第30話

******



「も、申し訳ありませんでした……」


 わたしの足元では、土下座をした魔女・セルフィンが震えながら謝罪していた。

 戦闘が始まって一分もたずにこれだ。勇者の強さがおわかりいただけただろうか。


「もう、人間に迷惑はかけない?」


「はい……」


「なら、よし。さらった人は村に返してあげてよね」


「おいリリ……この子どもは何者なんだ?」


 わたしのかたわらに立っているリリは、セルフィンをいじって遊びたいのか、足先でつんつんと小突きながら笑ってた。けっこう意地が悪いな、リリ。


「この子、これでも勇者なのよ。あたしはこれから魔王さまにこの子を紹介しにいくの」


「勇者……。なるほど。見た目だけで判断したのは迂闊うかつだったか……」


 セルフィンはリリに足蹴あしげにされながら、わたしを見上げ、いまだ信じられない、といった目つきで眺めてきた。

 疑わしき眼差しにはなんか納得いかないけど、さすがに慣れてきたから、文句は言わないでおく。


「そんなことはどーでもいいから。聖女さまのこと、もとに戻してよ」


 聖女さまは、ずっとセルフィンの後ろで立ち尽くしている。戦闘が起こっていたというのに、ぴくりとも反応しないのだから、本当にお人形になってしまったかのようだ。こんなんで正気に戻るのか不安にさえなる。


「はっ、ただちに……」


 セルフィンはわたしにおそれを抱いているのか、かしこまると、居住いずまいを正して立ち上がる。そして、聖女さまに向かって指をパチン、と鳴らした。

 すると聖女さまは、目をまたたかせ、きょとんとしていた。

 まあ、今まで意識がなかったのだとしたら、突然謎の洞窟に飛ばされていることになるわけで、状況が把握できないのも無理はない。


「あっ、気づいたね。聖女ちゃん。おーい、大丈夫?」


 リリが聖女さまの眼前で手を振ってみせると、彼女はようやくわたしたちの存在に気がつく。そして、あごに手を添えて首をひねってみせた。


「なんだか少し頭がぼーっとしています、すみません……。わたくし、何か問題を起こしてしまいましたか?」


「問題も大アリよ、大アリ。ねー、勇者ちゃん?」


 リリは、聖女さまを特に責め立てた様子ではなく、意地の悪そうな少女の笑みを浮かべながら、わたしに話題を投げつけてくる。どうしてわたしに聞くんだ。


「いや。別に、聖女さまは悪くないじゃん。問題なんてないでしょ」


「だって。セルフィンの術にかかる、ってことは、えっちなことを我慢してる毎日だったんでしょ? 大問題よ! ちゃんとあたしに相談すればよかったのに!」

 

 リリは聖女さまをはずかしめたいのか、はたまたどさくさにまぎれて聖女さまとえっちをしたいのか、やけにテンションが高い。

 聖女さまは話の流れを理解できていないみたいだが、事実を指摘されたためか、一気に顔を赤らめさせていた。ポーカーフェイスはできないようだ。


「ど、どういうことでしょうか? またわたくしをからかっているのですか?」


 聖女さまは咳払せきばらいをして、誤魔化ごまかそうとする。リリは、たびたび聖女さまをからかって遊んでいたので、いつものことだと思ったのかもしれない。


「ほら、聖女ちゃん。こいつの誘惑術にかかってたのよ。いったいどんな欲にまみれてたってのよ、聖女ちゃん」


 リリは、こいつ、って言って聖女さまの隣にたたずむセルフィンを指差した。

 そこではじめてセルフィンの存在を知った聖女さまは、まじまじと見つめ始める。そして、まゆを寄せて、うなり始めた。記憶の底から何かを引っ張り上げているみたいだ。


「うぅ……何か思い出せそうな……」


「我の術は記憶を奪うものではないからな。意識は残っているはずだ」


 聖女さまは、初対面のはずのセルフィンにも頓着とんちゃくせずに、唸り声を上げ続ける。そして、段々と記憶が明瞭めいりょうになってきたのか、顔から生気を失わせていった。さっきまで顔を赤らめていたのに、対象的な顔色である。


