第19話 シャル・ウィー・イート・ランチ
まだ合奏が始まる時間まで余裕があったから、俺たちは普通に歩きながら部室へ向かうことにした。
「ねぇ、さっきのってなんなの?」
「さっきの?」
何か不思議に思ってるような顔をして、彼女が俺に聞いてきた。さっきの。さっきの……抱きついたこと? やっぱり嫌だったんだろうか。だとしたら本当に申し訳なさすぎる……。
「あいつらにやってたこと!」
「ん? あぁ」
そっちか、よかった。というか常識的に考えてそっちか。ダメだな、頭が変になってる。
「正直言うと、俺もよくわからん。陰陽術ってやつらしいけど……」
勘でいろいろやってたらなんとかなっちゃったって感じだからなぁ……。例の本には今やったこととかも、詳しく書いてあるんだろうけど。
「オンミョウジュツ? 聞いたことないわね……。さっき遠くから見てた感じ、魔術の変わり種かなーって思ったんだけど、全然見当がつかないの。私の知ってる魔術とは、きっと別の系統なのね」
「へぇ」
系統とかあるのか。俺には全然想像できないが。
「でもあなた、やっぱりそういうのが使えたんだ」
「今までまったく知らなかったけど。影山家っていうのはそういう家らしい」
「そう。私も面白いところに拾われたものね」
彼女がそう言ってふふっと笑ったのに釣られて、俺も笑った。
学校の中に入って廊下歩いていく。部室に近づいてくると、いろんな音がカオスに混ざり合って聞こえてきた。なるほど、やっぱり自主練の時間だった。
「この音はどうしたの?」
リーヴァが聞いてきた。
「みんな練習してるんだ。もっと近づけばよくわかる」
部室の近くの廊下に差し掛かると、やっぱり部員が練習をしていた。ヴァイオリンを弾く人間もいればヴィオラを弾く人もいて、敏明もコントラバスを弾いていた。練習に集中して気づかなかったけど。リーヴァは興味深そうに、いろんな楽器を見ていた。
部室の中は机が下げられていて、部員が練習をやっていた。そこには部長もいた。
「部長!」
俺がそう呼びかけると、彼はチェロの弓を横に置いた。
「この人、ウチのクラスの転校生なんだけど、ウチの部見てみたいってさ!」
周りの音に負けないよう、大きめの声で言う。リーヴァが部長に向かって軽く会釈した。
「構わないよ! 案内は、じゃあ……」
「俺がやる!」
「じゃあ任せた!」
そう言って部長は再びチェロを弾き始めた。
部長から言質を取れたところで、まず準備室に行くことにした。準備室と言うとアレだが、要は物置である。そこに椅子と机が一セットあるから、こういうなんかの事情で遅刻して昼飯を食いそびれた時とかは重宝している。みんなが練習してる時に飯食うのは気まずいしね。
というわけで、昼飯の弁当を食べるのと楽器を準備するためにしばらく使わせていただくことにした。
ま、俺は飯を食わないんだけど。
「腹減ってるでしょ。これ、食べなよ」
俺はリーヴァを椅子に座らせ、机の上に弁当を置いた。
「え? でもこれあなたの……」
「いいのいいの。お腹減ってないから」
嘘だ。だが、だからといって彼女にひもじい思いをさせるわけにもいかない。ここは我慢だ。死ぬわけじゃないし。
「んー……」
だが、リーヴァは何か考え込んでいた。
「リーヴァ?」
「……決めた! 私もあまりお腹空いてないから、二人で分けましょう!」
……おう。そうきたか。そう、きたか。
鼓動のスピードが上がる。そして焦る。いや、心がもたない! 恥ずかしいし、落ち着かないだろうし、やっぱり恥ずかしいし……。家の机はまだ少し距離があるからいい。だが、学校の机ひとつしか間がないって言うのは……。あぁあぁあ。それに俺の弁当は……
とりあえず楽器庫行って頭を冷やそうこの場から出よう、と思って、準備室のドアノブに手をかけた瞬間、
「グゥ〜」
と、立派な音が俺の腹から。
リーヴァは吹き出して笑い始めた。まったくもう……余計恥ずかしいじゃないかちくしょう。
「ハハハ……やっぱり空腹なんじゃない。椅子を持ってきて、一緒に食べましょ?」
ニコニコ笑いながら俺の方を見て、彼女はそう言った。
俺はもう観念することにした。
***
「いただきまーす!」
「い、いただきます……」
椅子と楽器を持ってきたあと、俺とリーヴァは向かい合わせになって座った。あぁ、心臓がバクバクする……。
「あ、あのさ。俺、少なめでいいから。君が好きなだけ食べなよ」
「本当? ありがとう!」
リーヴァはそう言ってエビフライをぱくつきはじめた。
……やっぱりと言うべきか、いつもみたいな嬉しそうな顔はしない。やっぱりわかっちゃうか。
「……あんま、美味しくない?」
「ううんううん! 美味しいのよ。でも、いつも程じゃないなぁって……」
うーん、御明察。まぁ正直に言うか。これが俺の料理と思われるのも癪だから。
「よくわかったね。実を言うと、この弁当は手を抜いてるんだ」
「え!?」
「冷凍食品ってやつだよ。既に作られていて、レンジ……あっためる機械であっためたらすぐに食べれるようになってる食べ物さ。だから俺が一から作った料理ってわけじゃない」
「そうなのね……」
リーヴァはまじまじと弁当を見つめていた。
「3食全部本気で作るのは流石に辛いからね。俺の昼飯だからいいかと思って。君が食べるって思わなかったから」
俺はそう言って苦笑した。それと今朝は早く行かなくちゃと思って準備したから余計手抜きになったと言うのもある。
リーヴァは安心したのか、胸を撫で下ろしていた。
「ならよかったわ。急に味が変わってどうしちゃったんだろうって思ったもの」
「大丈夫、俺はなんともない。晩御飯はきちんと、腕によりをかけて作るよ」
「フフ、ありがとう」
晩飯は何にするかを考えながら、俺は箸を動かした。
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