第31話

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 次の日、洞窟に進軍したわたしたちは、驚きの連続に遭遇そうぐうする。といっても、魔族組のリリとハーピーにとっては何度も往復した場所らしいので、感嘆かんたんしてるのは人間勢だけだけど。

 なぜかといえば、まずはやはり目を引くのは光り輝く鉱石たちだろう。わたしとマリアは魔女退治のときに一度見ているので、そこまで歓声をあげなかったものの、レーネなんかはやかましいくらい興奮していた。

 女の子にとって、光り物は心踊るものに違いないからね。


 リリいわく、洞窟を抜けるには一日ほどかかるらしいとのこと。

 そんな深い洞窟を進むにもかかわらず、内部には暗さが一切ないのだ。まるで街灯かのように、鉱石が行き先を照らしてくれる。

 はっきしいって、この鉱石を掘るだけでも大金持ちになれそうな、謎の洞窟だ。

 人が寄り付かないのは、やはり魔女のような存在がいたからなのだろうか。


 まあ。ここは魔族の国と人間の国を繋ぐトンネルみたいなもんだし。魔族がうようよしているから、人々は近づかないのだろう、ってリリは推測してた。


 で。下に下に、って進んでいくと、最下部には泉があったのだ。しかも、その泉自体も発光しているかのようでいて。ぼんやりと、ほたるのような水滴が宙に浮かぶ神秘的な空間だった。


 観光地としてもぴったり。

 わたしたちはうっとりと泉を眺めていた。


 いずれ、人間と魔族が仲良く暮らせるようになったら、この洞窟には人々があふれかえるだろう。そんな予感がひしひしとしていた。


 泉を過ぎると、今度は上り坂らしい。泉はいわば中継地点だ。坂はそれほど急勾配きゅうこうばいではないらしいんだけど、半日は登らないといけないわけで、今日は泉の周りで休むこととなった。


 で。

 次の日。

 洞窟を抜けると、さらに非現実的な光景が広がっていた。


 空は雲におおわれていて、雪も降り、薄暗いのだが、それを払拭ふっしょくするかのような街灯の多さ。活気に満ちた大都市が、そこにはあったのだ。


 これが魔族の国だなんて、想像とは全然違っていた。

 だって、人間の街となんら変わりがないし。建物の造りやら、街の文化やらは人類のものと酷似こくじしていた。


 ただ一点だけ……そこに暮らす生物だけが異質だった。


 彼彼女らは人型といえば人型なのだが、宙に浮いている魔物が非常に多い。翼、尻尾は隠されることもなく、当たり前のように風景に溶け込んでいる。


 けれど、まあ、それだけ、っていえばそれだけのことで。魔族の国民たちは全員が楽しそうだし、本当にただの街のようにしか見えなかった。


「ふ~。ここも変わらないわね」


 リリが、街並みを眺めながら達観たっかんして言う。


「魔族の国って、人間の街とあんまり変わらないじゃん。それなのに、リリってば人間の街に遊びに行きたくなったの?」


 わたしは、もっともな質問をぶつけてみた。

 わざわざ、魔族であることを隠し、コソコソ暮らしてまでして、人間の生活圏内けんないにやってきたリリのことが不思議でしょうがなかったのだ。

 そして、リリ直属の部下であるハーピーも同じことを思っていたのか、うんうん、と鷹揚おうように頷いている。


 リリは、はぁ、とわざとらしく溜息をついた。


「あたしは、人間の女の子が好きなの。文化だって、似てるようで全然違うし。わかってないのよ、あんたら」


「いや。わたしは魔族の文化なんて知らないし……」


 あんたら、とハーピーとひとくくりにされたわたしは、げんなりとして答えた。


「ま、しっかり見てくといいよ。人間の街と似てるけど違う部分も多いしね」


 言って、リリはずかずかと先頭を歩き出した。

 街の入り口……って言っていいのかはわからないけれど、門みたいなものをくぐると、一本の道がずっと伸びている。


 ここは洞窟から出た先であり、ちょっとした丘になっているのだけど、建物なんかは少し歩かないとないみたいだった。ただ、明かりが多く灯っている光景が見下ろせるので、遠目から見ても活気がある街なのは確かだ。


