第16話

******



「旅行に出てからまだ二日目なのに、もう色んな出来事が起こりましたね、エステル」


 わたしとマリアは、同じベッドの中にいた。

 なかなかに汗ばんでいるのは、まあ、そういうことなんだけど。


 マリアは疲れているにもかかわらず、わたしとのトークを優先させていた。

 単純に、色んな興奮がぜになって、眠れないのかもしれない。

 もちろん、えっちの興奮ってわけじゃなくて。それもあるにはあるはずだけど、それとは別の……今日は本物のドラゴンを目にしたわけで。しかもその上、勇者のわたしがフルパワーを見せた。まあ、フルのフルってわけでもないから、わたしの力はこんなもんじゃないけれどね。


「マリアは平気? もし、普通の毎日に戻りたかったら、今からでも家に帰っていいからね、わたしは。マリアに合わせるよ」


 それがわたしの本心だった。

 わたしは、マリアと幸せに暮らせればそれでいいんだ。でも、より、幸福指数が上がるのなら、そっちを選びたい。わたしはそう思って、魔族の国に行ってみたくなったのである。


「エステルって本当に優しいですよね。こんなにも優しいから、女神さまはエステルを勇者さまに選んだのでしょうね」


 マリアは、わたしですらシロップたっぷりのホットケーキを出されたと感じるほどに甘々の台詞を吐いてくる。

 しかも、ハグのおまけつきだ。

 マリアの巨大なおっぱいが押し付けられてくる。素肌どうしなので、ムニュっとしていて柔らかい。ムラムラとしちゃうから、抱きつかれると困っちゃうよね、ほんとに。


「わたしは、マリアにしか優しくできないよ。だから、勇者には相応ふさわしくないんじゃないか、ってずっと思ってる。でもね、マリアを守ることができるから、わたしとしては勇者のままでいたいけどね」


「大丈夫ですよ。エステルなら、私にとって、ずっと勇者さまです。だって、私はいつもエステルに幸せにしてもらっていますから。今だって、ほら♡」


 といって、マリアはわたしの手を引っ掴むと、おっぱいに押し付けてきた。

 い、いきなり何をするんだ、マリア! わたしと二人っきりだと、常時じょうじ発情期っぽいんだから、マリアってば。まあ、わたしのほうもそうなんだけど。


「ぁんっ、エステルっ……。んじゃダメですっ、ほんとに、えっちなんですから」


「いや、だって、マリアが触らせてきたんじゃん。なんでわたしがえっちになるんだよ!」


「触らせたんじゃありませんっ。エステルったら、可愛い顔して、えっちなことばっかり考えてるんですから。私は、心臓がドキドキしているの、確かめてもらいたかったんです」


 マリアは鼻を鳴らして力説する。が、妙に火照ほてった空気をかもし出しているのは、わたしがおっぱいを揉んだせいで、感じてしまったからなのだろう。わたしのテクニックも、だいぶ罪深いものだ。

 にしてもマリア。鼓動こどうを伝えたいからといって、おっぱいを触らせてくるの、やっぱりえっちだと思うけどなあ。


「ほんとだ、いっぱいドキドキしてるね、マリア。でもね、わたしも一緒だよ。昔から、マリアといると心臓も喜んじゃうの」


「うふふ、私たち、気持ちも一緒ですものね♡ では、こうしたらドキドキも共有できますね?」


 言って、マリアはわたしに抱きついてきた。

 わたしの胸と、マリアの胸がかさなる。彼女のそれは、ずっしりとして重量感たっぷり。わたしの平坦な胸なんて、あっさりとおおい尽くされてしまう。

 でもね。むにゅって押し付けられたマリアの胸からは、とくんとくん、って命の鼓動が伝ってくるんだ。

 二人で一つになった感覚。きっと、わたしのドキドキも、マリアには贈られているはずだから。マリアの染めたほおを見れば、一目瞭然りょうぜんなんだ。


「マリアって本当にあったかいな……。心も、肌も」


「エステルもあたたかいですよ。ずっと、私だけのエステルでいてくださいね♡」


「マリアもだよ? わたしだけのマリアでいてね……」


「もちろんですよ、あなた♡」


 二人の気持ちはたかぶり、どちらから誘うでもなく、口づけを交わす。

 とっても濃厚な、舌を絡めるキス。唾液だって交換した。

 

