第17話

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「ふぅん、はぐれドラゴンねぇ」


 晴天せいてんの下、わたしたちは輪になって会話をしていた。

 全員が携帯用の椅子に座って、スープ用のうつわを手にしている。

 

 ひとまず、みんなの胃袋は満たされたはずだ。今は、食後の団らんといった具合である。

 アイシャは、人間のご飯の美味しさに驚嘆きょうたんしていた。珍しく、表情が変化するくらいには。


 そして、そんなドラゴンの彼女がどんな生活を送ってきたのか、語ってもらっているところだった。


 アイシャは、物心ついた頃には、親とはぐれてしまっていたらしい。

 つまり、小さい頃から一人で生き抜いてきた、たくましい少女なのだ。


 といっても、普段はドラゴンの姿だったらしいので、自然で暮らすには敵なしだったみたいだけど。

 けれど、アイシャはドラゴン形態のあつかい方を誰にも教わることができなかった。なので、時たま意思に反して暴走してしまうことがあるらしい。


 最近も、お腹をかせているところ、人里近くに降りていってしまい、襲われたと言っていた。

 安心して眠ることもできなかった数日間。どうにかこうにか一眠りついていた昨晩だったのだが、レーネに追撃ついげきされてしまい、我を失ってわたしたちに攻撃をしてしまったらしいのだ。しかも、昨日の出来事は記憶にも残っていないみたい。


 人間の姿で暮らすこともあったらしいアイシャは、たびたび人間の街を覗いては、文化も勉強していた。

 知能は、人類をはるかに超越ちょうえつしているドラゴン。彼女は、人間の生活を見聞みききしただけで、様々なことを習得していった。といっても、食文化なんかにはうとかったみたいだけどね。あくまで、単純な生活くらいならば知識としてある、程度なのだろう。

 

 わたしとマリアは、アイシャの境遇きょうぐうに同情していた。

 こんなに小さな少女が、ずっと一人で暮らしていたこと。そして、ドラゴンの姿になっている状態では人間には恐れられ、敵とみなされてしまうこと。

 そのことについては、ハーピーも共感できたのか、大きくうなずいていた。


 見た目だけでハーピーやドラゴンを敵と判別していたレーネも、深く反省をしている。

 人間と、異種族の交流は、今後大きな課題になりそうだった。


 しかし、人類を責めることもできないだろう。

 だって、相手は、本気を出せば人間なんてやすやすと殺害できるような生物。言葉が通ずるかもわからないし、必要以上におびえてしまうはずだ。

 

「それで、アイシャは今後どうするの? 今のままだと、また同じような問題が出てきそうだし」


 わたしが面倒を見る義理もないんだけど、かといって放っておくこともできない。

 どうすれば、アイシャはドラゴンの力を制御できるようになるのだろうか。

 また一つ、旅の目的が増えそうだった。


「そうですね……。どうしましょう。私は、特に目的もありませんから」


 アイシャの感情が希薄きはくなのは、生きる目標がないからなのかもしれない。わたしはなんとなく、そう推測していた。

 やっぱり、何かしら目的がないと、活力ってのは沸かないもんだしね。

 わたしには、マリア、っていう生涯しょうがいの活力があるけど。アイシャにも、そういったものを探してあげたくなるね。


「じゃ、一緒に来なよ。魔族の街でなら、あんたの暴走も止めてくれる子いっぱいいるし、生き方も教えてもらえるよ。怯えられることもないはずだし」


 リリは、自分の家に遊びにきなよ、とでも誘ったような口調の軽さだ。飲み物を喉に流し込みながら提案したリリは、特に気負きおった風でもない。逆に、彼女くらい軽々しいほうが、アイシャも気楽になれるのかもしれないね。


「では、そうします。みなさんさえ、よければ」


 答えるアイシャも、軽かった。

 まあ、変に重たく使命を背負われるよりかはいいよね。

 マリアも、旅の人数が増えることに嬉しさを見出していた。


「ま、待ってくれ。ボクも……この目で、世界の真実を色々と知りたい。だから、おともさせてくれないか?」


 すると、今まで大人しくしていたレーネが、立ち上がりながら懇願こんがんしてきた。レーネって、落ち着いて発言もできないのだろうか。彼女は意見をするたびに、慌ただしい動作が連動している。別にそれが悪いってわけでもなくて、にぎやかな女の子だなあ、っていう印象だ。

 物静ものしずかなアイシャとは、いいコンビになれそうでもある。


「ダメ」


 が、一蹴いっしゅうしたのはリリだった。

 アイシャのことは喜々ききとして誘ったくせに、レーネは拒否。この差はなんなんだろう。もう彼女たちの確執かくしつはないはずだけど。


 もちろんレーネだって、即座に断られたことに憤慨ふんがいし、説明を求めていた。


「アイシャはさ、行くあてもないし、ドラゴンの力も持て余しているから、連れてったほうがいいのは当然じゃんね。でもね、レーネは帰る家、あるんでしょ? ご両親が心配するから、帰りなさいよ」