 一体、聖女さまは何を思い出したというのだろうか。

 わたしは、話が長くなる前にマリアを回収しにいった。ずっと岩陰に隠しておいたままだったからだ。


 マリアは縮こまっていたけれど、話の内容は聞いていたみたいで、一緒になって聖女さまに注目することとなった。


「で。聖女ちゃんはどーしてこいつの術にかかっちゃったの? 白状はくじょうしなさい。それとも、真剣な悩みなら個人的に聞いてあげるよ?」


 リリは黙ってしまった聖女さまを逃すつもりはないのか、にじり寄りながら詰問きつもんする。さすがに泣き出してしまうまでいじめるつもりはないようだけど。不憫ふびんに見えてしかたがない。


 セルフィンの技について説明を受けた聖女さまは、観念したように肩を落とした。


「わたくしは欲求不満とかではないと思っていたのですが……。潜在せんざい的にそうだったのでしたら……あの日から……でしょうか……」


 聖女さまは腕を組み、視線を地面にい付けながら語る。

 しかし、何もこんなところで内面を告白しなくてもいいのに。リリにうながされたからといって喋りだすなんて、律儀りちぎな聖女さまだ。


 が、そんなことはどーでもよくって、わたしはすぐに危機を察知した。

 聖女さまがいう"あの日"っていうのは、明らかにお風呂で一緒になった日のことだろうから。

 ついに、わたしが聖女さまのおっぱいを吸ってしまったこと、明るみに出てしまう!


 わたしが挙動不審に首を動かすと、マリアも胡乱うろんげな眼差しをしてくる。

 脱兎だっとのごとく逃げ出したくなる衝動に駆られるが、マリアが分厚い手袋でぎゅっと握ってきたため、力で振りほどくこともできない。


「あの日、って何よ。まさか、勇者ちゃんに夜這よばいされたの!?」


 そろそろリリも何かしらに感づいたらしい。リリは聖女さまに詰め寄って、顔を見上げていた。リリは聖女さまの胸元までしか背がなく、親子のようにも映る。服装も同じ色のコートだしね。


「夜這いというか……。む、胸を吸われてしまって……。その日から、う、うずきがすごいんですの……」


 リリとマリアは、首がバネ仕掛けになっているのかってくらい勢いよく、わたしに振り向いてきた。彼女たちの瞳は、やっぱりな、って言いたげなわった目つきである。

 わたしは、慌てて首を左右に振って、ひとまず無実をうったえた。が、わたしの信用はからっきし。罪人かのように見つめられていた。


 リリは、顔を憤激ふんげきの赤に染めると、わざとらしく足音を立てながらわたしに向かってきた。マリアもマリアで、無言の圧をかけてきている。

 うぅ……。マリアは、わたしが聖女さまのおっぱいを吸ったことっていうよりも、黙っていたことに怒っていそうだな……。


「勇者ちゃん! もう許せん! 聖女ちゃんのおっぱいを吸ったってどーゆーことよ! あたしもぜなさいよ!」


 いや、怒るとこそこなのか。ってツッコミを入れる元気はわたしにはなかった。


「エステル……。浮気をしたんですね……」


 ぼそり、と耳に忍び込んできたのは、セルフィンよりも怨嗟えんさ渦巻うずまくマリアの声だった。

 うう、胸が痛い。わたしは身の潔白けっぱくを証明するために、真っ直ぐマリアに向き直った。


「違う! あれは、事故だったの! ただ……このことがバレたら怒られちゃうかなぁって思って秘密にしてたの……。ご、ごめんなさい……」


 わたしの言葉は徐々に尻すぼみになっていき、最後の方は聞こえているかどうかも不明瞭なものだった。身をすくませておびえる様は、とてもじゃないが、ついさっき魔女と戦っていた勇者と同一視はできないだろう。


 わたしはうつむき、マリアにどんな罵声ばせいを浴びせられるのか気が気ではなかった。しかし、届いてきたのは、うれいを秘めた溜息だった。

 恐る恐る顔をあげてみると、マリアは困ったように頬に手を当てている。般若はんにゃのような表情ではなくて、ちょっとだけ安堵あんどした。どちらかといえば、やんちゃな我が子を持て余しているかのような、困惑こんわくした様子だけど。