 当然、この後はえっちに発展するだろう。

 人生って、女の子同士って、最高だな、って思う瞬間だ。

 この素晴らしさをもっともっと広めたいなあ……。レーネとかにも、いいお相手を探してあげよっかな、なんて思うわたしだった。





******



 次の日。

 わたしたちを起こしに来たのは、ハーピーのサフランだった。


 まだ、人々が活動を開始する前の早朝。

 窓枠を叩いて現れたハーピーは、きょろきょろと挙動不審だ。

 まあ、それもしかたない。だって、人間に見つかってしまったら大騒ぎだからね。ドラゴンに続いてハーピーが現れただなんて噂が広まったら、それこそ軍や騎士団が派遣されてしまいそうだ。


 しかし、そんなリスクを負ってまでハーピーがつかいに来たっていうことは、リリが手を離せない状況なのかもしれない。


 わたしは、眠気が取れないまぶたこすりながら窓を開けた。

 ちなみに、ベッドの下に脱ぎ捨てていたシャツを大慌てで着込んでいるし、マリアは寝息を立てたままだ。マリアにはベッドのシーツを深くかぶせて、丸出しのおっぱいがこぼれないように配慮してあげた。ハーピーにすら、見せたくないからね。マリアのおっぱいをおがんでいいのは、わたしだけなんだから。


「おはよ、なにかあったの?」


 わたしは、なるべく声をひそめてたずねた。

 ハーピーも羽ばたき音は最低限に、窓に寄りかかってくる。そして、わたしに耳打ちするようにささやく。


「ドラゴンの子が目を覚ましたから、勇者ちゃんを呼びに来たんだよ」


「えっ? 大丈夫そうなの?」


「うん。今のところはおとなしいし、ちゃんとコミュニケーションもとれているよ」


 その言葉を聞いて、ホッとする。ハーピーもドラゴンの子については危機を感じていないのか、焦った様子もない。

 だけど、わたしを呼びに来た、ってことは、万が一、を危惧きぐしているのだろうか。


「じゃあ、ちょっと待ってね。準備したら行くから、街の外で待っててよ。ご飯の用意もいるでしょ?」


「そうそう。マリアさんに食事を用意してもらいたくって、呼びにきたんだよ。ドラゴンの子、お腹かせているからさ」


「あ、そういうこと……」


 必要なのは勇者のわたしじゃなくって、マリアのほうか。

 なんか煮え切らなかったけれど、危険がないのなら、まあいっか……。


 ハーピーを指定の場所に待機させてから、わたしはマリアを揺すって起こした。

 普段は逆の立場なだけに、ちょっと珍しい。ぐっすり眠っているなんて、やっぱりマリア、疲労は溜まっているみたいだ。


「んぅ……。エステル……? またえっちですか……?」


 マリアは寝ぼけながら、とんでもないことを口走る。よかった、ハーピーを追い返してからで。しかも、今のマリアは布団の下では裸だ。妙にドキドキとさせられてしまう。

 だってマリア、乱れた髪の毛が顔にかかり、眠たげな表情はうれい感たっぷり。とんでもなく妖艶ようえんな状態のマリアだった。

 寝起きでムラムラしているのもあるし、一回えっちしてから合流したくなってしまう。


 が、ドラゴンの子がお腹をすかせている、という事実がわたしを冷静にさせる。


「マリア、ちょっと早いけど起きれる? ご飯、作って欲しいんだって」


「あらあら、エステルは本当に食べざかりですね」


 マリアの意識はまだはっきりしないのか、あくびを混ぜながらつぶやく。そして、のっそりと上体を起こした。マリアの超巨大おっぱいが、たゆんと揺れながら現れる。わたしはごくりと生唾を飲み込み、薄桜色うすさくらいろの突起をガン見してしまっていた。

 が、我慢我慢。こんなの生殺しだよ。


「ち、ちがう。わたしじゃなくって、昨日のドラゴンの子が……」


 って言って、タイミング悪くわたしのお腹も、可愛い音色をかなでた。

 マリアは、いとしげにくすくす、っと微笑ほほえむ。朝日を背景に、ベッドのシーツを巻きつけて微笑びしょうするマリアは、まさに女神。どんな絵画よりも美しい女性が、そこにはいた。


 わたしの恥ずかしい腹の虫を聞いたっていうのに、マリアはわたしをあざけるようなことはしない。むしろ、我が子を抱いているかのような、母性感たっぷりの笑みで見つめてくれる。