 ぞろぞろと歩き、民家が増えてくると、よくわかる。煙突えんとつからは煙が出ていたりしていて、人間界の冬の街並みそのままだ。あったかそうなスープの匂いも漂ってくる。食事も、そう変わらないのだろうか。リリやハーピーはマリアのご飯に感涙かんるいしてた記憶があるので、味とかは違うのかな。


「ってゆーか、どこ向かってるの?」


 リリが説明もなしに黙々もくもくと先頭を行くものだから、彼女の背に叩きつけるように声に出してみた。

 いまだ人通りは少ないので、わたしたちは注目されるわけでもない。周囲が魔族だらけになったとしたら、人間のわたしたちは緊張しそうだ。


「んー、まず勇者ちゃんには魔王さまに会ってもらおっかな」


「えっ。いきなり……」


 人見知りのわたしは、つばを飲み込んでたたずむ。

 魔王、なんて聞かされるとすくんじゃうよね。称号が仰々ぎょうぎょうしいのがいけない。怖くない人だといいなあ。

 まあ女神さまの話を聞く限り、ビビる必要もないだろうけれど。


「あ~そうだ。さすがにお城にぞろぞろと連れて行けないから、サフラン、勇者ちゃんとマリアちゃん以外はあたしの家に案内してあげてよ」


「えっ、リリ、家なんてあるのか」


 地元だけあってか、リリのことがやたら頼もしく見える。

 普段はいい加減なくせに、家を所持しているなんて。さすが、自称、魔族では偉い地位の女だ。


「そりゃ、あるに決まってるでしょ。ってゆーわけで、勇者ちゃんはこっちついておいで」


 リリに手招きされ、わたしとマリアは頷きあって、後に続く。

 で、聖女さまたちはハーピーに連れられて、別方向へ向かっていった。


 通りは段々とにぎやかになってきて、ホテルのような大きい建物が並ぶ一角にまでやってきた。

 見れば見るほど、人間の街と同じ。

 服装なんかは、肌がむき出しの子も多くて心配になるけど。だって、雪が降ってるのに薄いシャツ一枚とかの子もいるし。寒さに耐性がある種族が多いみたいだ。


 恐らく歓楽かんらく街っぽい地域も抜けると、今度は立派なお屋敷がつらなる地区に入り込んだ。

 気温は低いけれど、道は綺麗に整っているし、周りを見ていて飽きはしない。歩きっぱなしだったけれど、マリアも疲れた様子はなかった。


「帰りはさすがになんかに乗って帰ろっか」


「へ~乗り物なんてあるんだ。どんな乗り物があるの?」


「ま、人間界ではお目にかかれない生き物に乗って帰るよ」


 リリはもったいぶって、詳しくは教えてくれない。単純に、説明が面倒くさいからかもしれないけど。


 マリアはリリの話に耳をかたむけると、街道かいどうに目をわせてつぶさに観察したみたいだが、その乗り物とやらが走っている様子はなかった。

 いったい何に乗せられるのか気にはなるけれど、城門がのぞけてきたので、それどころではなくなった。


 リリが言うには、ここは城下町みたいな存在。

 洞窟から出て小一時間でお城に着いたのだから、納得だ。

 地域の全貌は、地下街などがあったりして広大らしい。特に、たてに広いと言っていた。


 それから、世界の北端に位置するだけあって、氷海に住む魔族もいるようだ。食材も、寒い地域にもかかわらず、それなりにとれるみたい。

 といっても、人間が口にしないような生物も食べているらしいけどね。


 お城に続いていた石の階段を登りきると、出迎えてくれたのは巨大な扉だった。

 高さ数メートルもある、赤い両開きの扉。まるで、地獄にでも続いているかのような禍々まがまがしさがある。さすが、魔王の城、といったところか。


 扉には、見張りとおぼしき魔族が立っていた。

 黒い帽子に、黒の革ジャケット、それから黒の短パンを着込んだ、浅黒い肌の女性が二人。手には槍を構えているし、尻尾がうねうねと動いている。そして、攻撃的な顔立ちをしていた。


