その13 めでたしめでたし

 みんなが寝静まった深夜。動物の鳴き声一つさえしないしんと静まり返った夜に、大きなシルエットが映りました。その影はひとつの布団にゆっくりと、心臓の鼓動を抑えきれずに忍び寄ります。布団の中身はリンです。

 その布団に手がかかりました。

 それに反応して、リンは目を覚まします。

「(源八朗)り~んちゅわぁ~ん――」

「(リン)▲◇◆★○□☆▼○!?!?」

 リンの目に入ったのは、顔が腫れて不気味な上に鼻血とその他体液を垂れ流すこの世のものとは思えない様相を呈した――

「(宗佑)おや、お目覚めですか。源八朗さん」

 その源八朗の首筋に、研ぎ澄まされた『蒼穹』の刃が当てられています。

「(宗佑)鼻からだけじゃなくて、首からも血を噴いてみますか?」

「(源八朗)あ、いや、これはだな…、ってちょっと待て!なんでそこで大きく刀をふりかぶってんだ!?てか振り下ろすなぁ!」

「(リン)わたし、汚されちゃいました…」

「(源八朗)いや、別にまだなにも…!」

「(宗佑)『まだ』…ですか?」

「(源八朗)いや、別にそんなつもりは…!っておい、離せぇ!離してくれぇ…!」


 翌朝になりました。リンと宗佑は差し込んでくる朝日に眩しさを感じながら、ぐーっと背伸びをしてさわやかに目覚めました。

「(鬼)朝飯だぞぉ!」

「(リン)は~い!」

 元気なお返事で、リンは廊下を駆けていき、宗佑は変わらぬ笑顔でその後を歩きます。

「(宗佑)すいません、朝食までご馳走になって」

「(鬼)なぁに、気にするこたぁねぇ。久々の人間の客人だからな」

 そう答える鬼の格好は昨日のエプロンとはうって変わって、割烹着かっぽうぎに三角巾という昨日とは違った白い衣装を身に纏っています。

「(鬼)今日の朝飯はご飯に納豆、海苔と鮭、豆腐のみそ汁だ。これこそまさに日本の朝食だな」

 鬼と宗佑、それにリンは朝食の並べられた卓袱台を囲み、両手を合わせます。

「(鬼)自然の恵みに感謝して、いただきます」

「(宗佑)いただきます」

「(リン)いただきまぁす」

 笑顔の絶えない朝食タイムが始まりました。

「(鬼)ところでよ」

「(リン)もぐもぐ…、なんですかぁ?」

「(鬼)あそこで猿轡さるぐつわされてぐるぐる巻きになってるやつはいいのか?」

 鬼の視線の先には、猿轡に目隠し、ロープで体をぐるぐる巻きにされ、足首に巻かれたロープによって宙に吊るされてる見るも無惨なおっさんがいました。

「(宗佑)死んでないから大丈夫ですよ」

「(鬼)そうか。なら安心だ」

 再び、笑顔の絶えない朝食タイムが始まりました。

 と、そのときです。

 ドーン!と大きな音を立てて、扉が開きました。

「(リン)あの扉って、昨日はゴゴゴって開きませんでしたっけ?」

「(宗佑)そういうことをいちいちつっこんではいけませんよ。演出ですから」

 入ってきたのはもちろん我らがヒーロー桃太郎さんです。

「(桃太郎)あーくそう疲れたぁ!」

「(宗佑)ずいぶんお疲れみたいですね」

「(桃太郎)何しろブツがでかかったからな。このままじゃ船で運べねぇからバラして何度も往復してきてこっちで組み上げた」

 そう言う桃太郎の横には、直径はおおよそ一メートル、長さは十メートル以上はあろうかという筒状のものがこれまた大きな台車に乗せられています。

「(宗佑)それはなんなんですか?」

「(リン)あれはですね、『超電磁加速砲“流星の煌めき”』です」

「(宗佑)それはまた科学的な語句の後にロマン溢れる名前ですね」

「(リン)これは試射したときの光景を見て思いついたんですよ」

「(桃太郎)充電はすでに完了している」

 桃太郎のすぐ横には、円盤状の板に棒のついたものが見られます。多分、あれを一生懸命ぐるぐると回し続けたんでしょう。

