模擬戦闘訓練

 日は高く上り、ぬるさを増した風が通り過ぎる。

 広場の一方にはベアトリスが一人。対峙たいじするように残りの騎士たちが並ぶ。

 エリスとロッド、そして従士たちが建物の壁近くの日陰で彼らの様子を見守る。


「これから模擬戦闘訓練を始める!」

 ちょうど中間地点に進み出たコンラッドが宣言した。

「今回は木剣を使い、魔法は禁止とする。実戦に近い形式だが、騎士としての誇りを忘れるな! 判ったか!!」

 おおぅ、と騎士たちから応答が返る。

「では団長、用意はいいですか!」

「いつでも」

「では、開始!!」


 どうなることかと思ったが、騎士たちは一度に一人しか出てこない。なるほど、これが騎士道というものかとエリスは思う。

 緊張の中、二人が相対あいたいする。

 ベアトリスは右手で柔らかく柄を握ると、左手を軽く木剣の両刃を模した部分に添えた。かなり変わった構えだ。

 相手は普通に中段に構えている。

「独特な構えですね、ベアトリス様」

 ぼそりとエリスが呟く。と、意外な答えが返ってきた。

「受けに専念するつもりだろう。まずは相手の太刀筋を見る気だな」

「ロッドさん、剣術のことがわかるんですか?」

 エリスは思わず横のロッドを振り返った。

「うん……まあ……な。細かいことを気にするな」

 ぜんぜん細かいことじゃないんですけど、とエリスは思ったが、それよりもベアトリスの方が気になる。

(一人ずつ相手するとしても五十人以上。スタミナは持つんだろうか?) 

 エリスはまだ、自分が来たから彼女は見栄を張ってるんじゃないかとの疑いをぬぐいきれない。

 ただ──動きが完全に違っているのは判った。

 よくわからないが、相手が取りたい間合いよりも少しベアトリスは接近しているようだ。相手は大きく剣を振り回すが、威力がつく前に軽くさばかれている。

 ベアトリスは最小限の動きで打ち込まれる剣をいなし、最後にようやく相手の腕に打ち込んで剣を落とさせると、「振り下ろした後の隙が大きすぎる。次」と告げた。

 一礼の後、相手は剣を拾って退場した。次の相手が来る。

 ──あっという間に、待機している騎士の数が半分くらいに減ってしまった。

「ベアトリス様……強いわ、こりゃ」

 エリスが納得する。たいていの相手はベアトリスの身体に打ち込むことができない。まるで相手の次の動きがわかっているような、俊敏にして優雅な動きでさばき、かわしていく。違う、と思い直した。

「まあ、騎士団の強みは騎乗での集団戦だからな。単独でも強いに越したことはないが──それにしても、あれは凄い」

 隣でロッドが呟く。

「騎士団の方は何だか攻撃が単調な気はしますね」

「おっ? エリスも剣を振りたくなったか?」

「いや無理です無理です、勘弁してください」

 そもそも鎧なんか着てたらろくに動けないだろう。昨日ベアトリスの鎧を磨いていたから、それくらいは判る。 

「単調というが、それは型に沿っているからだ。型を崩すのはさんざん練習して自分の物にしてからで、そこをおろそかにすると中途半端な技にしかならない」

「絶対なんかやってたでしょ、ロッドさん。詳しすぎます。実は騎士の家に生まれたとか?」

「そんな裕福な生まれだったらよかったんだがな……」

(あれ、なんかまずいこと言った?)