 が、そんなキツそうな悪魔の門番がリリを目にすると、驚きに口を半開きにする。

 そして、そそくさと向き直って、敬礼をしだした。


「り、リリウェルさま! お疲れ様であります!」


 怖そうな見た目のお姉さんが、震え気味の口調で挨拶をしているのだから、わたしは夢でも見ているのかと思った。

 リリのどのへんに恐れる要素があるっていうんだ。こいつなんて、ただのすけこましじゃないか。


 門番さんたちが、重たそうな扉を軽々と開けてくれる。

 わたしとマリアはに落ちない表情を浮かべたまま、魔王の城に入れてもらうこととなった。 


 城内も、絵本に出てくるかのような魔のお城だ。そういうイメージのもと作られているのか、やけに明かりがとぼしい。ところどころ篝火かがりびいてあって、雰囲気は抜群だった。マリアがちょっとおびえるくらいには、魔の住処すみか、って感じがしている。


 床には赤の絨毯じゅうたんかれ、階段もいたる所に設置されている。

 リリは迷うこと無く、迷路のような城内を進んでいった。リリを見失ったら、わたしたちは一巻いっかんの終わりだ。って思うくらいには、ごちゃごちゃとした造りだ。


 巡回用の魔族もそこそこ見受けられるけど、物々しい様子は皆無かいむ。暗い割には、なごやかそうな空気だった。まあ、何かと争っているわけでもないなら、そんなもんか。


 そうして、ようやくわたしたちの旅の最終目的。

 魔王さまのいる謁見えっけんの間に到着した。


 背もたれが異様に長い椅子にふんぞり返っているのは、背筋がぞくりとするような威圧感をそなえた女の人だった。

 

 銀色のロングヘアは、暗い室内でも雪のように輝いている。それとは相反あいはんする漆黒の肌。

 そして眼光は、地獄の業火のような真紅しんくであり、わたしのことをするど見据みすえていた。

 視線だけで身がつらぬかれそうなほどである。

 さすがは女神さまと双璧そうへきを成していたお方。わたしですら脂汗あぶらあせをかきそうな、凄まじい力が感じ取れた。


 が。別に魔王さまはわたしのことを敵視しているわけではなく、値踏みしているみたいだった。魔王だからといって、勇者と戦うような事態にならなくてよかった。もしも敵対していたとしたら、勝てるかどうかわからないからね。


「ふむ。これが今期の勇者か」


 怖い見た目とは反して、弦楽器げんがっきのようにき通った美声が、わたしたちの耳朶じだを打った。

 これはこれで背筋がぞくりとする、官能的な響きをともなっている。大人の魅力、ってやつだろうか。相手が何歳なのかわかんないけど。数千歳とかはありそう。


「あ、はじめまして。エステルです……」


 わたしが緊張しながら挨拶すると、背後から、「よく挨拶できました」ってマリアに小声でめられた。はじめて親戚に会う子どもじゃないんだからさ……。って突っ込みたくなっちゃうよ。


