その12 鬼ヶ島でお泊りしました

 鬼にお茶を誘われました。

「(鬼)お菓子もあるぞ」

「(リン)うわぁい!お菓子ですぅ~」

 リンは喜んでいつの間にか用意されていた卓袱台ちゃぶだいに駆け寄りました。

「(宗佑)ちょ、ちょっと、リンさん!?」

 宗佑はリンを止めようとしましたが、すでに遅しです。すでにリンは鬼と仲良くティータイムに入ってしまいました。

「(鬼)ほら、これうめえぞ」

「(リン)もぐもぐ…、おいしいですぅ~」

「(鬼)ほら、そっちの兄ちゃんもこっち来て食え」

「(宗佑)は、はあ…」

 宗佑はわけのわからぬまま座り、茶をすすりました。

「(宗佑)なかなかおいしいお茶ですね」

「(鬼)だろ?俺のオリジナルブレンドだ。でも、ここにいる鬼どもはこの味がわかりゃしねえ。あきれたもんだぜ」

「(リン)これはなんですかぁ?」

「(鬼)おう、それはチョコレートってんだ」

「(リン)甘いですぅ~」

「(鬼)どうだ兄ちゃん、こっちの茶は?」

「(宗佑)ううん…、この深い香りがなんともいえませんね」

「(鬼)おお、なかなか味のわかる兄ちゃんだな。気にいったぜ」

 それから、リンは鬼の勧める珍しいお菓子を食べまくり、宗佑はオリジナルブレンドのお茶を飲み、話題は弾んでとうとう身の上相談まで始まってしまいました。

「(鬼)そうかぁ、人間も大変だな」

「(宗佑)その日一日生きていくのに必死でしたからね」

「(リン)わたしなんか、まだ九つなのに町でジッポ売りしてたんですよ~」

「(鬼)ほう、ジッポ売りの少女か。お嬢ちゃんも若えのに苦労してんだな」

「(リン)鬼さんはどうなんですか?」

「(鬼)俺かぁ?俺は俺で苦労が尽きやしねぇ。人間との不仲も相変わらずだしなぁ」

「(リン)でも、お話によれば鬼さんたちが人を襲ってるって聞いてますけど」

「(宗佑)ええ。だから僕たちがこうしてここまで来てるわけで」

「(鬼)こう言っても信じて貰えるかどうかわからんが、昔は、今から五十年くらい前までは鬼と人間は仲良くやってたんだ」

「(リン)信じられませんねぇ。あ、これもおいしい」

「(鬼)それが、次第に仲が悪くなって、つい十五年くらい前にはとうとう俺たち鬼はこの鬼ヶ島まで後退して身を潜めるようになったんだ。関ヶ原で合戦があったみたいだが、あれよりももうちょっと小さい規模の戦が俺たち鬼と人間の間で起こってな」

「(宗佑)それは初耳ですね」

「(鬼)だろうよ。都合の悪い事実は全部葬られてしまうからな。だから、俺らはなるべく人間を刺激しないようにと思ってるんだ」

「(リン)でも、じゃあなんで村を襲ったりしてたんですか?」

「(鬼)なんの話だ?」

「(宗佑)ずずずっ…、このお茶もなかなか。ご存知じゃないんですいか?この先の村が鬼によって襲われて、その度に村人が殺されているんですよ」

「(鬼)そんなはずねえ。船を出したやつらは食料取りに行くって船を出したはずだ」

「(宗佑)でも、現に村人は襲われて、墓標がたくさん並べられているんです」

「(鬼)そうか。それは申し訳ないことをした。ここにいるのは先の殲滅戦で親兄弟を殺された者ばかりだから、人間を恨む心を捨てきれずに暴れたんだろ。申し訳ねえ」

「(リン)鬼さんたちも被害者だったんですね」

「(鬼)お嬢ちゃんが気にするこたぁねえよ。あとであいつらみんなお仕置きだ」

「(リン)あのぅ~、それは多分無理なんじゃ…」

「(宗佑)ええ、まあ…」

「(鬼)どうしてだ?」

「(宗佑)みんな僕たちが殺しちゃいましたから…」

「(リン)わたしもいっぱい鬼さんたちやっちまいましたですぅ~」

「(鬼)そうか、そうだよな。ここまで辿り着いたってこたぁ、そういうことだよな。そうか、死んじまったか。ショーン、ケリー、ビル、パウエル、ギャリソン、ミック…みんな、そうか…」

 宗佑とリンはまさに鬼の目にも涙を目撃しました。嗚咽を漏らしながら、顔を右手で覆って泣いています。なんだか自分たちが物凄く悪いことをしてしまったような気がしてなりません。

「(リン)あの、鬼さん、ごめんさない」

「(宗佑)僕たちは、取り返しのつかないことを…」

「(鬼)いいんだ。気にしねえでくれ。なんにしろ、あいつらが人に迷惑をかけ、殺めちまったことは事実なんだ。仕方のねえことだったのさ」

 いたたまれない雰囲気が空間を包み、シーンと静まり返ったとき、宗佑は窓の外から差し込む夕日を見て口を開きました。

「(宗佑)もうこんな時間ですか・・・」

「(リン)どうしますか?桃太郎さんまだ来ませんし、そこのロリコン変態オヤジもまだ起きませんし」

「(鬼)なんなら、泊まってくか?」

「(宗佑)いえ、そこまでお世話になるのも…」

「(鬼)気にすんな。ちゃんと客間もあるからよ。それに、俺はこう見えても料理は得意なんだ。うめえもん食わしてやるぞ」

「(リン)うわあぁ。楽しみです~。宗佑さん、お言葉に甘えましょうよ」

「(宗佑)そうですね。これから帰るのもなんですしね」

 結局、二人は鬼のふるまう夕食をごちそうになりました。

「(リン)このお魚おいしいですぅ」

「(鬼)おう。それは今朝獲れたばかりの新鮮なやつだからな」

 と、ご満悦なリンに、フリルエプロンをつけた鬼が答えました。

「(鬼)まだまだあるからよ、どんどん食べてくれ」

「(リン)うわぁぁい!」

「(鬼)お、兄ちゃん。これ飲むか?十年ものだぞ」

 宗佑も鬼に酌をしてもらい、五杯目の葡萄酒ワインに口をつけました。

「(宗佑)お茶だけじゃなくてお酒もイケるんですね」

「(鬼)おう、特に洋酒にはこだわりが強いんだ」

 結局、その夜はちょっとした宴会のようなものになり、鬼も久しぶりに心底笑うことができました。

 しかし――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る