「(宗佑)ちなみに、どれだけ回せば充電完了なんですか?」

「(リン)ほんの一時間ほど力の限り高速で回し続ければなんとかなります」

「(宗佑)なるほど。だから桃太郎さんあんなに息が切れてるんですね」

「(桃太郎)つうか、腕に力が入らない…」

「(宗佑)ちなみに、試射したときは誰が充電を?」

「(リン)上目づかいで涙目ウルウルでお願いしたら喜んで協力してくれましたよ」

 そう言うリンの視線の先で、頬を朱に染めているぐるぐる巻きのおっさんが吊るされながら暴れていました。

「(宗佑)なんかMっぽいですね」

「(桃太郎)ちなみに言っておくが、頬だけじゃなくて顔全体が赤いように思えるぞ。しかも興奮してんじゃなくて頭に血がいっちゃってるんだとも思う」

「(リン)死なれても面倒なんでもうそろそろ降ろしますか」

 シュっとリンが腕を振り上げました。その手から何かが飛び出し、飛び出した何かが源八朗を吊るしているロープを切断し、おっさんは頭から地面にたたきつけられました。壁を見てみると、そこには何か刃物が刺さっていました。リンはこれを投げたのでしょう。ちなみに、それは手裏剣でも“くない”でもありませんでした。ごっついナイフです。あの刃にギザギザがついてるナイフです。サバイバルナイフとか、そんな感じのやつです。

 それはさておき、桃太郎は『超電磁加速砲“流星の煌めき”』を鬼に向けました。

「(桃太郎)さあ、覚悟しろよこの野郎」

 桃太郎が発射体勢に入りました。リンと宗佑ははっとしました。いつものノリで忘れるところでした。

 そういえば、この鬼は悪いやつではないのです。ここで殺してしまうのはいくら鬼だからといっても気が引けますし、どうやら人間だって悪いところがあるようなのです。ですから、ここは将来的な人間と鬼の和解・共存のためにも、一度互いの剣を収め、話し合いの場を持つべきなのです。

「(リン)あの、桃太郎さん…っ」

「(宗佑)実はですね」

「(桃太郎)ファイヤァァァ!」

「(リン・宗佑)え!?」

 撃っちゃいました。

 巨大な砲身から弾き出された摩擦熱に燃えるアルミ弾。まさにそれは流星の煌きに見えなくもないです。しかし、そう思うよりも早く、燃え上がるアルミ弾は鬼に直撃しました。避けられるはずもありません。何しろ秒速五キロですから。照準をきちんと合わせていたわけですから、避けられたらほんとに科学を超越したバケモノですよ?

 アルミ弾を胸に食らった鬼は、その巨体ごとぶっ飛ばされ、後方の壁にたたきつけられました。被弾跡は黒く焼け焦げ、しかし出血は見られません。すぐにどすんと床に落ちた大鬼ですが、すでに息はありません。

「(リン)…………」

「(宗佑)はは……」

「(桃太郎)うおっしゃあぁぁぁ!やったぜぇ!」

 二人の気も知らず、桃太郎はガッツポーズ。

「(桃太郎)ところで、さっきなんか言いかけてたけど、なんだ?」

「(リン)いや、もういいです」

「(宗佑)別に、たいしたことじゃ、ないんで」

 こんなかんじで、今回の鬼退治は成功をおさめ、鬼ヶ島第二支部は陥落しました。

 それから桃太郎一行は、特に建物が爆発したり、おれはまだ死なんぞぉ、なんてイベントもなく、無事に本土にたどり着き、幕府から金をふんだくって金持ちになりました。

 その後、桃太郎はとある藩主に仕えながら戦いの日々に明け暮れ、宗佑は暗殺者としての才能を発揮し、リンは武器商人として世界に名をはせました。そして、すっかり忘れ去られそうになった源八朗は、ストライクゾーン四歳から十二歳のツンデレ限定というマジで限定された趣向の持ち主として、都を騒がせ、後世まで語り継がれたということです。


 めでたしめでたし

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