「ユミルが選びそうな少女だな……。まあよい。勇者とはいつも長話をみ交わす。こちらへ来い」


 魔王さまは立ち上がると、わたしたちのことを手招きする。尊大そんだいな態度ではあるけれど、偉ぶっているようにも見えない。さすがは長き年月を生きてきた存在だ。


 わたしとマリア、そしてリリウェルは、謁見えっけんの間の奥に呼ばれた。

 メイド服の侍女じじょ悪魔たちもいそいそと現れ、わたしたちをもてなそうという空気でいっぱいだ。


 連れられた部屋は、魔王さまの私室なのか、はたまた客室なのか区別がつかなかった。

 内部は豪華で、広々としている。

 ふかふかとしていそうなソファーに、クリスタル細工のようなテーブル。それから、絵画や壺といった高級そうな調度ちょうど品で埋め尽くされている。趣味はいいようだ。


 つのの生えた可愛いメイド悪魔さんにうながされ、わたしとマリアは隣り合ってソファに座る。そのソファは、お尻が沈み込み、羽毛に包まれたかのような柔らかさだ。


 さらには料理が運ばれてきて、まるで旧友でももてなしているかのような振る舞いである。

 まあ、リリなんかはそれに該当がいとうしているんだろうけど。

 彼女は、魔王さまの前では意外と大人しく、礼儀れいぎ正しくご飯にありついていた。


 わたしとマリアは、並べられた食事を見やり、観察する。

 見た目でいえば、人間の食べているものと同じだが……リリいわく、よくわからない食材も使用しているらしいし。ちょっぴり不安はあった。


 が、肉料理やらスープやら、ただよってくる香りは食欲を刺激してくるもので、特に問題はなさそうだった。


「あの……。さっき、勇者とはいつも長話をする、って言ってたけど、勇者全員と会っていたの?」


 食事にとりかかる前に、気になったことを聞いてみた。

 魔王さまはワイングラスをかかげながら、目を細める。そして、血のようなワインで舌を湿しめらせてから、口を開けた。


「まあ……全員とまではいかないが。だいたいは私に会いに来るな。私がユミルと知り合いだから、やはり関係性が気になるのだろうな」


 魔王さまは楽しげに、くっくっく、と低く笑う。そしてまたもや、ワインをのどに流し込んだ。高そうなワインを一気に飲み干すと、メイドさんにまたそそいでもらっているし、普通にわたしとの食事会を楽しんでいるみたいだ。


「わたしも、気になることばっかりだもん。だって女神さま、何も教えてくれないし。わたしがなんで勇者に選ばれたのかもわからないんだもん」


 女神さまに関する愚痴ぐちをこぼすと、魔王さまはそれを予測できていたのか、再び笑い声をあげていた。


「あいつはいつもそうだ。勇者が私に会いに行くだろうと見越して、わざわざ何も伝えないんだ」


「なんで、わざわざそんな面倒くさいことを……」


 女神さまも魔王さまも、わけわかんないもんだなあ。長く生きていると、感覚が狂ってしまうのだろうか。


 わたしは、食事に手を付け始めたマリアを横目で見ながら、魔王さまとの会話を続けた。ちなみに、マリアの反応をうかがう限り、美味しいみたいである。


「あいつは、私と直接会うことはしないだろうからな。勇者は、いわばおつかいみたいなものだ」


「おつかいって……。ずいぶんおおげさなおつかいだな……」


 わたしは、二人の伝書鳩でんしょばととなるために勇者になったっていうのか。はた迷惑な話だ。いやまあ。マリアと幸せになることができたのだから、文句言う筋合いはないんだけどね。


「あれもだいぶ頑固がんこでな。勇者にはいつも迷惑をかけてすまないと思っている。だからこそ、毎回こうやってもてなしているんだ」


 肩をすくめつつ、ワインの続きをたしなむ魔王さま。

 にしても、聞きたいことが増えただけなんだが。ってゆーかさ……。


「なんか、別居べっきょ中のふーふみたいだね……」


 思ったことをそのまま口にすると、すごい形相ぎょうそうにらまれた。

 いやいや。そんな反応をされますと、答えを言っているようなものじゃないですか。

 だって、魔王さま、女神さまを語るとき、親しみを込めていたしさぁ。


「あいつがどう思っているかは、知らんが。ちょっとした言い争いをして以降、ずっと今のような状態だ。今後も変わることはないだろう。それが女神と魔王の宿命さ」


 魔王さまはすぐに落ち着きを取り戻すと、他人事のように言った。

 何千年も別居しているから、達観しているのだろうか。わたしとしては、いつ仲直りしてもおかしくないけどなあ、って感想だった。だって女神さまだって、痴話喧嘩ちわげんかしているような、未練みれんたっぷりさでいっぱいだったし。魔王さまだって、相手のことを話すときの感情、まるっきり一緒だもん。