「エステルったら。怖がりすぎですよ。そんなに怖がられたら……かわいそうで何も言えなくなっちゃいます」


 わたしは、まるで飴玉あめだまを与えられて機嫌をとってもらえたかのような気分だった。マリアを上目遣いで見やり、もじもじとする。べ、別に、同情を誘ったわけではなかったので、変な展開に転がったな、とそわそわしてしまう。


「こら。マリアちゃん。頬でも引っ叩いてやりなさいよ。甘やかすから、浮気をするのよ勇者ちゃんったら」


「エステルを叩くなんて、できません……。叩くとしたら、お尻くらいじゃないと……」


 マリア、とんでもないこと口走ってるな。わたし、もしかしてお尻ペンペンされちゃうやつ?

 まあ、それくらいなら受け入れようかな……。わたしが黙っていたのが悪いんだし……。断じて浮気ではないけどね。


「勇者さまを責めないであげてください。あれは……勇者さまのおっしゃる通り、事故でしたから。お風呂場で、もつれあってしまっただけなんです」


 聖女さまも、わたしをフォローしてくれる。

 清廉潔白せいれんけっぱくな聖女さまが嘘をつくわけもないと知っているのか、マリアも事故ということで納得しているみたいだ。


「で。もつれあった結果、おっぱいを吸われちゃったって? 勇者ちゃん、すけべだなぁ」


「う、うるさい! 聖女さまのおっぱいがマリアと同じくらいのサイズだったから、間違えちゃったんだよ! だから、言い出しにくかったの!」


「へ~。ふ~ん。聖女ちゃん、そんなおっぱいデカイんだ。意外。ってゆーか、あたしの目を誤魔化すとか、けっこうすごいわね聖女ちゃん。勇者ちゃんが間違うのも無理ないかも」


 やっぱり、そこだよね。聖女さまは普段、身にまとっているのが身体のラインの出ない服なので、おっぱいが大きいの誰もわからないんだよ。女大好きリリの目ですらあざむくのだから、わたしが間違っちゃってもしょーがないってわけ。


「もちろん、それ以来勇者さまとは肌を合わせたとかはなかったのですが……。一緒にお風呂に入ったりすると、胸がドキドキとして……うずいて……火照ほてってしまっていたのです。まさか、わたくしがやましい気持ちを持っていたせいで、みなさまにご迷惑をおかけしてしまうとは……」


 聖女さまは深刻しんこくな表情で、頭を下げている。本当に真面目だなあ。えっちなことを考えちゃうのは、人間だったら普通なことだし。まあ、聖女さまは清楚そうだから意外ってだけで、おかしなことじゃあない。リリなんかはそんな聖女さまのことをいじるんだろうけれど、わたしがかばってあげないといけないな。


「罪作りな女だな、勇者ちゃん。こんなに清楚な聖女さまを誘惑するなんて、セルフィンよりもよっぽど魔女だ」


 矛先ほこさきは、わたしに向けられた。しかし、反論はできない。だって自分でも、ここまで聖女さまに好かれちゃうなんて思ってもいなかったし。

 マリアも同じ感想を抱いたのか、うんうん、と頷いている。


「も、もういいでしょその話は。で、魔女のことは解決したから、後はこの洞窟を抜けるだけなの?」


「そーね。ま、聖女ちゃんのことは勇者ちゃんがしっかり責任持ってなんとかしなさいよね。洞窟は抜けるのに一日くらいかかるから、しっかり休んでおくこと」


 リリも、もう追求しようとするつもりはないのか、あくびをしながらテントの方に戻っていった。

 残されたわたしとマリア、そして聖女さま。セルフィンも立ち尽くしたままだけど、まあさすがに同行してくることはないと思われる。


「と、とりあえず、わたしたちもテントに戻ろっか……」


「え、ええ……。そうですね……」


 わたしとマリアは並んで歩き、その一歩後ろに聖女さま、の形で洞窟を出る。

 無言で気まずい空気が漂う。マリアだって聖女さまは大好きだし、関係が崩れることはこの先もないと思うけど。

 聖女さまの心はまた別なのか、わたしへの想いを打ち明けたことによって、なかなか声をかけられないみたいだった。


 テントまで戻ると、火の番をしていたハーピーがいぶかしがりながら、まきをくべていた。そういえば、ハーピーが見張っている中、聖女さまはよくフラフラと抜け出せたもんだな。


