「愛花ちゃん、回復お願い」
彼女にヒールを頼み込むが、僕の体力は一向に回復しない。おかしいなと思い振り向くと、そこには必死にステッキを振り回す彼女の姿が……。
「ねえ、これってどうやって回復するの?」
滑稽な姿で何度もステッキをブンブンと振り回す愛花ちゃんを見て、選ぶ人選を間違えたかなとつい思ってしまう。
でも改めて考えてみると、僕も戦闘中の回復方法なんて知らない。この円の中ではメニューウィンドウが表示されないから、コマンドを操作するとかではないと思うけど。
だとしたら、口頭で魔法を詠唱するとか? 思いついて、絶対それだと確信する。
「愛花ちゃん、魔法を唱えるんだよ! ゲームでもよくあるでしょ」
ゲームに例えると、彼女は納得して声高々に叫ぶ。
「ヒール!」
愛花ちゃんが回復呪文を叫ぶと、僕のHPバーはみるみると回復……しなかった。一体どういうことだ?
他にも方法が? そもそも呪文が違うとか? よくわからないが、とりあえず目の前にいる羽虫を早いところ殺してしまおう。
このモンスターを観察してわかったことは、ある程度地面から一定の距離を保っているということ。
左右への移動はとても激しいが、上や下には動かない。つまりあの蜂と同じ高さで剣を横に振るえばッ!
モンスターにあえて突進すると、剣を横に振りかぶりスイングする。するとモンスターは情けない声を出しながら、地面に落ち、蒸発した。
あまり美味しくはない経験値とゴールド。それからドロップアイテムを手に入れると、愛花ちゃんの元へ向かう。
すると彼女は、少し申し訳なさそうな表情で俯くと、
「ごめん……」
と謝罪の言葉を投げかけてきた。でも別に謝るようなことじゃない。未知ばかりのこの世界。わからないことがあるのは当たり前のことなのだ。
「別に謝ることじゃないよ。僕だって知らないし」
彼女を責めずに2人でどうすれば回復できるのか探すため、メニュー画面とにらめっこすること30秒。
愛花ちゃんが呪文と書かれた欄をタップすると、そこには『キュア』の文字があり、キュアをタップするとピロロンという効果音とともにHPが全回復した。
「あーつまり唱える呪文は『ヒール』じゃなくて『キュア』だったってことか」
僕がこのゲームについて理解すると、愛花ちゃんも「なるほど」と相槌を打つ。新しい知識を得て、僕の脳みそは歓喜に打ち震えていた。
新しいことを発見するというのは、こんなにもワクワクするものなのか。ということは、もしかしたら僕も。
急いでメニューウィンドウを起動し呪文の欄をタップするが、悲しいことに何も書かれていなかった。
そういえば僕のステータス、魔法攻撃力だけ0だったよな。そりゃ呪文なんか覚えるはずないか。
悲しみに打ちひしがれていると、愛花ちゃんは隣に立ち、僕の目の前に映し出されているメニュー画面を指差して言う。
「ねえ、ステータス画面の右下に『使える特技・呪文一覧』ってのがあるじゃん。戦士職の彼方は、呪文じゃなくて特技が使えるんじゃない?」
彼女が指差した場所をよくみると、確かにそのような項目があった。見ずら! なんて不親切なんだ。
クソAIに憤りを感じつつも項目をタップしてみると、確かに使える特技の中に『火炎切り』や『氷結切り』などの文字があった。
なるほど。つまり戦闘中に「火炎切り」と叫べば僕も特技が使えると。早く試したい。そう思っているのは彼女も同様のようで、目をキラキラさせて。
「彼方、もちろんまだやるでしょ」
挑発気味に僕を誘う。なので僕は「もちろん」とだけ返すと、モンスターに特攻した。右を向いても左を向いても新鮮なことだらけの世界。敵を殺したら褒められる快感。自分が着実に強くなっていく実感。
僕たちは確実にこの新しい世界にハマった。きっと僕も愛花ちゃんも、どこか頭のネジが吹っ飛んでいたのだろう。
痛みを負い死ぬ恐怖よりも、敵を殺し新たなる知識を得ることへの快感が
人の才能とは、楽しむ心だと思う。例えば、勝つためにボクシングをしている人間と、人と戦うのが好きでボクシングをしている人間だったら、後者の方が才能があると思う。
この世界も一緒だ。囚われた世界を救うために戦う人間と、モンスターを殺すことが楽しくてたまらない人間だったら、圧倒的に後者の人間の方が強いのだ。
モンスターの攻撃に怯えない才能。モンスターを殺す才能。未知を楽しむ才能。
本来ならば開花せずに枯れるはずだった僕の才能が、幸か不幸か魔王のおかげで開花した。
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