 まあその辺は、おいおい女神さまにも伝えるとして。

 わたしは次の疑問を問いただすことにした。


「そうそう。魔王さまってさ、わたしのことをそのうち呼ぶつもりだったの? わたし、偶然リリに出会って、ここに連れてこられたけど。これって偶然じゃなかったの? 魔王さまって、わたしのことをもてなしてくれるつもりだったんでしょ?」


「そうだな……偶然ではあるだろうな。ただ、わざわざ呼びたてないでも、勇者は運命のもと、いずれこの国には辿り着いただろうが」


「え、そうなの?」


「そうさ。勇者は魔をつ女神の力を授けられしもの。道中、魔物に襲われたり、狙われたりはなかったか? 勇者は自然と、魔がつどう場所に導かれていくものなのだ」


「う~ん……。まあ、トリトーネではそういった事件もあったけど……。でも、もう今の時代って魔物も珍しいじゃん。実際、田舎いなかには魔物なんて一匹もいなかったし。わたしってば、ずっと地元の田舎でのんびりしてたかもしれないよ?」


 わたしがマリアと仲睦なかむつまじく暮らしていた村では、魔物なんて全然いなかった。まあ野良犬、野良猫みたいな、よくわかんないのはたまに出たけど。けど、そいつらも、魔物、ってカテゴリーに入るだけであって、魔を討つ、みたいな感じでもなかったからなあ。人が殺されてしまうような化け物が出現するのは、かなり希少だった。


 今となってはあの村で暮らしていたのも、遠い過去のように感じる。

 また、あそこに帰って過ごす未来も、普通にありうるわけだけど。そうなったとしても、あの村に魔物が寄ってくるような雰囲気は一切なかったけどね。


「もちろんそういう勇者もいたさ。そうなったときは、私がつかいを出すこともあった」


 魔王さまは天井てんじょうを見上げ、昔をなつかしんでいる。それがどれほど遠い記憶だったのか定かではないが、わたしの想像もおよばない過去だったってのはわかる。そもそも勇者は数百年に一度しか生まれないしね。

 その希少であるはずの勇者の役割りが、ただの伝書鳩だったっていうんだから、がたい神々ではある。


「なんか、変な役割だね、勇者って。ま、重荷がないから楽でいいけどさ。――ああ、それとさ、魔王さまに聞きたいこと、まだあるんだよ」


 魔王さまは、何でも聞いてやる、といった大らかな態度で頷く。本当に、いくらでも長話をしてくれるみたいだ。かなり寛容かんような人っぽい。

 マリアもリリも、わたしたちの会話は興味深いようで、飽きた顔は一切なかった。


 それから教えてもらったことといえば、やはり過去の大戦についてだ。

 といっても、魔王さまもやっぱり女神さまとの関係ははぐらかすので、彼女たちの仲は明るみに出なかったけども。


 昔は、女神さまと魔王さまが協力して魔を討伐して、地上の安全を確保したみたいだ。

 魔物の脅威きょういがなくなると、人々は安全に暮らし、繁栄はんえいしていったらしい。

 

 そこから、女神さまと魔王さまは離れ離れになって、女神さまのいじわるかなんかで、魔族と人々は敵対関係みたいになっちゃって、勇者が定期的に誕生して、っていうのが歴史の流れみたい。


 女神さまは、勇者に魔族とのけ橋を作らせたかったのだろうか。

 の割には、歴代の勇者ですら、成し遂げられていないけど。魔王さまは勇者をもてなしていたっていうのに、人類は魔族のこと、知らなすぎだよね。

 過去の勇者たちは、そういうのはどうでもよかったのかな。


「ん……。楽しいお話だったよ」


 魔王さまのお話は、歴史の授業、というよりかは、長年生きてきた年長者の昔話みたいなものだったので、楽しく聞くことができた。

 雰囲気は、えんもたけなわ、みたいなものだけど。

 わたしとしては、いちばん大事な質問が残っていた。


 だけど、気軽に聞けるものでもないし、わたしはもじもじとしていた。

 リリとかメイドさんが周囲にいるから、言い出しにくいっていうのもある。


「さて。ここからは勇者と二人で話がしたい。勇者の妻は、まあいてもいいだろう。他のものは下がってくれ」


 すると、魔王さまはわたしの心を読んだかのごとく、リリたちを室内から追い出した。わたし、そんなにわかりやすい顔をしていたのかな。それとも、空気を察してくれたのか、はたまた神の力を持っているから、本当に頭を覗いてきたのか、不明だけど。