「あれ、勇者ちゃんたちもどこか行ってたの? なんかちょっと記憶が飛んでて……さっきリリウェルさまに起こしてもらったんだけど……なにかあったの?」


 ハーピーは、操られはしなかったようだけど、眠らされてはいたらしい。となると、レーネやアイシャも、同じことになっていそうだな。セルフィンの術、割と効き目があるようだ。マリアは無欲で、しかもわたしと一緒にいたから平気だったのだろうか。


「まあ、ちょっと魔女がいたから、おとなしくさせてきただけだよ。もう気にしないでいいから」


 ハーピーは、ぽかん、と口を開けていた。

 わたしの口ぶりは、犬がいたから追い払ったよ、みたいなもんだったし、魔女という難事件を解決したとも思えなかったのだろう。


 わたしとマリアは、わたしたち二人っきり用のテントに入ろうとして……マリアが立ち止まった。

 

「あの……ロゼリアさんも、今日は一緒に休みませんか?」


 マリアは、立ち尽くしていた聖女さまに、振り絞ったような声をかけていた。悩んだ末のことなのだろうか。わたしとの想いで揺れている聖女さまを、あえてわたしたちの愛の巣に誘うのだから、嫌な気分にさせる可能性もある。それでも、マリアは彼女を迎え入れたかったようだ。


「え……。ですが……」


 当然、聖女さまは戸惑う。こんな状況で、喜んで、とウキウキしながら参入してくるのなんてリリくらいのもんだ。


 一体、何を考えているんだ、マリア。

 二人っきりで就寝しゅうしんしない、それすなわち、今日のえっちはなし、ってことになるし。

 まあ、マリアのことだから、三人で寝ればまた元通り仲良くお喋りできる、とでも楽観的なだけだろうが。


 こういうときのマリアは、意外と強引ごういんだ。聖女さまの手を引っ張って、テントに連れ込む。聖女さまも、手を振り払ってまでして逃げたいわけではないのか、大人しくわたしたち専用のテントに侵入してきた。


 周りが雪原なので、テントに入った程度では寒さは緩和されない。外で火をいてもらっていようが、颯爽さっそうと毛布に包まれたくなる。

 なので、とりあえずお話をするならお布団で、と思ったわたしは、コートも脱がずに横になろうとした。

 が、綺麗好きのマリアがそれを許すはずもなく、タオルで顔を拭かれたり、上着にしわがつかないようにハンガーにかけたりと、テキパキ処理されてしまった。


 わたしたちの私生活を、風景でも眺めるかのように、聖女さまが見つめている。

 マリアが聖女さまのぶんのお布団も床に並べてから、ようやく聖女さまも寝る準備を開始させていた。


 川の字で毛布を被ったわたしたち。真ん中は当然わたしで、左にマリア、右に聖女さまの華やかな川である。

 綺麗なお姉さんに囲まれているので、桃源郷とうげんきょうかと思うほどの天国であるにもかかわらず、流れる空気は気まずいもの。

 マリアが率先そっせんして会話をしてくれるわけでもなく、無言の時が続いていた。


 わたしが、ちらり、と左を見やると、マリアとばっちり目が合った。暗闇の中でも、マリアはじーっとわたしを見つめていた。うぅ。隣に聖女さまがいなければ、すぐにでも抱きついていたのに。


