第5話 予感
それで結局どうなったのかというと、集合時間に数分ほど遅刻した。
ウチの部活は始まる時と終わる時に一回ずつ全部員を集めてミーティングをする。そこに遅れてくると、これがまぁ目立つ。それだけでもきまりが悪いのに、顧問の先生に睨まれるのだ。そんな目に遭う生徒を俺は何人も見てきた。
なるべく音を立てずに音楽室の扉を開ける。既に部長が話をしていた。何人かの生徒と共に、顧問の先生が俺の方を見たが、俺が普段あまり遅刻をしない生徒だからか、先生は目を丸くするだけだった。やったね。日頃の行いってやつだろう。
部長が淡々と今日の予定を話していく。今日は朝練をする代わりに午後の練習が無いというのが大まかな予定。朝練やるくらいなら午後にやりゃあいいじゃないかと思うのだが、午後は学校の音楽関連の施設を吹奏楽部が全部使うとのことで。仕方ないのはわかるが、なんだかなぁ、と思うわけである。ちなみにオーケストラ部員と吹奏楽部員の仲は良くはない。仲良くしてるやつも少しはいるが。
「おはよう。珍しいな、遅刻なんて。どうした?」
ミーティングが終わると、敏明が俺の方に来てそう言った。
「あぁ、おはよう。ただの寝坊だよ」
俺はそう嘘をついた。昨日の夜空から女の子が落ちてきてそれを養ってたら出る時間が遅れたなんて、口が裂けても言えないし、言ったところで信じるわけがない。それに、寝坊だって完全な嘘なわけじゃないのだ。もっと早く起きてれば、出る時間ももうちょっと早くできたはずだ。リーヴァと話す時間も込みで。
「ふぅーん。それも珍しいな。お前にとっちゃ」
「俺だって人間だ。寝坊の一つだってする」
「ま、そう言われちゃそうだが」
さっきも触れたように俺は遅刻をしない。だから彼が勘ぐりたくなるのも、わからんでもない。だけど本当のことを喋るわけにはいかない、いや、喋ったって仕方がないのだ。
「ていうか、いいのか? 音出しとかしなくて。合奏、すぐだろ?」
俺にそう言われ、敏明は音楽室の時計を一瞥した。
「っと、そうだな。一緒に行こうぜ。お前も楽器出すだろ?」
「おう」
そして俺たちは今回の練習場所であるホールへ向かった。
ウチの学校にはホールがある。小さいが。おまけに音響はそこまで良くないが。学年集会とかに使われるのが主だが、音楽系の部活や演劇部などには練習場所や、コンサート会場にもなっている。そしてホールには舞台だけでなく、オーケストラ部、吹奏楽部両方の部員が楽器をしまう楽器庫がある。俺たちはまずそこへ歩いた。
「そういえば決めたか? 序曲」
敏明が聞いた。序曲というのは、定期演奏会の一番初めに弾く小品のことだ。ウチの場合だと、演奏会用の序曲だったり、オペラの序曲だったり、何かの組曲から引っ張ってきたりとさまざまだ。三学期の初めに決めて、そして練習を始めることが決まっていて、最高学年たる高校二年生、つまり俺らは、一人一つ案を出すように言われていた。
「俺はまだ決められんくてさぁ」
クラシックは好きだ。じゃなきゃこの部活に入ってない。だけどこのオーケストラ部で弾くとして、何がいいかなと考えると、これが難しくて結論が出ていない。交響曲とかの大曲は一年かけて仕上げるから多少無茶な選曲でも大丈夫なんだが。
「そっか。俺はフィンランディアにしようと思ってるが」
「あー、それいいな」
シベリウス作曲のフィンランディア。これ、とてつもなくカッコいい。やるとなったら喜んでやる。ウチの部でうまくできるかどうかは……五分五分ってところか。好きか嫌いかで言うと好きな曲だから、自分で決められないのも相まって、どうもこれ以外の最適解がないような気もしてきた。
「俺もその提案に乗ろうかな。自分で考えるとどうも決まんなくて」
「お、それは嬉しいな! 決める時、頼むぜ」
「おうよ」
そうして、俺は序曲決めでフィンランディアを推すことになった。案を集めるのは今晩、LINEのオーケストラ部高二のグループで。そこで出揃った案から投票して決めるのは、明後日の活動が終わった後だ。忘れないようにしないとなぁと思いながら、俺は自分の楽器を取った。
さて、楽器を取ったらチューニングをして、ちょっくら基礎練をして、合奏練習である。今朝はあまり時間を取れないこともあって、大曲の今までやった楽章を通すだけ、という練習になっていた。
のだが。
第三楽章が終わったところで、指揮を振っていた顧問の先生が別の先生に呼び止められた。顧問の先生は音楽の先生なのだが、事務も兼任してやっている。どうやら事務関連で急速に片付けなきゃならない仕事ができたらしく、今日の合奏練習はここで切り上げなければならないらしい。その後の朝練は自主練習、ということになった。
「花島先生、どうしたんだろうな」
「な」
部活の終わりぎわに、俺と敏明はそう話し合った。花島というのは、顧問の先生の名前だ。
「でもまぁ、事務の話題なんてたいてい俺たちに関係ないんだし、なんかあったらあの人が何かしら言うんじゃないの?」
俺は思っていたことを言った。俺たちに関わる重要なことなら、彼が後で部員全員だったりに報告するだろう。だから今は気にすることはない。
「そうだなぁ。触らぬ神になんとやら、というやつか」
と敏明が返した。
「そうさ」
俺はそう言って流そうとした。
だが、ふと一瞬、意味ありげに微笑んでいたリーヴァを思い出したのだ。
「嘘がバレなければいいのね?」
彼女は確か、そう言っていた。先生が部活を離脱したのは、もしや……
「まさか、ね……」
思わずそう呟いてしまった。
「おっ、どうしました?」
と敏明が聞いてきたが、
「いや、なんでもない」
と、流した。
ホールの時計を見ると、朝のホームルームが始まるまで十分弱。流石に二回連続遅刻はごめんだ。俺と敏明は足早に楽器庫に楽器をしまい、クラスへ向かった。
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