 わたしとしては、大助かりだった。


「それで、何が聞きたいんだ? まあ、大方予想はつくがな」


 魔王さまはソファの背もたれに腕を預け、食後の一服、といった感じで息を吐く。

 どうやら、わたしの顔を見ただけで、察してくれたらしい。マリアも隣でくすくすとしているし、今はきっと、憮然ぶぜんな顔をしちゃってるんだろう、わたし。


「えっとね、女神さまに聞いたら、魔王さまに頼るといいって言われたことなんだけど……」


 わたしは咳払せきばらいをして、変な空気を払拭ふっしょくしてから切り出した。

 魔王さまは無言だった。女神さま、って単語を出されたからなのか、はたまた自分が言っていた通り、予想のできる内容だったのか。


 わたしは、一旦いったん腹筋に力を込めてから、次の言葉を吐き出すことにした。

 マリアにも関係のあることだから、ちょっとだけ勇気が必要だったのだ。


「あの……。お、女の子同士でも子どもを作るには魔王さまに聞けばいい、って女神さまが言ってたから……それを聞きたくて……」


 隣から、息をむ音が聞こえた。

 マリアをちらりと盗み見みてみると、急に緊張をはらんだみたいだった。

 わたしたちに関する話のことだからね。マリアには、ずっと黙っていたことだし。でも秘密にしていたっていうよりかは、驚かせたくって隠していただけなので、やましい気持ちはなかった。


 魔王さまは、珍しく、悩んだ風にうーんとうなる。そして、目頭をみほぐし、この話題を続けるにあたってのそなえをしているようだった。


「や、やっぱり、無理なのかな……。女神さまも、難しい問題、とは言ってたし……」


 なかなか口を開かない魔王さまに、わたしも縮こまりながら言葉を投げかけることしかできなかった。別に、無理なら無理でしかたのないことなんだけど。相手を困らせていることにも、肩身が狭くなってしまったのだ。


「まあ……そうだな。あいつと口論になった原因でもある」


「えっ。そうだったんだ……。な、なんかマズイこと聞いちゃったのかな……」


 魔王さまが口に出しづらかった理由が、ようやくわかった。

 しかし、彼女は別段べつだん嫌な顔はしていない。どちらかといえば、難題を突きつけられているかのような困惑こんわく顔だった。


「いや、気にするな。大方予想できている、と言っただろう? 以前、女性同士で子を作れる力を人間にさずけたことがあったんだ」


 目を細めて語る魔王さまには、後悔の念みたいな、罪の意識があるように感じ取れた。

 わたしにしてみれば、いいことのように思えるそのおこないに、あやまちがあったというのだろうか。

 わたしとマリアは、神妙しんみょう面持おももちで魔王さまの独白どくはくともとれる言葉を聞いていた。


「そ、それが、言い争いの原因になったの?」


 女神さまだって女性同士の恋愛は大好きだったし、争いの火種になるようなことでもないと思うんだけど……。

 魔王さまはうなずくでもなく、無表情で正面を向いたままだった。


「まあ、結果的にはそうなった。私の力では、メリットだけ授けることはできなかったのだ」


「え。何かまずい副反応とかが出ちゃうってこと?」


「うむ、そういうことだ。……それでも懇願こんがんする組はいたのだが……。相手が望むのなら、と力を与えた私は、あいつに非難ひなんをされてな。それ以来、決別した形になった」