 弁明しようとしたエリスだったが、歓声が上がったので思わず模擬戦の方に視線を戻す。

 いかにも若くて元気のいい三人が飛び出していた。ベアトリスを取り囲む。

「団長、実戦で一対一なんてそうそうありませんよね! 覚悟してください!!」

「あいつら……っ!!」

 コンラッドが唸った。

 ベアトリスは焦ってすらいない。

「その理屈なら私が魔法を使わないのはおかしいわね? 実際の戦場ならば」

「……え?」

 明らかに想定していなかった顔でお互いの顔を見合わせる。

「風の精霊よ、我が願いを聞き入れたまえ。その息吹を持って敵を吹き飛ばせ、<エアロブラスト>」

 ベアトリスの周りにいきなり風が渦巻いた。かと思うと、ごうと音を立てて突風が囲んでいた三人とも吹き飛ばす。

「うわあああっ」

 二メートルほど後ろ向きに飛ばされた彼らは背中からガシャン、と倒れた。あの体格の騎士を、鎧ごと浮かすってどれだけなんだとエリスは思った。

「意気は買うわ。でもコンラッドに怒られてきなさい。ああ面倒になってきた、あとは全員でかかってきなさい」

「ちい、もう訓練にならねえじゃねえか。馬鹿野郎どもが」

 コンラッドが悪態をつきながら三人のところに駆け寄っていく。

 あとはもう乱戦だった。

 そうして最後に立っていたのは、やはりベアトリスただ一人だったのだ。



「すごいです、ベアトリス様」

「ふふん、ようやくわかったようね。じゃあそろそろ<ベッドでお菓子>を解禁しても」

「あ、それは駄目です。……ねないでくださいよ」

 ベアトリスの汗を拭くエリス。

 負けた騎士たちはそれぞれにぐったりとしていた。

「団長!」

 一人の男性が走り寄ってきた。伝令のようだ。

 ベアトリスの顔つきが変わる。

「何?」

「王都の外の街道で、馬車が盗賊に襲われたそうです。襲われたのは『アラン商会』という商人のようで──」

「アランさんが襲われた?!」

 声を上げたエリスにベアトリスが聞く。

「知っているの?」

「うちの田舎の人です。王都に定期的に商品を仕入れに来てて、田舎の交通手段の一つを兼ねてます。私がここに来たのもアラン商会の馬車に乗せてもらってきました」

「被害者はどうなった?」

 ベアトリスは伝令に訊ねる。

「命に別状はありませんが、左足を骨折したようです。その証言によると大人数の盗賊ではないようですね。ただ荷物の方はだいぶ盗られたようです」

「怪我でよかった……」

 エリスは安堵でへたり込む。

 その様子をちらりと見て、ベアトリスは──。

聞けアテンション!」

 よく通る声で号令をかけた。騎士たちが即座に立ち上がり、直立不動の姿勢を取る。

「先ほどの差し入れを作ったのはこのエリス・ロックウェルだ。覚えておけ」

 美味しかったですよ、とかの色々な声が飛ぶ。それをベアトリスは制して、

「ところで今、街道沿いで盗賊が出たという報告を聞いた。聞けば襲われたのはエリスの大事な知り合いで、ロックウェル家の仕事も一部請け負っているようだ。どうだ、エリスのためにその盗賊どもを討伐する気はないか? 討伐隊に希望する者は名乗りを上げろ」

 地響きかとエリスが思ったほどの声が上がった。

 ほぼ全員が片腕を突き上げて参加の意思を表明している。

 エリスは泣きそうになった。

 ほぼ初対面の人のために、危険な仕事に志願する。

 なんて人たち。

「うちの騎士団はこういう奴らばかりなのよね。まったく」

 ベアトリスの顔は誇らしげだった。

「ただ全員で出るわけじゃない。半数は王都に残って、副団長の指示を仰げ。選抜は副団長に任せる。討伐隊に選ばれたものは盗賊のねぐらが分かり次第出発するから、準備をしておけ。そうだ、マルコ、ニコラス、トビー。お前たち三人は馬車が襲われた地点に行って痕跡を調べろ。盗賊はもう逃げているとは思うが、油断するな」

「了解です!」

 あの魔法に吹っ飛ばされた三人が駆け出していく。他も騎士たちもきびきびと動き出した。

 コンラッドがすっと寄ってきた。

、戦力を分断するのはどうですかな?」

「その時はおそらく、全員で王都を出てほしいと思っているわよ。まあ、最悪でも半分は無傷で王都に戻すわ。一応マルコ達に兵が伏せられていないかよく見るように伝えて」

「了解しました」

 コンラッドが下がる。

「エリス? ああ、他の国がちょっかい出してくる可能性もあるから……盗賊に偽装してね。まあ時期的にも今回それはないと思うけど、考慮はしておかないと。それとロッド、盗賊のねぐらの情報、探ってきて」

「はい」

「え? 何でロッドさんが?」

「ロッドには裏の人間との付き合いがあるから」

「え?」

「知らなかった? 彼はよ」


「えーっっ!!!」

 

 

 

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