エリス、アランを見舞う。

「何か知らないけど、いきなり部屋にいたのよ。気配で目が覚めたらがいたってわけ」

「あの当時はまだゴミ部屋だったから、どうやって音がしないようにするか悩んだよ」

「あは、トラップにはなってたのね。……エリス、大丈夫。そんな変な顔しないで。彼は私を殺すのはやめたし裁判で証人になったわ。私の殺害を依頼した奴は<沈黙の塔>の最奥に入ってる。一生出てこれないだろうし平気だって」

(いや、この人たち、……変だ。何で殺そうとした人と殺されそうになった人が談笑してるの? しかも屋敷で雇ってる使用人? 意味わかんない……)

「じゃ俺はエリスを家まで送って、それから探りを入れてきます」

「頼むわ。ああ、そうね、エリスに一つだけ言っとくけど」

「はい」

「この事はポーリーンには話さないで。あの子にかかったらこの街中に言いふらしかねないわ」

「……確かに。気をつけます。でもどうして私に話したんです?」

「だって、可愛いんだもーん」

「は?」

「いや、エリスは私のお付きだし、言える範囲のことは言っておかなきゃと思うのよ。意思の疎通もやりやすいでしょうし」

「あの、この事って、なんでしょうか?」

「んー、ロッドは味方だって覚えててくれればいいから」

「……はい」


 帰り道に、エリスはロッドに訊ねる。

「どうしてベアトリス様を狙うのやめたんですか?」

「騎士団の団長なんていうから堅物を想像してたんだ。それで忍びこんでみたらあの部屋でよだれ垂らして大口でイビキかいて寝てんだよ。なんか馬鹿らしくなってきてな」

「うーん」

「目を覚まして一言、私側に着いた方が得よ、ときたもんだ。こいつは依頼主より大物だってわかったよ」

「暗殺の仕事はやめたんですか?」

「一度依頼主を裏切っちまうとな……もう依頼しようなんてやつはいねえ。足を洗ったよ。もしかしたらお嬢はそれも見越していたのかもしれねえな」

「うーん、どう言ったらいいのか……。あ、少し寄り道していいですか? アランさんのいる宿屋に寄りたいんです。ベアトリス様からの届け物があるし、顔も見ときたい」

「構わんよ」


 『黒蝶亭』というのが、王都でのアランの定宿だ。木に彫られた吊り看板を横目に中に入ると、店主に挨拶して二階に上がる。

「個室は高いし宿泊期日も伸びたし、アランさんも大変だな……」

 エリスは呟く。薄い木のドアをノック。

「おう、入ってくれ」

 二月ふたつきしかたってないのに、アランの声が妙に懐かしい。故郷の記憶と密接に結びついているからだろうか。

「アランさん、お体の方はどうですか」

「おお、ロックウェルさんとこの。……その恰好、なかなか様になってるじゃないか」

「そうですか? 足を怪我したって聞きましたよ」

「まあ、こんなことは誰にでもある。ただ仕入れた売り物を奪われたのは痛いな。しばらく店を休まなきゃならんかもしれん」

「ゆっくり休養してください。これは私の主人、ベアトリス様からです」

「なんだい、それは?」

 エリスは小さな陶器の小瓶を手渡した。白い肌に銀の薔薇があしらわれている、見た目にも美しい一品だ。

「騎士団で特注している魔法薬ポーションです。かなり効くそうですよ」

 アランはしげしげと瓶を眺めて、言った。

「これほどの物を飲む気にはなれんなぁ。店の特等席に置いておくよ。きっと高く売れるだろう」

 小さくロッドがよし、と呟いた。賭けでもしていたのだろうか?

「盗賊はきっとベアトリス様が捕まえてくださいます。荷物も取り戻せますよ」

「そうそう、奴らこんなものを残していきやがったぞ」

 木の札のようなもの。

 そこにはへったくそな文字で、『かいとうオウル参上』と書かれていた。

 ロッドがこらえきれずに吹き出す。アランがエリスとロッドを見て、

「こちらの御仁は……ひょっとしてお嬢ちゃんの彼氏かい?」

「違います、彼は同僚ですよ同僚。女の一人歩きは不用心だからってついてきてくれたんです」

 あわてて否定するエリスを横目で見て、ロッドは言った。

「そういうことです。しかし、馬車を襲っておいて怪我をさせてるのに怪盗だって? よっぽど頭がおめでたい奴らとみえる」

「そうだな。正義の鉄槌がオウルとやらに下されることを祈るよ」



 同じころ、現場を調べに行かせた三人の報告を聞いて、ベアトリスは机に突っ伏した。

「『かいとうオウル参上』? 何それ。馬鹿なの?」

「罠である確率は減りましたな」

 コンラッドがふうむと顎を撫でる。

「これはあれね、どこかの勘違い馬鹿が勢い余って、という事件だわ。あーつまらない」

「被害者はエリス嬢の知り合いでもありますし、さくっと片付けるべきでしょう」

「ロッドの情報を待ちましょう。新参の馬鹿だから王都の中こちらにはあまり情報はなさそうだけど、一応当たってみて」

「は!」

 報告を済ませた三人が戻っていった。

「ふふふ、エリスを悲しませた罪、どうしてくれよう」

 ベアトリスは不吉な笑みを浮かべた。



「どうだ、俺たちの初仕事は大大大成功だ!!」

 オウルは子分たちにふんぞり返った。骨の形が分かるほど痩せているが、眼だけはぎょろりと大きい。オウルたちは森の中の廃屋をねぐらにし、捕まえた兎を焼いて晩飯にしていた。安酒を浴びるように飲んでいる。

「これで王都は親分の噂でもちきりですぜ!」

「王都の裏の世界で親分がのし上がってゆく姿、今から目に見えるようだ、親分!」

「そうかそうか、嬉しいこと言ってくれるじゃねえかおめえら。おめえらは未来の大幹部だ、ぐっと飲め! わははは」



 家の前でロッドと別れたエリスは、その背中をぼーっと見送っていた。

(ロッドさんが元暗殺者……ほんと世の中、わからないものね)

 振り返って家の中に入ろうとした時、異国風の少年とすれ違った。

 闇の中に煌めく水晶──そんなふうに思える印象的な黒い瞳。

「オウルの居場所は東の森の中の廃屋だ。団長に伝えてくれ、きみ」

 通り過ぎる刹那にさりげなく言う。エリスにぎりぎり聞こえる大きさで。エリスはその内容を考え、思わず立ち止まる。

 黒い瞳。その変わった形のフードからのぞくのは漆黒の髪。

「……レイヴン?」

 エリスが口走った言葉を聞きつけ、顔を歪めた少年はエリスの手をつかんで近くの路地裏に引っ張り込む。

「何するんですか! レイヴンさん、痛いじゃないですか」

「大きい声を出すな。それに人前でその名前を出すんじゃない。ちっ、団長もお喋りだな。所詮女か」

 吐き捨てるような言い方にムッとしたエリスは言い返す。

「私はベアトリス様お付きのメイドですから、たまたま聞いただけです。他に知ってる人はいないと思います。興味本位でぺらぺら話す人ではありません!」

 ポーリーンと違って、とエリスは心の中で思った。ごめんポーリーン。

「それよりさっきの話は本当ですか?」

「オウルって奴を探しているんだろう? 借りは返したぜ。じゃあな」

 レイヴンは人ごみの中に消えた。

 強くつかまれた手首の感触。

 エリスはひとり、呟いた。

「あの人が……レイヴン。ベアトリス様が認めたひと……」




 


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