 だからわたしは、照れ臭くなってしまうのだ。


「では、皆さんの分のお食事を用意しないと、ですね。さ、エステルもこっちへ来てください。お着替えしましょうね♡」


 マリアは自分のことなどいつも後回し。まずは、わたしの身だしなみを整えることから、マリアの一日が始まるのだ。


 できるだけ急いで欲しいむねを伝え、わたしたちの今日が開始された。





******



 昨日買っておいた食材と、調理器具の一式を詰め込んだかばんを背負ったわたし、それからハーピーの背に乗せてもらっているマリアは、谷底たにぞこ近辺に辿り着いていた。


 テントは張られたままだ。

 外には鍋がかけられてあって、最低限、何かしらは口にした様子である。といっても、たいした食べ物は積んでいなかったはずだから、急いで支度したくをしてあげないとね。


「じゃ、マリア。お手伝いできることあったら教えてね」


「はい。お腹に優しいものを作るので、好き嫌いがないかどうかだけ、聞いてきてくれますか? ドラゴンさんも、私たちと同じお食事でいいのかしら?」


 マリアは、いつもマイペース。昨晩さくばん襲ってきたドラゴンの凶暴な姿なんて、もう忘れてしまいっているのだろう。いや、マリアの脳みそがそこまでお馬鹿なわけじゃないんだけど、ドラゴンの本来の姿が人間だと知って、昨日の暴走は気にしないことにしたのかもしれないね。


「おーい、みんないるのー?」


 調理器具を設置して、マリアが準備に入ったのを確認してから、わたしはテントの中に声をかけてみた。

 すると、入り口が勢いよく開かれる。わたしの声に自動的に反応したかのような速さだ。


「勇者さま! お待ちしておりました、おはようございます」


 出迎えてくれたのは、騎士の女の子・レーネだ。

 彼女は、わたしの弟子になったかのような平身低頭さである。腰を直角に曲げ、律儀りちぎに挨拶をしてきていた。

 なんか、これはこれでやりにくいな。もうちょっとフランクに接してくれてもいいのに。


「えっと、ドラゴンの子は……?」


 わたしが聞くと、レーネはいそいそと横に退しりぞく。

 開いた視界に飛び込んできたのは、色白の少女だった。

 その少女を明るい場所でじっくりと見るのは初めてだ。彼女は、はかない印象が漂う美しい女の子だった。

 白の頭髪が、より、そう思わせるのだろうか。触れたら砂のように消えてしまいそうなほど、か弱いように見えた。


 あの晩に、猛々たけだけしくブレスを吐こうとしていたドラゴンとは、とてもじゃないが同一とは思えない。

 むしろ、真逆であるとさえいえる。彼女に荘厳そうごんさは皆無だし、どことなくぼんやりとしていてうつろげである。


 ドラゴンの女の子は、わたしと目が合うと、首だけでお辞儀をしてきた。

 なんだ。普通の女の子だなあ。

 それが第一印象だった。


 彼女の隣に座っているリリウェルは、相変わらずほがらかとしている。リリのピンク色の髪は、ドラゴンの女の子と対照的で、反発しあっているようにも見えるけど。実際にはいがみ合っているわけでもなく、溶け込めているようだった。