 言い終わると、しんとした空気が流れる。

 わたしもマリアも、なんて声をかければいいのかわからなかったのだ。

 別に、魔王さまが悪いわけでもないし、わたしは魔王さまを非難することなんてできなかった。むしろなぐさめてあげたいところだが、魔王に対して慰める、っていうのもなんか変だし。


「それで……副反応はやばいの? 女神さまもあんまりおすすめしないって言ってたけど……やめたほうがいいのかな?」


「ああ。私も、けっしてすすめたことはない。お前らも、これを聞けば望むことはしないはずだ」


 なかなか核心部分を口にしない魔王さま。わたしとマリアはつばをごくりと飲み込んでいたが、たぶんお互いに、望むことはないだろうなって思った。だって、マリアに副作用が出ちゃっても嫌だし。お互い健康が一番だからね。


「……女同士で子をもうけられるようになると、かわりに失うものがある。それは記憶の一部だ」


 慚愧ざんきに満ちた魔王さまは下唇を噛み、今でも自分をりっしているようだった。

 わたしとマリアは、お互いの記憶を失うことを想像し――少し考えただけでも恐ろしい衝撃に身を震わせた。二人して、顔を青くしてしまう。


「そんなリスクを負ってまでして子どもを欲しがる組がいたのだから、想いをおもんぱかって、力を授けていたのだが。やはり、私もいい思いはしなかった。……だからつぐない、というわけではないが、自分で国を持ち、女性同士の社会を保障しようと立ち上がったのだ。が、いまだ、あいつは私を許していないのだろう」


 魔王さまは立ち上がると、窓辺につかつかと歩んでいった。

 遠くを眺める彼女は、女神さまを思いせているのだろうか。哀愁あいしゅうの漂う背中だった。


「女神さまは別に……怒ってないよ。だって、魔王さまが悪いわけじゃないっていうのは、誰にでもわかることだし。意地いじ張ってるだけだと思うから、わたしが説得しにいってあげるよ」


「さすがに、子ども相手にそこまで世話にはならんさ」


 こんな場所でも子どもだと見くびられたわたしは、逆に燃えてくる。なんとしてでも、女神さまと魔王さまのヨリを戻してあげよう、って。拳を握って立ち上がってしまうほどには、意気揚々ようようとしていた。


「いやいや、わたしに任せて! 今度ね、女神さま、会ってくれるって言ってたし。ってゆーか、どうすれば会えるのかとかもわかんないけど。なんとかしてまた話に行ってみるよ!」


 魔王さまは、窓辺からくるりと振り返ると、苦笑していた。

 我がままを言う子どもに疲弊ひへいしているかのような、手に負えない、といったような表情である。


「……真っ直ぐな娘だな、勇者エステル。そこまで言うのなら、お前が思うように動くといい。……それで、今後はどうするのだ?」


 ひとまずの、わたしが知りたかったことである女神さまと魔王さまの存在やら、関係性についてやらは答えが出た。なので、魔族の国におとずれた大半の目標は達成したといえよう。


 後は、そうだ。

 魔族の国に移住するかどうかが、残った議題かな。


 これに関しては、何日か魔族の国で過ごしてみないことには答えが出ないし、一人で決めていい問題でもないしね。


「ん、しばらくはこの国でゆっくりしてみる予定だよ。またここに遊びに来てもいい?」


「ああ、歓迎しよう。好きなときにいつでも来るがいい。……私も子どもの遊び相手は苦手だが、それ以外ならもてなせる自信はある」


「いや……わたし、そんな子どもでもないんだけど……まあ、よろしくおねがいします」


 子ども扱いされるのは遺憾いかんだけど、魔王さまとの年齢差を考えるならば、わたしなんて赤子みたいなもんか……。

 遊び相手とかいうニュアンスがもう、積み木とか、そんなの出される感じだったんだよなあ。さすがにそこまで子どもじゃないかんね、って念押ししておきたくなったが、口に出すと余計に子どもっぽいので、どうにかおさえる。


 そして、わたしとマリアはそのまま魔王さまの部屋を後にした。

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