 そんなわたしたちの情熱的な空気を肌で感じ取ったのか、聖女さまはわたしに背を向けるようにして寝返りを打った。

 見ないから、お構いなく、ってこと? いやいや。さしものわたしも、他に人がいる状況でえっちなことはできないってば。

 それともまさか、マリア、聖女さまがいる空間でのえっちに興奮するたちなのだろうか!? 変態だなあ、マリアって。


 って一人もんもんしていると、マリアはわたしを観察するような視線で見つめていた。えっちしよう、って感じじゃないな。取り越し苦労だったか。


「ロゼリアさんも、遠慮せずにエステルに触ってください。エステルも、そのほうが喜ぶはずですから」


「い、いけませんわ……。ふうふの間に割って入るなんて、聖職者にあるまじき……」


 マリアの突然の申し出に、聖女さまはか細い声で応じた。

 真面目な性格の聖女さまのことだ、不倫なんてもってのほかなのだろう。


「魔族の国では、三人で暮らしている家庭もあると聞きますから。ロゼリアさんも幸せになれるかもしれませんよ」


「ま、マリア……。それでいいの?」


 マリアも考え抜いての末なのだろうか。全員が幸せになる道を模索もさくしたのかもしれない。

 マリアだって聖女さまが好きだし、今後、気まずくならないための答えだったのかなぁ。

 でも、マリアは一片いっぺんの不満もない、って言い切れるのか。わたしはマリアのことだけが気がかりだった。


「私は……エステルにもロゼリアさんにも幸せに笑って欲しいだけです。そのほうが、エステルも楽しそうかな、って思って」


 わたし、そんなに聖女さまに好意を寄せていただろうか。

 わたしはマリアがいちばん大切だと思っていただけに、自分でも本心が違っていたのかと焦ってしまう。


「勇者さまは……そうなんですか?」


 聖女さまが恐る恐る尋ねてくる。わたしの答え次第では、未来がある。そんなワクワクとした片鱗へんりんが覗けた。


 これは……わたしの甲斐性かいしょうが求められている?

 ってゆーか、本当にいいのか?

 マリアが悲しまないのなら、まあ……両手に華って最高だよね。あれ、わたしってダメ人間?


 マリアだけいればいい、っていう想いに変わりはないけどなあ……。

 マリアに似た女性がもう一人手に入る、というのならば、喜んで手を差し出してしまうのもわたしなのだった。


「聖女さま……マリアに似てるから落ち着くんだよね……。どっちとも暮らせるならそっちのほうがいいのかなぁ……」


 が、わたしは優柔不断だった。

 だって、どちらかを選べ、って迫られたとしたら、わたしは迷わずマリアを選んでしまうだろうし。

 だからこの先、聖女さまを不幸にしてしまう可能性は大いにあった。

 聖女さまとえっちしてみたら、答えも変わるかもしれないけど。マリアと三人で、じゃないと、したくならないだろうからなぁ。マリア、その条件で承諾しょうだくしてくれるのかな。


「エステルってば、本当に欲張りなんですから」


 マリアは、いさめるような、それでいてなか諦念ていねんめいたような口調だった。でも口調とは逆に、マリアの手付きはいつものように優しげで、わたしの頬に触れていた。

 

「では……すみません。今夜だけでもいいので、こうさせてください……」


 聖女さまがモゾモゾと動き、後ろからわたしをハグしてきた。

 マリアも負けじと、わたしにくっついてくる。

 二人の女性に挟まれたわたしは、柔らかく、それでいて温かいものに包まれる感覚で満たされ、ご満悦まんえつ。前後から巨大おっぱいが押し付けられているものだから、興奮も鰻登うなぎのぼりだ。


「エステル、ほおゆるんでいますね」


 後ろからハグしている聖女さまは、わたしの表情を覗くことができない。だから彼女に伝えるためなのか、マリアは実況を開始させた。恥ずかしい。


「マリアは嫉妬しっと……しないんだよね?」


「さすがにロゼリアさんに構いっぱなしで、私を放ったらかしにされたら、嫉妬しちゃうかもしれませんね……」


「そんなことはしないよ! わたしは……マリアとずっと一緒だもん」


 わたしは、マリアの胸に挟まれながら、鼻息荒くして豪語ごうごする。

 小さい頃からマリア一筋ひとすじだったんだもん。ちょっとやそっとのことで、想いは揺らがないよ。たとえ似ている人が現れてもね。


 マリアはわたしの解答に満足したのか、無言で頭をよしよししてくれた。

 聖女さまも、じっとわたしたちの会話を聞きつつ、わたしを抱きしめることはやめようとしない。彼女もだいぶわたしのことが好きなようである。


 この謎の関係に、答えが出ることはあるのだろうか。

 魔族の国にさえ入れば、全部解決できる、そんな気がしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る