「おっ、勇者ちゃんきたね。マリアちゃんといっぱい楽しんできたの?」


 リリは口調も軽く、相変わらずセクハラ発言をいとわない。わたしも、それには馴染なじんでしまっているので、軽くうなずいて流すことにした。


「そんなことよりさ、この子は名前なんていうの? なんかね、マリアが苦手な食べ物はないか聞いてきて欲しいって言ってて。お話できないかな」


 わたしもテントに入り込んで、彼女たちの正面にどかっと座った。外からは、マリアの呑気のんきな鼻歌が届いてくる。

 ドラゴンの子は、ぼんやりとした空気を継続させたままで、わたしを気にした風もない。


「あー。ほら、自己紹介してあげなさいよ。こっちの子はね、これでも勇者ちゃんでね、あんたの暴走を止めたのよ」


 リリがわたしのことを説明すると、今度ははっきりとした視線でドラゴンの子に射抜いぬかれた。

 高度な知能を感じさせる、黄金の瞳だった。

 居住いずまいを正した彼女には、ドラゴンの面影おもかげがあるような気がした。


「あなたが……私を止めてくれたのですか。ありがとうございます……」


「え、いや、まあ……。結構強く殴っちゃったけど……。い、痛くはなかった?」


 わたしは変に緊張してしまい、目線を泳がせながら答える。

 だって、昨日、もしマリアがいなかったとしたら、わたしはこの子のことを殺してしまったかもしれないし。

 気まずさが、わたしの内面に沈んでいた。


「首のところ、痛いかも……。でも、こちらが暴れてしまったのが悪いんですから、勇者さんには感謝しています」


 言って、彼女は深々とお辞儀をした。

 声に感情の機微きびは少ないけれど、礼儀や、人間としての心はしっかりとたずさえているらしい。

 見た目の年齢は17歳前後? っぽいけれど、内面も同じくらいだろうか。


 わたしは、常識を持っているっぽいドラゴンの子に、ひとまずほっとしていた。


「あはは、ちょっと強く、殴っちゃったからね……。あ、わたしはエステルだよ。一応勇者です、よろしく……」


 わたしはぎこちなく笑みを浮かべて、手を差し出す。

 なんか、初対面の相手には緊張しちゃうんだよなあ。レーネの場合は、相手の方からガツガツと来てくれたから、すぐに打ちけることができたけど。

 ドラゴンの子は大人しい子っぽいし、わたしの人見知りの部分が顔を出していた。


「ご丁寧ていねいに、どうも……。私はアイシャといいます」


 ドラゴンの女の子――アイシャと握手を交わす。

 和解はできた……といっても、わたしたちは別に争っていたわけじゃないけど。

 自己紹介が済んでも、アイシャの口調は平坦なままだ。機械かと思うような無機質さである。手のひらも冷たくって、彼女の色白さも相まってか、人形と錯覚さっかくしてしまいそうだ。


 相手が消極的だと、わたしもどう接していいかわからなくなっちゃうなあ。基本的にコミュ障だしね。


「あっ、そ、そうだ。マリア……わたしの奥さんがね、ご飯用意しているんだけど、苦手なモノとかってある?」


 わたしは本来の目的を思い出すことで、どうにか会話の糸口を見つけだすことができた。


 アイシャは、小首をかしげて不思議そうにしている。

 わたしに奥さんがいるの、おかしかったのだろうか。まあ、女の子同士で結婚だと不自然だしね。ドラゴンに、そんな倫理観りんりかんがあるのかは不明だけど。


「好き嫌いはしたことありませんが……。普通の人間さんたちがどんな食事をっているのかは……わかりません……」


 どうやら、不明だったのは食生活のようだ。

 じゃあ、アイシャは何が好みで何が苦手なのか、把握できそうにないなあ。マリアは調理が上手だから、くせのあるモノじゃなければ平気そうかな。


 すると、横手から顔を出したのはリリウェルだ。

 彼女は、がしっとアイシャの肩を抱いて、距離感の近さをアピールする。アイシャは、特にウザがった様子もなく、かといって好感を抱いている風でもない。マリア以上にマイペースなのか、はたまた感情が欠落しているのか。謎な女の子である。


「じゃ、あたしが食べたいやつでいいでしょ? きっとあんたも気に入るからさ。あたしに任せといてよ!」


 リリは、アイシャの耳元ではきはきとしゃべる。うるさそうだなあ、と思いながら見つめているが、アイシャは無表情をつらぬく。

 リリの女の子に対するフレンドリーさは異常だ。今は、彼女のコミュ力は頼もしいとさえ思える。


 アイシャは、リリに押されたのか、はたまた食事に興味がないのか、表情を変えずに首を縦に振った。

 反面、リリはアイシャの感情を吸収したかのように、喜怒哀楽が激しい。一見真逆の二人なのだが、それはそれで相性は良さそうだなあ、と思う。

 人は、自分に持っていない要素にかれるしね。まあ、二人とも人ではないけども。


「はぁ。では、リリちゃんにお任せします」


「よしよし、それでいい。じゃー、マリアちゃんのお手伝いしますか。アイシャも来るのよ!」


 リリが立ち上がると、アイシャは彼女にしたがう。

 一晩で、この二人はどれくらい親密になったのだろうか。いくらリリウェルが女の子に手が早いといっても、さすがにえっちはしてないだろうけど。いや、決めつけられたもんじゃないな。どすけべ魔族だし。 


 わたしは、一人置いてかれたような気分になりつつも、リリたちに続いた。

 これは食事をしながら、徹底的に問い詰めないといけないね。わたしたちに必要なのは、会話だ。


 その後、マリアとアイシャが交互にぺこぺことお辞儀しあって、ご飯の準備を手伝うこととなった。

 メニューは、リリが舌鼓したづつみを打ったスープと、後はお腹に優しいサラダだ。

 食事の人数が増えて、さらに楽しげなマリアの隣に立ったわたしは、談笑しながら料理のサポートにてっした。

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