 リリは、別に冷徹れいてつなわけではなかった。むしろ、その逆だ。レーネが王家の出だということをおもんぱかって、都合が悪くならないように気遣きづかっている。なんだか、わたしたちのまとめ役っぽくなってるよね、リリって。

 マリアもお姉さんポジションだけど、ほんわかしすぎているし。リーダーシップがある、ってわけじゃないから。それはわたしもそうで。

 てきぱきと指示できる意志を持っているリリウェルこそが導き役にぴったりだ。そういえば、魔族でも偉い立場とか言っていた気がするし。今なら納得できる。


「うっ……。じゃ、じゃあ、お父さんから許可をもらってきたら、ついていっていいんだね?」


 が、レーネもあきらめが悪く、何が何でもわたしたちに同行したいらしい。

 真実を知りたい、っていうレーネの意見は、自称・英雄の彼女らしかった。


「んー、きちんと許可もらってくるのよ? あたしたち、お姫様が怪我けがしちゃったりしても責任はとれないかんね」


 リリは、レーネの実の姉のように、保護者ヅラで語りかける。が、さまになっていた。

 見た目はお姉さんってわけじゃないのにね、リリって。わたしとレーネが、子どもすぎるのだろうか。ううむ。


「だ、大丈夫。しっかり許可はもらってくるさ! それに、ボクはアイシャのことを無条件で襲ってしまった。騎士として、彼女の無事を見届けないといけない責務せきむがある!」


 なんとも、正義感たっぷりな女の子である。

 別にわたしとマリアも、レーネが同行することに否定的な意見があるわけでもないので、きちんと両親に許可をもらえたら、ってことで話の決着はついた。


「じゃ、次の目的地でレーネが来るのを待とっか。一週間過ぎても来なかったら、置いてくかんね?」


「次の目的地?」


 リリが勝手に話を進めて、ついにわたしも口を挟む。

 わたしたちの目的地は魔族の国であって、間に何か予定があったわけでもない。


「ま、目的地っていうか。中間地点ね。次の街よ、街」


「おおっ、新たな街かぁ!」


 わたしは、目を輝かせてぼやく。

 すると、わたしの頭部にはあたたかな感触がおとずれていた。


「あらあら、エステルったら。はしゃいじゃって。可愛いですね」


 わたしは定位置のマリアの膝の上。みんなの視線がつらぬく中、マリアに頭をナデナデされていた。ちょっとだけ、恥ずかしい。

 マリアってば、誰が見ていても、わたしを甘やかすこと、やめないんだから。マイペースすぎるよね。


「マリアは楽しみじゃないの? できればおっきな街だといいよね。大都市とか、一生に一度は見てみたいもんね」


「うふふ、なんだか新婚旅行しているみたいですね、あなた♡」


「そういえば、新婚旅行してなかったもんね。甲斐性かいしょうがなくてごめんね、マリア」


「いいえ、エステルはまだ15歳ですから。こちらこそ、エステルに頼りっきりでごめんなさいね」


 わたしたちは、一瞬で二人の世界に入り込んでしまう。

 周りにみんながいることなんて、わたしたちのラブラブイチャイチャのさまたげになんかなりやしない。

 

 リリの咳払せきばらいで我に返ったわたしは、あはは、と笑って誤魔化ごまかす。

 相変わらずレーネは気まずそうにしていて、アイシャは興味深げにわたしたちをのぞき込んでいた。彼女にしては、瞳に好奇こうきの色が強く感じられる。人と人のいとなみを知りたいのだろうか? 年頃の女の子だしね。恋には興味があってもおかしくはないよね。


 アイシャも、わたしたちと行動を共にしていれば、そのへんの感情も理解できるようになるはずだ。

 わたしとマリアのえっちが見られちゃったら、教育にも影響は出ちゃうかもね。まるで、自分たちの子育てみたいだ。


「どうしたんです、エステル。ニヤニヤしちゃって、何を考えているのかしら」


 マリアは、わたしの妄想が読み取れないらしく、おかしそうに首をかしげていた。

 マリアはいまだに、わたしと赤ちゃんが作れると思っているしなあ。アイシャと一緒に、性教育を受けたほうがいいのではないだろうか。


「次の街で、お買い物デートしたいなって思って。新婚旅行気分で楽しもうね」


「はい、エステル♡」


 結局、イチャイチャを継続させてしまうわたしたちなのであった。

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