ちょいと職場を見学に

「行ってらっしゃいませ」

 エリスは、白馬に乗って軽装の鎧を着たベアトリスと後ろについていく従騎士を見送った。

「やっぱ綺麗だよねー。馬に乗ってると一段と決まるわ」

 ポーリーンが胸の前で手を組んでうっとりと言う。二人で磨いたベアトリスの鎧もキラキラと光って美しい。

「おとぎ話みたいだもんね。私もこんな赤毛じゃなくて金髪だったらなあ」

「エリスの髪も可愛いよ?」

 と、エリスのおさげ髪を軽く引っ張る。

「やったな、ポー!」

「にひひ」

「でもさ、騎士団員ってたいてい男でしょ。ほんとにそれより強いのかな」

「あ、信じてないんだ、エリス」

「だってさ、家での態度がでしょ。実際見てみないとわからないじゃない?」

「じゃあ、見に行けばいいじゃん」

「……え?」

「今日は騎士団全員での稽古けいこだって出かけたんでしょ? 見学に行けばいいんだよ」

「い、いいのかな……」 

 ベアトリスのおつきメイドであるエリスは、主人が外出している間はわりと時間の融通がきく。ただ、そもそも興味本位で勝手に押しかけていいんだろうかとも思う。

「差し入れ持ってったらいいんじゃない? うん、名案! サイラスコックに肉分けてもらってさ、サンドイッチ作ろう!」

「それいいね! ポー天才!」

「それほどでもあるぞ、ほほほ」


 バスケット二個のサンドイッチは運ぶのも大変だ。

「あたしはまだ家の仕事あるしねえ……そうだ、ロッドに運んでもらいな。ついでに用心棒してもらえばいいさ」

馬丁ばていさん? あのひと無口だし、あんまりしゃべったこともないんだけど」

「いい機会ってことじゃん? ねえロッド! こっちこっち」

 ポーリーンは明るくていい子なのだが、たまに強引だよなとエリスは思う。たまたま通りがかったロドニー・ホーソーンが呼びかけに反応した。

「……呼んだか?」

「エリスと一緒に騎士団の駐屯所まで差し入れ持ってってほしいんだ。いいでしょ?」

「めんどくせえ」

「そんなこと言わない。ほらサンドイッチ一個あげるから」

 ロッドは二十歳くらいだろうか。明るいブラウンの髪がぼさぼさに伸びている。

「しょうがねえな。つきあってやるよ」

 ロッドの日に焼けた顔がクシャっと歪む。

(……笑った、のかな?)

 バスケットを二つともつかむと、ロッドは歩き出した。数歩進んでから、行かないのかというふうに振り返る。

「あ、ありがとう」

 エリスは速足でロッドに追いつく。

「じゃあちょっと行ってくるね、ポー」



「荷物、一つ持ちます」

「大丈夫」

(うーん、なかなか間が持たないなー)

 駐屯所に向かう途中、なんとなしに沈黙が続いている。

「……エリスは」

「え? なんですか?」

「エリスは綺麗好きだから、俺の近くは嫌じゃないか? 馬の世話をするから匂うだろう?」

「いやいやそんなことないですよ。家にいた頃はそこら中に馬のふん落ちてましたし。田舎だから<糞喰らいシットイーター>があんまり来ないんですよね」

 王都に来て驚いたことの一つは、道を通る馬車の数に比して落ちている糞の量が圧倒的に少ないことだった。<糞喰らい>はナメクジとスライムが混ざったような、牛くらい大きさの大人しい生き物である。業者は<糞喰らい>をゆっくりわせることで、その、馬糞の処理をするわけだ。つまり道でさえ『掃除』が行き届いているということでもあり、エリスは感動したのである。

「ならいいんだけどよ」

「まあ、近寄りがたいというのはありますね。あまり喋らないから──あ、ポーと話してるのはよく見かけますけど」

「あいつの場合は──勝手に来て勝手に喋って勝手に帰るだけだから」

「あ、それわかります」

 エリスが笑う。またロッドの顔がクシャっとなった。

「じゃあ、私も喋りに行こうかな」

「若い女の子相手にどんな話すればいいのか判んねえから、そうそう来られてもな。用があるときに声をかけてくれ」

 人はいいんだろうな、と思う。ポーリーンがなつくくらいだし。しかしエリスは彼の次の言葉が気になった。

「君たちみたいな子は、あんまり俺の近くには来ない方がいいんだ。あいつにも言っておいてくれ」

「……? それってどういう──」

「着いたぞ。先に行け」


「あらどうしたのエリス? こんなところに」

 二人の姿を見かけたベアトリスが駆け寄ってきた。

「あの、皆さんに差し入れを持ってきました」

「それは、ありがとう……?」

「この子、お嬢の強さを自分の目で見ないと信用できないようですぜ」

「ロッドさん!!」

 顔を歪めて笑うロッドに、心持ち赤くなってエリスが抗議する。

 ベアトリスはにやりと笑う。

「じゃあ、昼からの予定を変更して模擬戦闘をやりましょうか」

「そ、そんな大事おおごとにしなくても」

「たまにはいいでしょ。みんな集合!! 差し入れよ! 食べ物が来たわよ!」

 日陰で休憩していた騎士たちがやってきた。さすがに体力勝負の騎士をやっているだけあって、みんないい体格をしている。ベアトリスが華奢きゃしゃに見えるほどだ。むっと男くさい汗の匂いがエリスの鼻を直撃する。

「おお、団長とこの子?」

「ロッドも来てるのか。久しぶり」

「かわいいねー」

「ほらほら、私のエリスにちょっかい出さないで。あと、昼からの予定を変更します。木剣での模擬戦闘、私対全員でやるわ」

 おおっと歓声が上がった。

「え? ベアトリス様一人と残り全員で戦うってこと?」

「そうさ嬢ちゃん。俺はコンラッド・リヴァーモア。副団長をさせてもらっている。会うのは初めてだね?」

 ひときわ横に広いが背は低めの、一人の騎士がエリスに握手を求めてきた。髭に埋もれそうな顔の中、鼻筋に傷が一本走っている。

「だって、五十人以上いるでしょ? 絶対無理じゃないですか」

「まあ、見てなって。お前ら食ったらちゃんと休憩しとけよ。せっかくの貰いもん、ゲロ吐いたら承知しねえぞ」

 と、コンラッドは怒鳴った。









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