盗賊、捕まる。

 この情報を一刻も早くベアトリス様に知らせなきゃ。

 時間がたてば盗賊もねぐらを変えるかもしれない。

 エリスはダンフォード館の中に駆けこんだ。

 ポーリーンを見かけて、執事のメイソンの居場所を聞き出す。

「どうしました? 何か急ぎの用ですか?」

「ベアトリス様の仕事に役立つ情報を聞きました。駐屯所に知らせたいんです」

「どのような話であるのか、お聞きしてもよろしいですか?」

 ペンと紙を用意して、メイソンが訊く。

 エリスはアラン商会の馬車が盗賊に襲われたこと、その件で騎士団が盗賊の居場所の情報を集めている段階であること、ある人物から盗賊の場所を聞いたことを一気に話す。

「なるほど。その、ある人物とは? 信頼がおける人物なのですか?」

 改めて聞かれると、エリスはレイヴンを信用していいのかと疑いが残る。ベアトリスの言葉でしか彼のことを知らないからだ。

「<レイヴン>から聞いたと。借りは返した──とその人は言ってました。情報の真偽判断は彼を知っているベアトリス様にゆだねたいと思います」

「ふむ、妥当ですな。すぐに使いを出しましょう」

 要点を手紙に書くとメイソンは蝋で封をした。

「裏に回ってこれを渡してください。マーサが『飛ばしの鐘』を鳴らしましたから、伝令の馬がすぐに来るはずです」

 騎士団団長の家では情報の伝達速度が非常に重要になる場面が度々あるらしい。

 『飛ばしの鐘』は伝令が常に待機している小屋につながっており、すぐに馬を出せるようになっている。

 これは教会の庇護のもとの銀薔薇騎士団のみが持つ仕組みで、情報戦において大きなアドバンテージを持つ、とベアトリスから聞いたことがある。けっこう経費かねがかかるのをぼやいていた。

 エリスは手紙を受け取ると裏口へと急ぐ。赤白縞の派手なベストを着た伝令がいた。伝令は手紙を受け取り、馬に取り付けた壺の中に入れると縄で口を縛る。

「これを誰に?」

 確認のために伝令が訊く。

「ベアトリス様へ。騎士団の駐屯所です。お願いします」

 伝令は大きく頷くと、馬を歩ませる。安全を確認した後にスピードを上げた。

 エリスはその背を見送る。マーサ──ポーリーンと同じ下働きメイドで、四十歳を超えたベテラン──がエリスの肩をポンポンと叩いた。ご苦労様とでもいうかのように。



 騎士団駐屯所で急報を受け取ったベアトリスは、即座に出動準備をかけた。

「この情報は──本当でしょうか?」

 副団長のコンラッドが疑念を口にした。

「おそらく。いいかげんな情報では恩を返したことにならないもの。嘘だとしたらメリットは何?」

「騎士団が右往左往するのを見る愉快犯とか」

「そんなひねくれた奴には見えなかったなぁ……まあ無駄足くらいは許容できるわ。行ってみないと始まらない」

「それはそうですな」

「じゃ留守をお願い、コンラッド。銀薔薇騎士団、出るぞ!!」

 ベアトリスが兜を小脇に抱えて進む。従騎士のベンジャミンが矢筒や弓、予備の剣などを持ちながらついてゆく。

 角笛が吹き鳴らされた。

 駐屯所の門が開けられ、乗馬したきらびやかな騎士たちが駆けてゆく。当然先頭は白馬フレイヤにまたがったベアトリスだ。



 正直オウルたちわずか五人の盗賊では、突然現れた二十人の騎士団に対してろくな抵抗もできなかった。

 全員捕縛され、奪われた積荷も七割程度帰ってきた。価値を知らずに壊されてしまった商品もあった。

 翌日に高く売れそうなものからさばくつもりだったらしいが、騎士団の動きが迅速だったおかげでかなりの荷物が残っていた。


 夜になって帰ってきたベアトリスは、上機嫌でエリスに抱きついた。

「エリス、お手柄! あの事件の盗賊たち全部捕まえたわよ! 荷物もだいたい取り返したし!」

「……私なんて何もしてませんよう」

 押し付けられる胸の圧力に負けそうになりながらも、エリスは謙虚に答える。

 内心では嬉しかった。ベアトリスの役に立てたことが。アランの荷物を取り返せたことが。

「いいえ、エリスのおかげよ。駐屯所に帰ってきたところにロッドと会ったわ。ぽかんとした顔してたわよ」

「……あ、ロッドさんも情報収集してたんでしたっけ」

「馬鹿にしてやるといいわよ。それにしても、まさかレイヴンが接触してくるとはね。予想外だった」

 引っ張られた手首の感触を思い出し、エリスは思わず赤くなる。

「エリスって、ああいう顔が好み?」

 ベアトリスがまじまじと見る。

「ええっ?! 違います、ただ服装もそうだけど異国風だなって思っただけで」

「別に仕事をちゃんとしてくれれば──エリスなら問題ないと思うけど──恋愛禁止なんて野暮やぼなことは言わないから。ただ、個人的に、進展したら教えてね」

「ベアトリス様! からかってますね」

「いやー本心だけど?」

 その美貌で微笑まれると、言葉が詰まってしまう。ずるい、とエリスは思った。


 玄関先にロッドが現れた。

「ロッドが帰ってきたわ。どう? 得意分野でエリスに先を越された感想は」

「ベアトリス様、素面しらふですよね?」 

 心配になったエリスが訊く。仕事が片付いた高揚感なのか、ハイになってるみたいだ。

「お嬢、一つ新しい情報があります」

「言って」

 ロッドは真剣だ。冗談をいう顔ではない。

 ベアトリスとエリスは、期せずして同じ言葉を口にした。


「はあ?!」



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